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2 オリビア、ショックを受ける
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ハミルトン様との甘酸っぱい出会いから1年以上が経っていた。あちらは私のことなど忘れていると思うけれど、私は美しい思い出として心の奥深くにしまっていた。
「オリビア。とても素晴らしい報告があるのよ。お父様の執務室に一緒に行きましょう」
ある日、お母様が嬉しそうに微笑みながらおっしゃった。
(素晴らしい報告……いったい、なにかしら? 新しい別荘を建てるとか? それとも、新しい馬でも買ってくださるのかしら?)
そんな呑気なことを考えながらお母様と執務室に向かった。お父様の執務室の扉は重厚なオーク材で作られており、贅沢な雰囲気を漂わせていた。室内のデスク上にはたくさんの書類や古い地図が整然と並び、多くの取引や契約がなされてきたことがわかる。
「オリビアの嫁ぎ先が決まったよ。パリノ公爵家のハミルトン様だ。オリビアの美しさと朗らかな性格なら、すぐにパリノ公爵閣下も気に入ってくださり相思相愛になれるだろう」
得意げに私におっしゃったお父様は、私が手放しで喜ぶと思い込んでいる。
「パリノ公爵閣下・・・・・・お父様、いくら我が家が大富豪とはいえ、身分違いも甚だしいかと思います。あちらは承諾なさっているのですか?」
「もちろんだとも! 実はパリノ公爵家の家令が全財産を持って逃亡したらしい。あちらは屋敷も維持できぬほど困っていると聞いた。そこで、私が援助を申し出たのだ。オリビアの初恋だろう?」
(ハミルトン様はこの状況をどう思っていらっしゃるのかしら)
「オリビアの淡い恋心を叶えてあげたくて、お父様も頑張ってくださったのよ。嬉しくないの?」
お母様は私の顔を心配そうにのぞき込んだ。
「ちょっと驚いてしまっただけです。嬉しいことは嬉しいですが、パリノ公爵閣下はこの結婚を本当に望んでいるのでしょうか」
「確かにこちらが金銭的援助をすることで成立した結婚だが、オリビアは美しく気立ても良く愛らしい。恋が芽生えて愛に育っていくのは間違いないと思うよ」
「そうですとも。私たちの自慢の娘ですからね。きっと、大丈夫。私たちはあなたの恋を叶えてあげたかったのよ。まずかったかしら……」
しゅんとしてしまうお母様を慌てて抱きしめた。
「嬉しいわ。きっと、愛していただけるように頑張りますね。そう、私が心配しすぎたかもしれません」
嬉しい気持ちと不安な気持ちが交錯した。でも、私は不安な気持ちを心の奥深くに閉じ込めた。初めてお会いした時の優しいハミルトン様なら、多分大丈夫よ。
<◆><◇><◆>
初めての顔合わせは、ベンジャミン家の応接室で行われた。ハミルトン様は白いドレスシャツにグレーのトラウザーズで現れた。髪が少し乱れていてお疲れみたい。目の下には隈があり、睡眠が足りていない気がして、つい心配になる。
「初めまして。わたしがベンジャミン・パリノです。今日はこの日を祝うように良い天気に恵まれて嬉しいですよ。このように美しいオリビア嬢にお目にかかれて光栄です」
「私も今日という日に感謝したいくらい嬉しいですわ。パリノ公爵閣下の良い妻になれるように日々精進いたします」
ひと通りの挨拶を済ませて、両親も交えて和やかに世間話などをした。
「後は若い者同志でゆっくりお話をすると良いと思いますわ。オリビア、庭園を案内して差し上げたら?」
お母様の提案に私たちは頷いた。サロンを出て庭園を歩き続けていると、ハミルトン様が突如として歩みを止めた。
「どうかなさいましたか?」
「失礼を承知で申し上げますが、オリビア嬢は実にぱっとしない女性ですね。このわたしをお金で買うことができてさぞ嬉しいでしょう?」
ハミルトン様は不躾に、私を上から下まで眺めた。その冷たい目つきと同じぐらいに凍りついた声に、私はすっかり戸惑い、涙目になってしまう。
「最初に言っておこう。私が君を愛することは決してない。後ほど婚前契約書を送る。君は公爵夫人の地位を手に入れ、わたしは君の家から金銭的援助を得る。だが、君も私も自由でいよう。お話は以上だ。では、失礼する」
(いったい、なにが起こったの?)
