(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏

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3 護衛侍女、むかつく

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 婚約期間は短く、その間にデートをしたのは数回しかない。最初は国立記念公園の散歩で、デートというよりはハミルトン様の後ろを歩いただけだった。

「今日は、クロエが好きだった公園に行こう」
 ハミルトン様は懐かしそうに頬を緩ませ、元婚約者クロエ様の思い出に浸っているようだった。

 公園には色とりどりの薔薇が咲き乱れてとても美しかったけれど、私にはどの薔薇も色あせて見えた。憧れの人
の心の中に、別の女性がいるのは悲しいことよ。

「この花たちはクロエと一緒に見た時と変わらず美しい。なのに側にクロエはいない・・・・・・」

 苦悩の顔でおっしゃるその言葉を聞きながら、私の心はしぼんでいった。側に控えていた侍女三人からは不穏な空気が漂っている。彼女たちは私のためなら命を賭ける護衛侍女なことをハミルトン様は知らない。

 2回目のデートはオペラでも有名な作品に誘われた。その時にも、ハミルトン様の頭の中はクロエ様でいっぱいだった。

「この曲はクロエとよく聞いたよ。思い出すなぁ。音楽は変わらずこうしてわたしの心を揺さぶるのに、肝心のクロエはここにはいない」




☆彡 ★彡



 大聖堂での結婚式は盛大に行われた。お父様と一緒に歩くバージンロードは、もっと胸の高鳴る素敵な瞬間だと思っていたのに、実際は愛されていない悲しみと惨めさで心が張り裂けそうだった。ハミルトン様は不満げにため息をもらすだけで少しも嬉しくなさそうよ。

「まぁ、なんて美男美女のカップルでしょう。本当にお似合いだわ」

「でも、公爵家と男爵家が縁を結ぶなんて、あり得ないことですわよ?」

「大富豪の男爵令嬢と破産寸前のパリノ公爵だろう? 男が金で買われたも同然だな」 

 世間の感想はそんなものだった。でも、お父様もお母様もあんなに喜んでいる。私の恋を叶えてくれようとした両親の気持ちを踏みにじるなんてできない。

「オリビア・ベンジャミン。あなたはハミルトン・パリノを夫とし神の導きによって夫婦になろうとしています。
汝(なんじ)健やかなるときも病めるときも喜びのときも悲しみのときも富めるときも貧しいときも、これを愛し 敬い慰め遣え共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、命ある限り真心を尽くすことを誓います」

 私は神妙な面持ちで答える。

「ハミルトン・パリノ。あなたはオリビア・ベンジャミンを妻とし神の導きによって夫婦になろうとしています。
汝(なんじ)健やかなるときも病めるときも喜びのときも悲しみのときも富めるときも貧しいときも、これを愛し 敬い慰め遣え共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「・・・・・・」

 ハミルトン様は沈黙してしまい、なにも答えない。周りがざわざわと騒ぎ出し、やっとハミルトン様は「はい」と短く答え、私の唇に不満げにキスを落とした。

 幼い頃から結婚式にはとても憧れていたのに、このようなものになるなんて酷すぎる。私が誠心誠意、ハミルトン様に尽くせば振り向いてくださるのかしら? それとも‥‥。


☆彡 ★彡

 
「奥様の居室はこちらです。どうぞ、ごゆっくりお休みなさいませ」

 結婚式が済み、慌ただしい披露宴も終わった。その後にパリノ公爵邸であてがわれた私の部屋は、ホコリがたまり日も当たらない部屋だった。到底公爵夫人の居室とは思えない。

「お嬢様、この部屋は長いこと使われていなかったようですね。絶対に当主夫人のお部屋ではありません。今すぐベンジャミン家に戻りましょう。バカにするにもほどがあります! ベンジャミン家からどれだけの援助を受けているのか、わかっているのでしょうか? お嬢様に捨てられたら、あんな男は男娼になるしか能がありませんわ」

 エマはキリッとした顔立ちの金髪碧眼の美女だ。三人の専属侍女の中では1番年上で、みんなのまとめ役でもある。私が姉のように信頼している侍女なのよ。

「お父様とお母様の気持ちを考えると、すぐに出戻るわけにはいかないわ。だって、私があれほどはしゃいで嬉しがっていたのが原因ですもの。あの夜会の頃とは別人なのよね」

「お嬢さまぁ~。思い出を美化しすぎたのではぁ? あんな男、お嬢様が夢中になるほどの容姿とは思えません~!」

 ピンクの髪と瞳でバストの豊かなラナの話し方は語尾を伸ばすのが特徴。あどけさなも残る可愛らしい顔立ちよ。

「こりゃ、酷い部屋だなぁ。ベンジャミン家の物品収納室のほうがまだマシだよ。室内装飾の専門家に依頼して内装を全部変えさせようよ。というか、やっぱお嬢様はベンジャミン家に帰るべきだよ!」

 ゾーイは緑の髪と目の侍女で、薬草の収集に凝っている。ポーション作りが趣味で、いつもおかしな研究ばかりをしているわ。

「しばらくは様子をみましょう。これから、きっとなにもかも良くなっていくわ」

 私はホコリくさいベッドに腰をおろしてそう言った。今はこのように辛くても、きっと明るい未来があると信じたい。


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