6 / 12
6
しおりを挟む
sideカイル
そして今、私はリリアが嫁いだバルネス伯爵家の領地に来ていた。
感謝祭の週は、どの商会も休日となる。アルマード大商会も例外ではなく、いつも仕事に追われている私にも、この時期だけは自由な時間が取れた。
宿屋に数日滞在し、バルネス伯爵家の周辺を探る。だが奇妙なことに、伯爵夫人――つまりリリアの姿を見かけたという話が、どこからも聞こえてこない。
荒れ放題だった庭園も屋敷も見違えるように整えられ、立派な離れまで建ったというのに、その家の女主人だけが姿を見せない。
非常に面白くない。いや、はっきり言って、嫌な予感しかしない。
感謝祭の前日、私は周辺の聞き込みを終え、今度はバルネス伯爵家と古くから取引のある出入り業者を訪ねた。その中には離れを建てた業者もいて、かなり詳しいようだった。
「単刀直入に聞こう。バルネス伯爵家に、女性は何人いる?」
私は大金を握らせ、数人の男たちに尋ねた。
「女性ですかい? バルネス伯爵の祖母に母親、それから姉と妹。あとはバルネス伯爵夫人でさぁ……新婚のころは、よく並木通りを夫婦で散歩してましたよ」
「んだんだ。けど最近はさっぱり見ねぇな。どんぐらい前からか……半年、いや、それ以上前から見たこたぁねえです」
「その代わりっちゃなんですが、離れにはピンクブロンドの髪のきれいな女がいつもおりましてな。レオン様と仲がええらしいですぜ」
「ぐふっ……怪しい関係ってやつですぜ。確かに。あの女、しょっちゅう離れにいるんすよ。まるで伯爵家の女主人みてぇに振る舞ってるのを見たことがありやす。本物の伯爵夫人は、たしか蜂蜜色の髪だったと思いやすが……」
聞き捨てならない言葉を耳にした私は、思わずギロリと男たちを睨みつけた。
「……なんだと? その女は何者だ?」
「ひっ……お、怒らねぇでくだせぇよ! レオン様の従姉妹だったかと……隣領のドレイカー子爵家のお嬢さんだったはずでさ!」
そして感謝祭当日、リリアの専属侍女だったリンを、バルネス伯爵家に送り込んだ。彼女は東の大陸の出身で黒髪に黒い瞳、そして人並み外れた体術の使い手。リリアの父親が、彼女の腕を見込んで愛娘の侍女にした経緯がある。伯爵家の内情を探らせるには適任だった。
リンにはこう言わせた。
「かつて専属侍女として仕えておりまして、感謝祭というこの日に、懐かしいお嬢様に一目お会いしたくて立ち寄ったのでございます」と。
しかし、リンが持ち帰った報告は凍りつくようなものだった。
「リリアは気が触れており、誰であっても区別がつかない」──そう言われたというのだ。
「リリアお嬢様がそんなことになっているなんて、信じられません。絶対に嘘に決まっています。バルネス伯爵が応接間で説明してくださったのですが、辛そうに顔を歪めて、涙まで流していました。……とても胡散臭かったです。芝居がかっている感じで」
リンは腹立たしげに虚空へ拳を突き上げた。
「あのクズ男、息の根を止めてもいいですか」
と、不穏な言葉を口にする。
私はそんな彼女をなだめながらも、リリアの置かれている状況について思いを巡らせた。あれこれの情報をつなぎ合わせれば、答えは一つに絞られる。──リリアは薄汚い結婚詐欺師にだまされ、おそらく監禁されているのだ。
助け出すなら、今しかない。
感謝祭の夜──誰もが羽目を外し、酔いに任せて警戒が緩むその時間を狙おう。
侵入する、そう決めた。
チャンスは感謝祭の夜だ!