距離をおいて控えていた私の専属侍女三人は怒りに震えていた。ハミルトン様が私といた時間はほんのわずかだった。私は彼がいなくなっても、そこから動くことができなかった。様子を見にいらっしゃったお母様に声をかけられて、思わず我に返った。
「ずいぶん早くパリノ公爵閣下は帰られたのね? オリビア、どうかした? お顔が真っ青よ?」
「お母様、私は『ぱっとしない女性』でしょうか?」
「まさか! オリビアはとても美しいわよ。昔、お母様が美しさを競うコンテストで優勝したことをおはなししたことがあるでしょう? あなたは若い頃の私にそっくりなのよ。まさかパリノ公爵閣下がそうおっしゃったの?」
「いいえ、違います」
咄嗟についた嘘だった。ぱっとしない女性、そんなことを言われた自分が恥ずかしかったのと、聞き違いかもしれない、という淡い期待よ。
(ハミルトン様は夜会で会ったことも覚えていらっしゃらなかった。なぜ私を冴えない女性だとおっしゃったのかしら?)
お部屋に戻った私は鏡台に向かい、自分の姿をじっと見つめた。腰まである緩やかなウェーブのついた金髪は艶やかに輝いていたし、瞳は鮮やかなグリーンで、シミひとつ無い肌は白く透明感がある。
(私はハミルトン様から見ると醜いの?)
夜会の時にはあんなに優しかったのに……
୨୧⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒⌒୨୧
※オリビアは艶やかな腰まで伸ばした金髪に、エメラルドグリーンの瞳の美女です。
「オリビア。とても素晴らしい報告があるのよ。お父様の執務室に一緒に行きましょう」
ある日、お母様が嬉しそうに微笑みながらおっしゃった。
(素晴らしい報告……いったい、なにかしら? 新しい別荘を建てるとか? それとも、新しい馬でも買ってくださるのかしら?)
そんな呑気なことを考えながらお母様と執務室に向かった。お父様の執務室の扉は重厚なオーク材で作られており、贅沢な雰囲気を漂わせていた。室内のデスク上にはたくさんの書類や古い地図が整然と並び、多くの取引や契約がなされてきたことがわかる。
「オリビアの嫁ぎ先が決まったよ。パリノ公爵家のハミルトン様だ。オリビアの美しさと朗らかな性格なら、すぐにパリノ公爵閣下も気に入ってくださり相思相愛になれるだろう」
得意げに私におっしゃったお父様は、私が手放しで喜ぶと思い込んでいる。
「パリノ公爵閣下・・・・・・お父様、いくら我が家が大富豪とはいえ、身分違いも甚だしいかと思います。あちらは承諾なさっているのですか?」
「もちろんだとも! 実はパリノ公爵家の家令が全財産を持って逃亡したらしい。あちらは屋敷も維持できぬほど困っていると聞いた。そこで、私が援助を申し出たのだ。オリビアの初恋だろう?」
(ハミルトン様はこの状況をどう思っていらっしゃるのかしら)
「オリビアの淡い恋心を叶えてあげたくて、お父様も頑張ってくださったのよ。嬉しくないの?」
お母様は私の顔を心配そうにのぞき込んだ。
「ちょっと驚いてしまっただけです。嬉しいことは嬉しいですが、パリノ公爵閣下はこの結婚を本当に望んでいるのでしょうか」
「確かにこちらが金銭的援助をすることで成立した結婚だが、オリビアは美しく気立ても良く愛らしい。恋が芽生えて愛に育っていくのは間違いないと思うよ」
「そうですとも。私たちの自慢の娘ですからね。きっと、大丈夫。私たちはあなたの恋を叶えてあげたかったのよ。まずかったかしら……」
しゅんとしてしまうお母様を慌てて抱きしめた。
