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1 オリビア、推しを見つける
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私はベンジャミン男爵家のオリビアで、ほんの2年前までは平民だった。お父様はこのイングルス王国1番の大商人となり、一代で莫大な富を築き上げた。
そして、お父様は自身の富を使って地域の教育や文化の向上に寄与した。これによって、お父様は国王陛下から爵位をいただいた。
お父様は男爵となり、ここにベンジャミン男爵家が誕生したのだった。
雲の上の存在のハミルトン・パリノ公爵閣下とお会いしたのは、私が社交界デビューをした時のことだった。お父様にエスコートされて出席したのだけれど、国1番の大商人のお父様と交流をはかりたい貴族の方々が押し寄せて、お父様は少しだけ私の側を離れた。ベンジャミン家を歓迎する貴族たちの一方で、私たちに反感を抱く貴族の方々もいた。
「あら、やだ。なにか不浄な香りがしますわ。なんというか、場違いな方が紛れ込んだような違和感ですわねぇ」
どうやら、その言葉は私に向かって言い放ったようだ。抑制された声だったけれど、確実に私の耳に届くように計算された音量調整はさすがだと思う。
「貴族の爵位をお金で買ったようなものですわ。商人風情が大きな顔をして、王家主催の夜会に来るようになるなんて、この国の社交界も質が落ちましたわ」
初めての夜会でマダムたちの蔭口を装った攻撃は、あまり気持ちの良いものではなかった。そのようなマダムたちと言い争う気にもなれず、王宮の大広間から逃げるように庭園に向かう。等間隔に設置されたベンチにひとりぼんやりと座っていた。
そこへ、ちょうどハミルトン様が通りがかって声をかけてくださったのよ。
「美しいレディ。気分でも悪いのですか? よろしければ馬車まで送ってさしあげますよ」
「いいえ、よく存じ上げない男性にそのようなことをしていただくわけにはまいりません。ただでさえ、私のことを良く思っていらっしゃらない方たちがいますのに」
「だったら、自己紹介しましょう。私はハミルトン・パリノ公爵です。これで知らない男ではなくなりましたよね。心配なので馬車までお連れしますよ。途中で倒れたら大変だ」
その美しい顔を柔らかく微笑ませ、親切心からおっしゃってくださったのがわかる。一瞬で恋に落ちた。それは舞台俳優に恋するのと同じ感覚かもしれない。
(理想の男性像を見つけた喜び? 憧れ?)
私を気遣ってくださる紫水晶のような瞳に魅せられた。その類い希な美青年に私の頬は熱くなる。高い鼻梁と形の良い唇は彫刻のようだし、とても華やかで目立つ方だった。優しく私の手を取って、馬車までエスコートしてくださった。私は恋に恋するまだほんの子供だったのよ。ベンジャミン邸に戻る馬車のなか、何度もハミルトン卿の優しい声と艶やかな姿を思い出していた。
(マダムたちのことも気にならないわ。今日は私の初恋の日ね。お話をしただけで嬉しかった)
この気持ち、わかるでしょう? 手の届かない別の世界に住む男性だけど、姿を見て声を聞けて話をするだけでも嬉しくなるあの気持ちだわ。
「あら、オリビア。お父様はまだ王宮なの? 先に帰ってくるなんてなにか嫌なことでもあったのですか? 私も無理をしてでもついて行けば良かったわね。急に頭痛が起きるなんて、本当にタイミングが悪かったわ。ごめんなさいね」
屋敷で待っていたお母様が、私に声をかけてくださった。
「いいえ、大丈夫ですわ。それより、とても素敵な方にお会いしましたわ。ハミルトン・パリノ公爵閣下です。とても綺麗な紫水晶のような瞳で、それに髪も瞳と同じ色でした。お声も素敵で優しい方でした。初めての夜会で少し気分が悪くなった私を、馬車までエスコートしてくださったのよ」
「まぁ、それは良かったわね。オリビアはその方に一目惚れしたのかしら?」
「そうかもしれませんわ。でも、身分違いの恋ですから諦めております。これは憧れですわ。王子様を夢見る少女のような淡い恋心です。もちろん叶うはずもないので、私だけの胸に秘めておきます。でもね、とても楽しい気分になりました」
私は朗らかに笑った。もちろん、ハミルトン様ともう二度と話す機会はないと思った。だって、私は平民出身の男爵令嬢で、あちらは王家の血筋を引いた高貴な方だから。
「お父様には伝えておきます。オリビアの初恋が叶うといいわね」
お母様は私を優しく抱きしめてくださった。私はお母様の優しい嘘にくすりと笑った。
「叶うわけないわ。あちらは公爵ですよ? お母様、私は今日の思い出だけで十分ですわ」
ふわりと香る薔薇の香りを漂わせて、お母様も笑った。お母様はローズというお名前に相応しく、艶やかで美しい女性よ。私はお母様似と良く言われていたし、それはとても嬉しいことだった。お父様が戻っていらしたのは、それから2時間も後のことだ。
「オリビアや、ごめんよ。なかなか貴族の当主達がわたしを解放してくれなくてな。商談をあのようなところで持ちかけてくる者までいて困ってしまったよ。オリビアが先に帰ったのに気づかなくて本当にすまない」
「いいえ、少し気分が悪くなってしまって先に帰ってしまいました。お父様にお伝えしてから屋敷に戻るべきでしたわ。私のほうこそごめんなさい」
お父様は私の頭を大きな掌でポンポンする。これは幼い頃からしてくれたお父様の愛情表現よ。撫でると私の髪型が乱れてしまうし、髪飾りもずれてしまいかねないから、手を静かに頭に数回置くようにした愛情表現だった。大きくなった今でも、こうされると嬉しくて気持ちが本当に和むわ。
