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プロローグ
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「おまえなど、生まれてこなければよかったのだ!」
お父様にそう罵られたことは、一度や二度ではない。嫌われている。いいえ、それ以上ね。憎まれている、と言ったほうが正しいのかもしれない。理由はわかっている。私が生まれたせいで、お母様――キャサリン・カーク侯爵夫人が亡くなったからだ。お母様は命がけで私を産み、そのままこの世を去ってしまったのだ。
「キャサリン……私の唯一無二、最愛の妻だったのに」
お父様は今でも嘆き続ける。
「本当に旦那様はおかわいそうですわ。でも、今は私やメルバがおります。心からお支えいたします」
「そうよ、お父様、元気をだして。私、お父様が大好き!」
後妻になったアメリとその娘メルバは、お父様を慰めるように、にっこりと微笑んだ。お母様が亡くなってまもなく、お父様は平民の女性を屋敷に迎え入れた。そして彼女はすぐに身ごもり、生まれたのがメルバ――私より一歳年下の腹違いの妹だ。
「あぁ、そうだったな。そうさ、おまえたちこそが私の本当の家族だった。スカーレットを見ていると本当に気分が悪い。スカーレット、おまえは今日から離れに住むように!」
お父様は私にそうおっしゃった。私がまだ幼い頃のことだった。
。゚☆: *.☽ .* :☆゚
離れは屋敷の隅に建てられた小さな館だ。家具はそろっているが日当たりは悪く、窓際のソファに座って外を眺めるのが日課になっていた。館のまわりは木々の影が濃く薄暗くて、窓から日差しが入る時間は短い。
掃除に来るメイドは決まって無言で、目も合わせなかった。私付きの侍女はむすっとした表情で、ぞんざいに着替えを手伝う。
「あぁ、なんでこんな、旦那様に嫌われているスカーレット様のお世話係なんかに……。メルバ様のお世話係は、美味しいお菓子やきれいな髪飾りをいただけたり、待遇がとてもいいのに。同じ侍女でも天と地ほどの差だわ……」
ブツブツと小声で文句を言う。私に聞こえていても気にする素振りもない。
確かに私にはなにもあげられるものはない。食事は本邸の食堂でお父様たちと同じものをいただけるが、お茶の時間には呼ばれない。だから、私自身もお菓子を口にすることはないし、きれいな髪飾りだって私は持っていないから。
「ごめんなさい。なるべく、自分でできることは迷惑をかけないようにしますね」
申し訳なくて思わずそう言うと、侍女は体をビクリと震わせ、慌てて目をそらす。
「べ、別にスカーレット様が悪いわけじゃありません。ただメルバ様付きの侍女がうらやましかっただけです。……キャサリン奥様が生きていらしたらこんなことにはなっていませんでした。あの方は本当にお優しくて花のように綺麗で、キャサリン奥様さえ生きていらしたら、きっと……」
どこか責めるような口調が、また私の気持ちをかき乱した。
(そうよね。お母様さえ生きていらしたら、なにもかもが違っていたでしょうね。お父様から愛され、使用人たちから慕われていたお母様は、私を産んだせいで亡くなった)
「私……私が悪いのかしら……」
侍女が部屋を出て行ったあとも、しばらく思い悩んでいた。けれど、やがてゆっくりと立ち上がり、部屋をぐるりと見回す。
(自分の力ではどうにもならないことを、いくら考えても仕方がないわ。それならせめて、この部屋を少しでも居心地の良い場所に変えていきましょう)
窓の外にふと目をやると、離れの前に自然に繁殖している野の花が風に揺れていた。それを摘み適当な花瓶に挿すと、殺風景だった部屋がほんの少し温かく感じられた。
「うん、これでいいわ。あなた、一生懸命咲いていて、偉いわね」
花に声をかけた瞬間、離れの扉が乱暴に開けられた。
「お姉様、離れの暮らしはどう? ここって絵の一枚も飾っていないのね? 家具はおしゃれじゃないし、部屋も薄暗くて陰気だわ。あら、嫌だぁ~~、そんなみっともない雑草なんて飾って、汚らしい。しかも今その草に話しかけていたでしょう? おかしなお姉様!」
言いたいことだけを言い放つと、にんまりと笑って部屋を出て行こうとするが、ふと窓からメイドが外にいるのを見つけて招き入れた。
「お姉様に私の部屋に飾ってある薔薇を差し上げて。草花を飾るしかできないお姉様がかわいそうでたまらないわ。……これからは私の部屋と同じ花を、お姉様の部屋にも飾ってあげてね」