「嬉しいわ。きっと、愛していただけるように頑張りますね。そう、私が心配しすぎたかもしれません」
嬉しい気持ちと不安な気持ちが交錯した。でも、私は不安な気持ちを心の奥深くに閉じ込めた。初めてお会いした時の優しいハミルトン様なら、多分大丈夫よ。
<◆><◇><◆>
初めての顔合わせは、ベンジャミン家の応接室で行われた。ハミルトン様は白いドレスシャツにグレーのトラウザーズで現れた。髪が少し乱れていてお疲れみたい。目の下には隈があり、睡眠が足りていない気がして、つい心配になる。
「初めまして。わたしがベンジャミン・パリノです。今日はこの日を祝うように良い天気に恵まれて嬉しいですよ。このように美しいオリビア嬢にお目にかかれて光栄です」
「私も今日という日に感謝したいくらい嬉しいですわ。パリノ公爵閣下の良い妻になれるように日々精進いたします」
ひと通りの挨拶を済ませて、両親も交えて和やかに世間話などをした。
「後は若い者同志でゆっくりお話をすると良いと思いますわ。オリビア、庭園を案内して差し上げたら?」
お母様の提案に私たちは頷いた。サロンを出て庭園を歩き続けていると、ハミルトン様が突如として歩みを止めた。
「どうかなさいましたか?」
「失礼を承知で申し上げますが、オリビア嬢は実にぱっとしない女性ですね。このわたしをお金で買うことができてさぞ嬉しいでしょう?」
ハミルトン様は不躾に、私を上から下まで眺めた。その冷たい目つきと同じぐらいに凍りついた声に、私はすっかり戸惑い、涙目になってしまう。
「最初に言っておこう。私が君を愛することは決してない。後ほど婚前契約書を送る。君は公爵夫人の地位を手に入れ、わたしは君の家から金銭的援助を得る。だが、君も私も自由でいよう。お話は以上だ。では、失礼する」
(いったい、なにが起こったの?)
距離をおいて控えていた私の専属侍女三人は怒りに震えていた。ハミルトン様が私といた時間はほんのわずかだった。私は彼がいなくなっても、そこから動くことができなかった。様子を見にいらっしゃったお母様に声をかけられて、思わず我に返った。
「ずいぶん早くパリノ公爵閣下は帰られたのね? オリビア、どうかした? お顔が真っ青よ?」
「お母様、私は『ぱっとしない女性』でしょうか?」
「まさか! オリビアはとても美しいわよ。昔、お母様が美しさを競うコンテストで優勝したことをおはなししたことがあるでしょう? あなたは若い頃の私にそっくりなのよ。まさかパリノ公爵閣下がそうおっしゃったの?」
「いいえ、違います」
咄嗟についた嘘だった。ぱっとしない女性、そんなことを言われた自分が恥ずかしかったのと、聞き違いかもしれない、という淡い期待よ。
(ハミルトン様は夜会で会ったことも覚えていらっしゃらなかった。なぜ私を冴えない女性だとおっしゃったのかしら?)
お部屋に戻った私は鏡台に向かい、自分の姿をじっと見つめた。腰まである緩やかなウェーブのついた金髪は艶やかに輝いていたし、瞳は鮮やかなグリーンで、シミひとつ無い肌は白く透明感がある。
(私はハミルトン様から見ると醜いの?)
夜会の時にはあんなに優しかったのに……
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※オリビアは艶やかな腰まで伸ばした金髪に、エメラルドグリーンの瞳の美女です。
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