「もちろん私もお連れくださいませ! リリア様の救出、一緒に私も向かいます」
リンはまるでそこにグランベル伯爵が立っているかのように、次々と蹴りを蹴り出し闘志を燃やしていた。
もちろん、私は今回の目的はリリアの救出であり、グランベル伯爵家の奴らをたたきのめすことではないと、リンに言い聞かせたのだが……とはいえ、もしも行く手を阻む者があれば、蹴り一発、拳一発くらいは見舞ってもいいかなと思っていたのだった。
そして今、私はリリアが嫁いだバルネス伯爵家の領地に来ていた。
感謝祭の週は、どの商会も休日となる。アルマード大商会も例外ではなく、いつも仕事に追われている私にも、この時期だけは自由な時間が取れた。
宿屋に数日滞在し、バルネス伯爵家の周辺を探る。だが奇妙なことに、伯爵夫人――つまりリリアの姿を見かけたという話が、どこからも聞こえてこない。
荒れ放題だった庭園も屋敷も見違えるように整えられ、立派な離れまで建ったというのに、その家の女主人だけが姿を見せない。
非常に面白くない。いや、はっきり言って、嫌な予感しかしない。
感謝祭の前日、私は周辺の聞き込みを終え、今度はバルネス伯爵家と古くから取引のある出入り業者を訪ねた。その中には離れを建てた業者もいて、かなり詳しいようだった。
「単刀直入に聞こう。バルネス伯爵家に、女性は何人いる?」
私は大金を握らせ、数人の男たちに尋ねた。
「女性ですかい? バルネス伯爵の祖母に母親、それから姉と妹。あとはバルネス伯爵夫人でさぁ……新婚のころは、よく並木通りを夫婦で散歩してましたよ」
「んだんだ。けど最近はさっぱり見ねぇな。どんぐらい前からか……半年、いや、それ以上前から見たこたぁねえです」
「その代わりっちゃなんですが、離れにはピンクブロンドの髪のきれいな女がいつもおりましてな。レオン様と仲がええらしいですぜ」
「ぐふっ……怪しい関係ってやつですぜ。確かに。あの女、しょっちゅう離れにいるんすよ。まるで伯爵家の女主人みてぇに振る舞ってるのを見たことがありやす。本物の伯爵夫人は、たしか蜂蜜色の髪だったと思いやすが……」
聞き捨てならない言葉を耳にした私は、思わずギロリと男たちを睨みつけた。
「……なんだと? その女は何者だ?」
「ひっ……お、怒らねぇでくだせぇよ! レオン様の従姉妹だったかと……隣領のドレイカー子爵家のお嬢さんだったはずでさ!」
そして感謝祭当日、リリアの専属侍女だったリンを、バルネス伯爵家に送り込んだ。彼女は東の大陸の出身で黒髪に黒い瞳、そして人並み外れた体術の使い手。リリアの父親が、彼女の腕を見込んで愛娘の侍女にした経緯がある。伯爵家の内情を探らせるには適任だった。
リンにはこう言わせた。
「かつて専属侍女として仕えておりまして、感謝祭というこの日に、懐かしいお嬢様に一目お会いしたくて立ち寄ったのでございます」と。
しかし、リンが持ち帰った報告は凍りつくようなものだった。
「リリアは気が触れており、誰であっても区別がつかない」──そう言われたというのだ。
「リリアお嬢様がそんなことになっているなんて、信じられません。絶対に嘘に決まっています。バルネス伯爵が応接間で説明してくださったのですが、辛そうに顔を歪めて、涙まで流していました。……とても胡散臭かったです。芝居がかっている感じで」
リンは腹立たしげに虚空へ拳を突き上げた。
「あのクズ男、息の根を止めてもいいですか」
と、不穏な言葉を口にする。
私はそんな彼女をなだめながらも、リリアの置かれている状況について思いを巡らせた。あれこれの情報をつなぎ合わせれば、答えは一つに絞られる。──リリアは薄汚い結婚詐欺師にだまされ、おそらく監禁されているのだ。
助け出すなら、今しかない。
感謝祭の夜──誰もが羽目を外し、酔いに任せて警戒が緩むその時間を狙おう。
侵入する、そう決めた。
チャンスは感謝祭の夜だ!