私はとても両親に愛されている。
そして、お父様は自身の富を使って地域の教育や文化の向上に寄与した。これによって、お父様は国王陛下から爵位をいただいた。
お父様は男爵となり、ここにベンジャミン男爵家が誕生したのだった。
雲の上の存在のハミルトン・パリノ公爵閣下とお会いしたのは、私が社交界デビューをした時のことだった。お父様にエスコートされて出席したのだけれど、国1番の大商人のお父様と交流をはかりたい貴族の方々が押し寄せて、お父様は少しだけ私の側を離れた。ベンジャミン家を歓迎する貴族たちの一方で、私たちに反感を抱く貴族の方々もいた。
「あら、やだ。なにか不浄な香りがしますわ。なんというか、場違いな方が紛れ込んだような違和感ですわねぇ」
どうやら、その言葉は私に向かって言い放ったようだ。抑制された声だったけれど、確実に私の耳に届くように計算された音量調整はさすがだと思う。
「貴族の爵位をお金で買ったようなものですわ。商人風情が大きな顔をして、王家主催の夜会に来るようになるなんて、この国の社交界も質が落ちましたわ」
初めての夜会でマダムたちの蔭口を装った攻撃は、あまり気持ちの良いものではなかった。そのようなマダムたちと言い争う気にもなれず、王宮の大広間から逃げるように庭園に向かう。等間隔に設置されたベンチにひとりぼんやりと座っていた。
そこへ、ちょうどハミルトン様が通りがかって声をかけてくださったのよ。
「美しいレディ。気分でも悪いのですか? よろしければ馬車まで送ってさしあげますよ」
「いいえ、よく存じ上げない男性にそのようなことをしていただくわけにはまいりません。ただでさえ、私のことを良く思っていらっしゃらない方たちがいますのに」
「だったら、自己紹介しましょう。私はハミルトン・パリノ公爵です。これで知らない男ではなくなりましたよね。心配なので馬車までお連れしますよ。途中で倒れたら大変だ」
その美しい顔を柔らかく微笑ませ、親切心からおっしゃってくださったのがわかる。一瞬で恋に落ちた。それは舞台俳優に恋するのと同じ感覚かもしれない。
(理想の男性像を見つけた喜び? 憧れ?)
私を気遣ってくださる紫水晶のような瞳に魅せられた。その類い希な美青年に私の頬は熱くなる。高い鼻梁と形の良い唇は彫刻のようだし、とても華やかで目立つ方だった。優しく私の手を取って、馬車までエスコートしてくださった。私は恋に恋するまだほんの子供だったのよ。ベンジャミン邸に戻る馬車のなか、何度もハミルトン卿の優しい声と艶やかな姿を思い出していた。
(マダムたちのことも気にならないわ。今日は私の初恋の日ね。お話をしただけで嬉しかった)
この気持ち、わかるでしょう? 手の届かない別の世界に住む男性だけど、姿を見て声を聞けて話をするだけでも嬉しくなるあの気持ちだわ。
「あら、オリビア。お父様はまだ王宮なの? 先に帰ってくるなんてなにか嫌なことでもあったのですか? 私も無理をしてでもついて行けば良かったわね。急に頭痛が起きるなんて、本当にタイミングが悪かったわ。ごめんなさいね」
屋敷で待っていたお母様が、私に声をかけてくださった。
「いいえ、大丈夫ですわ。それより、とても素敵な方にお会いしましたわ。ハミルトン・パリノ公爵閣下です。とても綺麗な紫水晶のような瞳で、それに髪も瞳と同じ色でした。お声も素敵で優しい方でした。初めての夜会で少し気分が悪くなった私を、馬車までエスコートしてくださったのよ」
「まぁ、それは良かったわね。オリビアはその方に一目惚れしたのかしら?」
「そうかもしれませんわ。でも、身分違いの恋ですから諦めております。これは憧れですわ。王子様を夢見る少女のような淡い恋心です。もちろん叶うはずもないので、私だけの胸に秘めておきます。でもね、とても楽しい気分になりました」
私は朗らかに笑った。もちろん、ハミルトン様ともう二度と話す機会はないと思った。だって、私は平民出身の男爵令嬢で、あちらは王家の血筋を引いた高貴な方だから。
「お父様には伝えておきます。オリビアの初恋が叶うといいわね」
お母様は私を優しく抱きしめてくださった。私はお母様の優しい嘘にくすりと笑った。
「叶うわけないわ。あちらは公爵ですよ? お母様、私は今日の思い出だけで十分ですわ」
ふわりと香る薔薇の香りを漂わせて、お母様も笑った。お母様はローズというお名前に相応しく、艶やかで美しい女性よ。私はお母様似と良く言われていたし、それはとても嬉しいことだった。お父様が戻っていらしたのは、それから2時間も後のことだ。
「オリビアや、ごめんよ。なかなか貴族の当主達がわたしを解放してくれなくてな。商談をあのようなところで持ちかけてくる者までいて困ってしまったよ。オリビアが先に帰ったのに気づかなくて本当にすまない」
「いいえ、少し気分が悪くなってしまって先に帰ってしまいました。お父様にお伝えしてから屋敷に戻るべきでしたわ。私のほうこそごめんなさい」
お父様は私の頭を大きな掌でポンポンする。これは幼い頃からしてくれたお父様の愛情表現よ。撫でると私の髪型が乱れてしまうし、髪飾りもずれてしまいかねないから、手を静かに頭に数回置くようにした愛情表現だった。大きくなった今でも、こうされると嬉しくて気持ちが本当に和むわ。
私はとても両親に愛されている。
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