メルバは使用人たちの前では、とても優しく変貌するのだった。
お父様にそう罵られたことは、一度や二度ではない。嫌われている。いいえ、それ以上ね。憎まれている、と言ったほうが正しいのかもしれない。理由はわかっている。私が生まれたせいで、お母様――キャサリン・カーク侯爵夫人が亡くなったからだ。お母様は命がけで私を産み、そのままこの世を去ってしまったのだ。
「キャサリン……私の唯一無二、最愛の妻だったのに」
お父様は今でも嘆き続ける。
「本当に旦那様はおかわいそうですわ。でも、今は私やメルバがおります。心からお支えいたします」
「そうよ、お父様、元気をだして。私、お父様が大好き!」
後妻になったアメリとその娘メルバは、お父様を慰めるように、にっこりと微笑んだ。お母様が亡くなってまもなく、お父様は平民の女性を屋敷に迎え入れた。そして彼女はすぐに身ごもり、生まれたのがメルバ――私より一歳年下の腹違いの妹だ。
「あぁ、そうだったな。そうさ、おまえたちこそが私の本当の家族だった。スカーレットを見ていると本当に気分が悪い。スカーレット、おまえは今日から離れに住むように!」
お父様は私にそうおっしゃった。私がまだ幼い頃のことだった。
。゚☆: *.☽ .* :☆゚
離れは屋敷の隅に建てられた小さな館だ。家具はそろっているが日当たりは悪く、窓際のソファに座って外を眺めるのが日課になっていた。館のまわりは木々の影が濃く薄暗くて、窓から日差しが入る時間は短い。
掃除に来るメイドは決まって無言で、目も合わせなかった。私付きの侍女はむすっとした表情で、ぞんざいに着替えを手伝う。
「あぁ、なんでこんな、旦那様に嫌われているスカーレット様のお世話係なんかに……。メルバ様のお世話係は、美味しいお菓子やきれいな髪飾りをいただけたり、待遇がとてもいいのに。同じ侍女でも天と地ほどの差だわ……」
ブツブツと小声で文句を言う。私に聞こえていても気にする素振りもない。
確かに私にはなにもあげられるものはない。食事は本邸の食堂でお父様たちと同じものをいただけるが、お茶の時間には呼ばれない。だから、私自身もお菓子を口にすることはないし、きれいな髪飾りだって私は持っていないから。
「ごめんなさい。なるべく、自分でできることは迷惑をかけないようにしますね」
申し訳なくて思わずそう言うと、侍女は体をビクリと震わせ、慌てて目をそらす。
「べ、別にスカーレット様が悪いわけじゃありません。ただメルバ様付きの侍女がうらやましかっただけです。……キャサリン奥様が生きていらしたらこんなことにはなっていませんでした。あの方は本当にお優しくて花のように綺麗で、キャサリン奥様さえ生きていらしたら、きっと……」
どこか責めるような口調が、また私の気持ちをかき乱した。
(そうよね。お母様さえ生きていらしたら、なにもかもが違っていたでしょうね。お父様から愛され、使用人たちから慕われていたお母様は、私を産んだせいで亡くなった)
「私……私が悪いのかしら……」
侍女が部屋を出て行ったあとも、しばらく思い悩んでいた。けれど、やがてゆっくりと立ち上がり、部屋をぐるりと見回す。
(自分の力ではどうにもならないことを、いくら考えても仕方がないわ。それならせめて、この部屋を少しでも居心地の良い場所に変えていきましょう)
窓の外にふと目をやると、離れの前に自然に繁殖している野の花が風に揺れていた。それを摘み適当な花瓶に挿すと、殺風景だった部屋がほんの少し温かく感じられた。
「うん、これでいいわ。あなた、一生懸命咲いていて、偉いわね」
花に声をかけた瞬間、離れの扉が乱暴に開けられた。
「お姉様、離れの暮らしはどう? ここって絵の一枚も飾っていないのね? 家具はおしゃれじゃないし、部屋も薄暗くて陰気だわ。あら、嫌だぁ~~、そんなみっともない雑草なんて飾って、汚らしい。しかも今その草に話しかけていたでしょう? おかしなお姉様!」
言いたいことだけを言い放つと、にんまりと笑って部屋を出て行こうとするが、ふと窓からメイドが外にいるのを見つけて招き入れた。
「お姉様に私の部屋に飾ってある薔薇を差し上げて。草花を飾るしかできないお姉様がかわいそうでたまらないわ。……これからは私の部屋と同じ花を、お姉様の部屋にも飾ってあげてね」
メルバは使用人たちの前では、とても優しく変貌するのだった。
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