「もちろん私もお連れくださいませ! リリア様の救出、一緒に私も向かいます」
リンはまるでそこにグランベル伯爵が立っているかのように、次々と蹴りを蹴り出し闘志を燃やしていた。
もちろん、私は今回の目的はリリアの救出であり、グランベル伯爵家の奴らをたたきのめすことではないと、リンに言い聞かせたのだが……とはいえ、もしも行く手を阻む者があれば、蹴り一発、拳一発くらいは見舞ってもいいかなと思っていたのだった。
232
あなたにおすすめの小説
いつまでも変わらない愛情を与えてもらえるのだと思っていた
奏千歌
恋愛
[ディエム家の双子姉妹]
どうして、こんな事になってしまったのか。
妻から向けられる愛情を、どうして疎ましいと思ってしまっていたのか。
裏切りの街 ~すれ違う心~
緑谷めい
恋愛
エマは裏切られた。付き合って1年になる恋人リュカにだ。ある日、リュカとのデート中、街の裏通りに突然一人置き去りにされたエマ。リュカはエマを囮にした。彼は騎士としての手柄欲しさにエマを利用したのだ。※ 全5話完結予定
婚約者様への逆襲です。
有栖川灯里
恋愛
王太子との婚約を、一方的な断罪と共に破棄された令嬢・アンネリーゼ=フォン=アイゼナッハ。
理由は“聖女を妬んだ悪役”という、ありふれた台本。
だが彼女は涙ひとつ見せずに微笑み、ただ静かに言い残した。
――「さようなら、婚約者様。二度と戻りませんわ」
すべてを捨て、王宮を去った“悪役令嬢”が辿り着いたのは、沈黙と再生の修道院。
そこで出会ったのは、聖女の奇跡に疑問を抱く神官、情報を操る傭兵、そしてかつて見逃された“真実”。
これは、少女が嘘を暴き、誇りを取り戻し、自らの手で未来を選び取る物語。
断罪は終わりではなく、始まりだった。
“信仰”に支配された王国を、静かに揺るがす――悪役令嬢の逆襲。
【本編完結】独りよがりの初恋でした
須木 水夏
恋愛
好きだった人。ずっと好きだった人。その人のそばに居たくて、そばに居るために頑張ってた。
それが全く意味の無いことだなんて、知らなかったから。
アンティーヌは図書館の本棚の影で聞いてしまう。大好きな人が他の人に囁く愛の言葉を。
#ほろ苦い初恋
#それぞれにハッピーエンド
特にざまぁなどはありません。
小さく淡い恋の、始まりと終わりを描きました。完結いたします。
【完結】元婚約者の次の婚約者は私の妹だそうです。ところでご存知ないでしょうが、妹は貴方の妹でもありますよ。
葉桜鹿乃
恋愛
あらぬ罪を着せられ婚約破棄を言い渡されたジュリア・スカーレット伯爵令嬢は、ある秘密を抱えていた。
それは、元婚約者モーガンが次の婚約者に望んだジュリアの妹マリアが、モーガンの実の妹でもある、という秘密だ。
本当ならば墓まで持っていくつもりだったが、ジュリアを婚約者にとモーガンの親友である第一王子フィリップが望んでくれた事で、ジュリアは真実を突きつける事を決める。
※エピローグにてひとまず完結ですが、疑問点があがっていた所や、具体的な姉妹に対する差など、サクサク読んでもらうのに削った所を(現在他作を書いているので不定期で)番外編で更新しますので、暫く連載中のままとさせていただきます。よろしくお願いします。
番外編に手が回らないため、一旦完結と致します。
(2021/02/07 02:00)
小説家になろう・カクヨムでも別名義にて連載を始めました。
恋愛及び全体1位ありがとうございます!
※感想の取り扱いについては近況ボードを参照ください。(10/27追記)
なんで私だけ我慢しなくちゃならないわけ?
ワールド
恋愛
私、フォン・クラインハートは、由緒正しき家柄に生まれ、常に家族の期待に応えるべく振る舞ってまいりましたわ。恋愛、趣味、さらには私の将来に至るまで、すべては家名と伝統のため。しかし、これ以上、我慢するのは終わりにしようと決意いたしましたわ。
だってなんで私だけ我慢しなくちゃいけないと思ったんですもの。
これからは好き勝手やらせてもらいますわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる