[完結]出来損ないと言われた令嬢、実は規格外でした!

青空一夏

文字の大きさ
2 / 29

1 理不尽な現実

しおりを挟む
 このペンフォード王国では学園に通う前は、家庭教師が子供の教育をする。カーク侯爵家でもそれは同じで、少し前から私とメルバに家庭教師がついた。私の授業は午前中で、離れで行われる。

 なので、私は本邸での朝食を終えると、すぐに離れへ戻り机に向かう。ほどなくして、家庭教師が分厚い本と筆記用具を抱えてやってきた。

「さぁ、今日も算術から始めましょうか。まずは先日教えた算術がマスターできているか、試験を行いますよ」
「はい、わかりました」

 出された問題を解き始めると、指先は自然と動いていた。数字の並びや計算の法則がすっと頭に入ってきて、答えを迷いなく導き出せる。

「……正解です! 速いですね、しかも解法も無駄がないですよ」
 家庭教師が驚いたように目を見開く。

 次の問題も、そのまた次の問題も、私は迷うことなく解いていった。離れではすることもなく、楽しみは本を読むことぐらいだった。だから暇さえあれば家庭教師から渡されたテキストを開き、夢中で読みふけっていた。その積み重ねがあったからこそ、解くのも自然と早く、迷いがなかったのかもしれない。
 
「すばらしいですよ、スカーレット様。しっかりと勉強なさっっているのですね。とても偉いです」

 家庭教師にそう言われて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
 誰かに褒められることなんて、一度もなかった。
 お父様からは罵倒か、いないものとして扱われるばかりで、使用人たちからは見下されるだけだったから。

 (褒められるって、こんなに嬉しいことなのね)

「ありがとうございます、先生。もっとたくさん勉強したいです!」

 自分でも驚くくらい、声が弾んでしまった。

 。゚☆: *.☽ .* :☆゚

 夕食の時間、長テーブルの上には豪華な料理が並んでいた。けれど、私の心はいつものように冷えきっている。
 お父様も継母のアメリも、話題にするのはメルバのことばかり。私が口を開く余地など、これまで一度もなかった。まるで、そこに存在していないかのように無視されるのはつらい。
 
 なのに、その日は違った。

「スカーレット」
 突然、お父様から名前を呼ばれて思わず背筋が伸びた。
「おまえの妹は実に優秀なんだぞ。これを見ろ、完璧な答案用紙だ」

 お父様が掲げている紙を見て、私は息をのんだ。そこに記された数字の並びも筆跡の癖も、見覚えがありすぎる。――間違いなく、今朝私が解いた答案用紙だったのだ。

「まぁ……ありがとうございます、お父様。でも……お姉様がかわいそうですから、あまり比べるのはやめてあげてくださいね」
 メルバが小首をかしげ、控えめにそう言った。まるで私を思いやる優しい妹のように。

 (違う! 違うのに……あれは私の答案用紙だわ)

「それは私の……」
 
 言いかけたとき、継母アメリと目が合った。冷たい笑みとともに、射抜くような視線が突き刺さる。黙っていろ、とでも言いたげに。唇を震わせたまま何も言えなくなった私の横で、アメリは口の端をわずかに持ち上げ、満足げに笑った。

(真実を告げても、きっとお父様は信じてくれないわよね。だったら、言っても無駄か。でも……)

 頭の中がぐるぐると混乱し、胸の奥が重く沈んでいく。せっかく褒められて嬉しかった気持ちが、一瞬で冷たい闇に飲み込まれていったのだった。

「それに引き換え、スカーレットの答案用紙は酷すぎる! ほとんど正解していないじゃないか。いったい、おまえの頭にはなにが詰まっているんだ? きっとからっぽなんだろうな。おまえはカーク侯爵家の恥だ。やはり、生まれてきたこと自体が間違いだったのだ。なぜ、黙っている? 聞こえているのか!」
「ご、ごめんなさい……」

「お父様。お姉様は頑張っていらっしゃるのですわ。これでもきっと、お姉様にとっては精一杯の結果なのです。責めるなんて、あまりにもかわいそうです」
「メルバは本当に優しいな。自分がこれほど優秀でありながら、出来損ないの姉を思いやる心まで持っているとは……素晴らしい! カーク侯爵家を継ぐのは、メルバのほうがいいかもしれん」
「お父様……そんな、私は……。お姉様がかわいそうです」
「ふん! 努力しても無能な者は無能だ。カーク侯爵家の未来を託すのは、メルバに決めた!」

 その瞬間、アメリの顔がパッと輝き、メルバも嬉しそうな声をあげた。
「お父様、ありがとうございます! 本当は、大好きなお父様とお母様から離れるのが寂しいと思っていました。これで一生、そばにいられます」
「そうだ。私もメルバを他家に嫁がせたくはない。婿を迎えて、一生ここに住めばいい」
「あぁ、旦那様、ありがとうございます! メルバを手放さずに済むなんて、なんて幸せなことでしょう」
「そうだろう? 我ら三人こそが本当の家族だ。この先もずっと一緒さ」

 三人は楽しげに声を弾ませ、食堂は朗らかな笑いに包まれた。もちろん、その輪の中に私の居場所はない。カーク侯爵家を継げないこと自体は、正直どうでも良かった。けれど――私の努力がメルバの手柄にすり替えられ、反対にメルバの間違いだらけの答案が私の実力だとされる。そのあまりに理不尽な現実と、胸を締めつけるような疎外感に、こらえきれず涙が込み上げそうになるのだった。


 
 
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

【完結】女王と婚約破棄して義妹を選んだ公爵には、痛い目を見てもらいます。女王の私は田舎でのんびりするので、よろしくお願いしますね。

五月ふう
恋愛
「シアラ。お前とは婚約破棄させてもらう。」 オークリィ公爵がシアラ女王に婚約破棄を要求したのは、結婚式の一週間前のことだった。 シアラからオークリィを奪ったのは、妹のボニー。彼女はシアラが苦しんでいる姿を見て、楽しそうに笑う。 ここは南の小国ルカドル国。シアラは御年25歳。 彼女には前世の記憶があった。 (どうなってるのよ?!)   ルカドル国は現在、崩壊の危機にある。女王にも関わらず、彼女に使える使用人は二人だけ。賃金が払えないからと、他のものは皆解雇されていた。 (貧乏女王に転生するなんて、、、。) 婚約破棄された女王シアラは、頭を抱えた。前世で散々な目にあった彼女は、今回こそは幸せになりたいと強く望んでいる。 (ひどすぎるよ、、、神様。金髪碧眼の、誰からも愛されるお姫様に転生させてって言ったじゃないですか、、、。) 幸せになれなかった前世の分を取り返すため、女王シアラは全力でのんびりしようと心に決めた。 最低な元婚約者も、継妹も知ったこっちゃない。 (もう婚約破棄なんてされずに、幸せに過ごすんだーー。)

異母妹に婚約者の王太子を奪われ追放されました。国の守護龍がついて来てくれました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「モドイド公爵家令嬢シャロン、不敬罪に婚約を破棄し追放刑とする」王太子は冷酷非情に言い放った。モドイド公爵家長女のシャロンは、半妹ジェスナに陥れられた。いや、家族全員に裏切られた。シャロンは先妻ロージーの子供だったが、ロージーはモドイド公爵の愛人だったイザベルに毒殺されていた。本当ならシャロンも殺されている所だったが、王家を乗っ取る心算だったモドイド公爵の手駒、道具として生かされていた。王太子だった第一王子ウイケルの婚約者にジェスナが、第二王子のエドワドにはシャロンが婚約者に選ばれていた。ウイケル王太子が毒殺されなければ、モドイド公爵の思い通りになっていた。だがウイケル王太子が毒殺されてしまった。どうしても王妃に成りたかったジェスナは、身体を張ってエドワドを籠絡し、エドワドにシャロンとの婚約を破棄させ、自分を婚約者に選ばせた。

【完結】「お前に聖女の資格はない!」→じゃあ隣国で王妃になりますね

ぽんぽこ@3/28新作発売!!
恋愛
【全7話完結保証!】 聖王国の誇り高き聖女リリエルは、突如として婚約者であるルヴェール王国のルシアン王子から「偽聖女」の烙印を押され追放されてしまう。傷つきながらも母国へ帰ろうとするが、運命のいたずらで隣国エストレア新王国の策士と名高いエリオット王子と出会う。 「僕が君を守る代わりに、その力で僕を助けてほしい」 甘く微笑む彼に導かれ、戸惑いながらも新しい人生を歩み始めたリリエル。けれど、彼女を追い詰めた隣国の陰謀が再び迫り――!? 追放された聖女と策略家の王子が織りなす、甘く切ない逆転ロマンス・ファンタジー。

癒しの聖女を追放した王国は、守護神に愛想をつかされたそうです。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 癒しの聖女は身を削り激痛に耐え、若さを犠牲にしてまで五年間も王太子を治療した。十七歳なのに、歯も全て抜け落ちた老婆の姿にまでなって、王太子を治療した。だがその代償の与えられたのは、王侯貴族達の嘲笑と婚約破棄、そして実質は追放と死刑に繋がる領地と地位だった。この行いに、守護神は深く静かに激怒した。

「華がない」と婚約破棄された私が、王家主催の舞踏会で人気です。

百谷シカ
恋愛
「君には『華』というものがない。そんな妻は必要ない」 いるんだかいないんだかわからない、存在感のない私。 ニネヴィー伯爵令嬢ローズマリー・ボイスは婚約を破棄された。 「無難な妻を選んだつもりが、こうも無能な娘を生むとは」 父も私を見放し、母は意気消沈。 唯一の望みは、年末に控えた王家主催の舞踏会。 第1王子フランシス殿下と第2王子ピーター殿下の花嫁選びが行われる。 高望みはしない。 でも多くの貴族が集う舞踏会にはチャンスがある……はず。 「これで結果を出せなければお前を修道院に入れて離婚する」 父は無慈悲で母は絶望。 そんな私の推薦人となったのは、ゼント伯爵ジョシュア・ロス卿だった。 「ローズマリー、君は可愛い。君は君であれば完璧なんだ」 メルー侯爵令息でもありピーター殿下の親友でもあるゼント伯爵。 彼は私に勇気をくれた。希望をくれた。 初めて私自身を見て、褒めてくれる人だった。 3ヶ月の準備期間を経て迎える王家主催の舞踏会。 華がないという理由で婚約破棄された私は、私のままだった。 でも最有力候補と噂されたレーテルカルノ伯爵令嬢と共に注目の的。 そして親友が推薦した花嫁候補にピーター殿下はとても好意的だった。 でも、私の心は…… =================== (他「エブリスタ」様に投稿)

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。 ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。

醜い私は妹の恋人に騙され恥をかかされたので、好きな人と旅立つことにしました

つばめ
恋愛
幼い頃に妹により火傷をおわされた私はとても醜い。だから両親は妹ばかりをかわいがってきた。伯爵家の長女だけれど、こんな私に婿は来てくれないと思い、領地運営を手伝っている。 けれど婚約者を見つけるデェビュタントに参加できるのは今年が最後。どうしようか迷っていると、公爵家の次男の男性と出会い、火傷痕なんて気にしないで参加しようと誘われる。思い切って参加すると、その男性はなんと妹をエスコートしてきて……どうやら妹の恋人だったらしく、周りからお前ごときが略奪できると思ったのかと責められる。 会場から逃げ出し失意のどん底の私は、当てもなく王都をさ迷った。ぼろぼろになり路地裏にうずくまっていると、小さい頃に虐げられていたのをかばってくれた、商家の男性が現れて……

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

処理中です...