5 / 20
5.ご破算になった約束と新たな提案2
しおりを挟む
「もし仮に、かなり年上だとしても、私よりは随分下でしょう? 私にとっては十分若いと思います」
「それは、そうですが――……」
「色々と婚約者から注意を受けるのですが、私の施された教育は一昔前らしくて、なかなか染みついた癖が治りません。ですから、嫌ならはっきりとおっしゃってください」
「嫌ではありません」
それに、嫌なら遠回しに断っていた。
察しが良ければそれで理解してくれる。
「そうですか。それなら良いのですが……」
随分自信なさそうに言う相手を見上げる様に顔を向けると、思いがけず優し気な瞳に見下ろされていて、心臓がどきりとはねた。
顔の整っている男性というのは、心臓に悪いという事をヴィクトリアは初めて知った。
「きょ、今日は暑いですね」
「そうですね、ここ最近は本当に暑いです。しかし、この庭園は暑い時にしか見られない花が見頃ですから、ここにきている人たちにとっては良い気温なのかもしれません」
「そういえば、そうですね」
すっかり忘れていた。
そして同時に嫌な思い出も思い出される。
以前一度、この庭園でその花を見る予定だった。もちろん、その約束は当日の朝にご破算になり、今度見に行こうと言われたが、それ以降一切その話は出てきてはいない。
家族や友人、ましてや一人で見に行くのは負けた気がして、王都に住んでいながら未だに一度も見に行ったことがなかった。
この際、一人でいってしまおうかと思う。
そんなヴィクトリアに、ルドヴィックが提案してくる。
「もしよろしければ、一緒に見に行きませんか? お互い婚約者にキャンセルされたもの同士、という事で。もちろん、お互いの名誉のためにそちらの侍女殿と私の侍従も同伴させましょう。いかがでしょうか?」
いつものヴィクトリアだったら即座に断っていた。
いくら侍女と侍従を同伴していたからといっても世間体は良くない。
それは分かっていても、こう鬱々とした気持ちの中でこんな風に男性に誘われれば気持ちが揺らぐ。
しかし、揺らいではいるものの、やはり自制する気持ちもあるわけで。
そんなヴィクトリアの気持ちを理解しているのか、ルドヴィックがふと視線を上げた。
「しかし、今日は本当に暑いですね。もう少し早ければ良かったのですが、今からでは干からびてしまいますね。ですので、今日はひとまずあそこから眺めることにしましょう」
視線の先には立派な建物。
それは、つい今しがた約束を反故された目的の場所。
「実は、婚約者が行きたいと言いまして予約したのですが、このありさまですからね。ただ、結構予約するのに苦労しましたので、せっかくなら婚約者がどういうものを好むのか雰囲気だけでも楽しもうかと思ったのですが、流石に一人では……」
女性が好む場所に男性一人というのはなかなか堪える。そういうことらしい。
苦笑するルドヴィックが年上なのに少し可愛く思えた。
「予約した席は三階席のテラス側です。人目も気にすることはありません」
「えっ? 三階のテラス側?」
思わず聞き返す。
三階テラス側の席、それは――
(大物専用席!)
超お得意さま、もしくはそれに準ずるような地位も身分もあるような人。
つまり本物のお金持ちもとい、貴族の中でも相当な人物しか予約できない席。有象無象が予約しようとしたところで、そもそも予約できない。主に、予約が埋まっていると言われてしまうそんな、特別席。
本当にそんな席があるのか幻ではないのかともささやかれていたが、本当にあるらしい。
驚きすぎて、相手を凝視してしまった。
(確かに、この人ならありえるかしら……。高位貴族で実家はかなり裕福。しかもご本人も騎士団長と知名度もある……)
「婚約者がそこじゃないと嫌だと言ったので、コネを使って席を取ったのですが、もったいないですからね。有効活用しなければ」
正直言えば、かなり魅力的だった。
ヴィクトリアでは絶対に予約する事さえ不可能な場所なのだから、かなり気になる。
社交界でも立ち入ったことの出来る人はかなり限られているし、自慢気に語る姿はあまりにも抽象的過ぎて実際は良く分からない。
もともとずっと行きたいと思っていた場所で、ようやく予約を取れたのだ。
もったいないと思ってはいた。
(……本当はいけないのだろうけど)
この機会を逃したら二度と三階テラス側の席なんて行く事は無い。
そう思うと、ヴィクトリアはぜひ、と返事を返していた。
「でも、わたくしが婚約者様の変わりに楽しんでしまってもよろしいんでしょうか?」
「構いませんよ。彼女は相当な気まぐれですので」
先ほどまでの柔らかい声音が、硬くなったのは気のせいではない。
相当な気まぐれ、それに振り回されてうんざりしている、そんな風にも聞こえた。
ヴィクトリアもまた、年下の婚約者であるクリメンスの我儘やマナー違反に幾度となくうんざりさせられてきたので、少し気持ちが分かった。
(年の差二つでこの有り様なのだから、十近く離れていたらもっと大変なのかもしれないわ)
年上の男性だし、我慢することが多いのだろうと思うと同情してしまう。
「行きましょうか?」
完璧なエスコートに、どうしてこんなに素敵な殿方との約束を反故できるのか、気になってしまった。
しかし、それこそ人それぞれだ。
ヴィクトリアが素敵な男性と思っても、相手がそうだとは限らない。
それに、十も離れていると若い婚約者の目から見ればまた違って見えるのかも知れない。
「もし何か周りから言われたら、私が事情を説明しますよ」
そこまで気遣かってくれるとは。
比べてはいけないと思いながらも、子供っぽい自分の婚約者と比べずにはいられなかった。
「それは、そうですが――……」
「色々と婚約者から注意を受けるのですが、私の施された教育は一昔前らしくて、なかなか染みついた癖が治りません。ですから、嫌ならはっきりとおっしゃってください」
「嫌ではありません」
それに、嫌なら遠回しに断っていた。
察しが良ければそれで理解してくれる。
「そうですか。それなら良いのですが……」
随分自信なさそうに言う相手を見上げる様に顔を向けると、思いがけず優し気な瞳に見下ろされていて、心臓がどきりとはねた。
顔の整っている男性というのは、心臓に悪いという事をヴィクトリアは初めて知った。
「きょ、今日は暑いですね」
「そうですね、ここ最近は本当に暑いです。しかし、この庭園は暑い時にしか見られない花が見頃ですから、ここにきている人たちにとっては良い気温なのかもしれません」
「そういえば、そうですね」
すっかり忘れていた。
そして同時に嫌な思い出も思い出される。
以前一度、この庭園でその花を見る予定だった。もちろん、その約束は当日の朝にご破算になり、今度見に行こうと言われたが、それ以降一切その話は出てきてはいない。
家族や友人、ましてや一人で見に行くのは負けた気がして、王都に住んでいながら未だに一度も見に行ったことがなかった。
この際、一人でいってしまおうかと思う。
そんなヴィクトリアに、ルドヴィックが提案してくる。
「もしよろしければ、一緒に見に行きませんか? お互い婚約者にキャンセルされたもの同士、という事で。もちろん、お互いの名誉のためにそちらの侍女殿と私の侍従も同伴させましょう。いかがでしょうか?」
いつものヴィクトリアだったら即座に断っていた。
いくら侍女と侍従を同伴していたからといっても世間体は良くない。
それは分かっていても、こう鬱々とした気持ちの中でこんな風に男性に誘われれば気持ちが揺らぐ。
しかし、揺らいではいるものの、やはり自制する気持ちもあるわけで。
そんなヴィクトリアの気持ちを理解しているのか、ルドヴィックがふと視線を上げた。
「しかし、今日は本当に暑いですね。もう少し早ければ良かったのですが、今からでは干からびてしまいますね。ですので、今日はひとまずあそこから眺めることにしましょう」
視線の先には立派な建物。
それは、つい今しがた約束を反故された目的の場所。
「実は、婚約者が行きたいと言いまして予約したのですが、このありさまですからね。ただ、結構予約するのに苦労しましたので、せっかくなら婚約者がどういうものを好むのか雰囲気だけでも楽しもうかと思ったのですが、流石に一人では……」
女性が好む場所に男性一人というのはなかなか堪える。そういうことらしい。
苦笑するルドヴィックが年上なのに少し可愛く思えた。
「予約した席は三階席のテラス側です。人目も気にすることはありません」
「えっ? 三階のテラス側?」
思わず聞き返す。
三階テラス側の席、それは――
(大物専用席!)
超お得意さま、もしくはそれに準ずるような地位も身分もあるような人。
つまり本物のお金持ちもとい、貴族の中でも相当な人物しか予約できない席。有象無象が予約しようとしたところで、そもそも予約できない。主に、予約が埋まっていると言われてしまうそんな、特別席。
本当にそんな席があるのか幻ではないのかともささやかれていたが、本当にあるらしい。
驚きすぎて、相手を凝視してしまった。
(確かに、この人ならありえるかしら……。高位貴族で実家はかなり裕福。しかもご本人も騎士団長と知名度もある……)
「婚約者がそこじゃないと嫌だと言ったので、コネを使って席を取ったのですが、もったいないですからね。有効活用しなければ」
正直言えば、かなり魅力的だった。
ヴィクトリアでは絶対に予約する事さえ不可能な場所なのだから、かなり気になる。
社交界でも立ち入ったことの出来る人はかなり限られているし、自慢気に語る姿はあまりにも抽象的過ぎて実際は良く分からない。
もともとずっと行きたいと思っていた場所で、ようやく予約を取れたのだ。
もったいないと思ってはいた。
(……本当はいけないのだろうけど)
この機会を逃したら二度と三階テラス側の席なんて行く事は無い。
そう思うと、ヴィクトリアはぜひ、と返事を返していた。
「でも、わたくしが婚約者様の変わりに楽しんでしまってもよろしいんでしょうか?」
「構いませんよ。彼女は相当な気まぐれですので」
先ほどまでの柔らかい声音が、硬くなったのは気のせいではない。
相当な気まぐれ、それに振り回されてうんざりしている、そんな風にも聞こえた。
ヴィクトリアもまた、年下の婚約者であるクリメンスの我儘やマナー違反に幾度となくうんざりさせられてきたので、少し気持ちが分かった。
(年の差二つでこの有り様なのだから、十近く離れていたらもっと大変なのかもしれないわ)
年上の男性だし、我慢することが多いのだろうと思うと同情してしまう。
「行きましょうか?」
完璧なエスコートに、どうしてこんなに素敵な殿方との約束を反故できるのか、気になってしまった。
しかし、それこそ人それぞれだ。
ヴィクトリアが素敵な男性と思っても、相手がそうだとは限らない。
それに、十も離れていると若い婚約者の目から見ればまた違って見えるのかも知れない。
「もし何か周りから言われたら、私が事情を説明しますよ」
そこまで気遣かってくれるとは。
比べてはいけないと思いながらも、子供っぽい自分の婚約者と比べずにはいられなかった。
48
あなたにおすすめの小説
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
王子に買われた妹と隣国に売られた私
京月
恋愛
スペード王国の公爵家の娘であるリリア・ジョーカーは三歳下の妹ユリ・ジョーカーと私の婚約者であり幼馴染でもあるサリウス・スペードといつも一緒に遊んでいた。
サリウスはリリアに好意があり大きくなったらリリアと結婚すると言っており、ユリもいつも姉さま大好きとリリアを慕っていた。
リリアが十八歳になったある日スペード王国で反乱がおきその首謀者として父と母が処刑されてしまう。姉妹は王様のいる玉座の間で手を後ろに縛られたまま床に頭をつけ王様からそして処刑を言い渡された。
それに異議を唱えながら玉座の間に入って来たのはサリウスだった。
サリウスは王様に向かい上奏する。
「父上、どうか"ユリ・ジョーカー"の処刑を取りやめにし俺に身柄をくださいませんか」
リリアはユリが不敵に笑っているのが見えた。
果たされなかった約束
家紋武範
恋愛
子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。
しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。
このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。
怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。
※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。
虐げられた人生に疲れたので本物の悪女に私はなります 番外編<悪女の娘>
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私の母は実母を陥れた悪女でした
<モンタナ事件から18年後の世界の物語>
私の名前はアンジェリカ・レスタ― 18歳。判事の父と秘書を務める母ライザは何故か悪女と呼ばれている。その謎を探るために、時折どこかへ出かける母の秘密を探る為に、たどり着いた私は衝撃の事実を目の当たりにする事に―!
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
自称地味っ子公爵令嬢は婚約を破棄して欲しい?
バナナマヨネーズ
恋愛
アメジシスト王国の王太子であるカウレスの婚約者の座は長い間空席だった。
カウレスは、それはそれは麗しい美青年で婚約者が決まらないことが不思議でならないほどだ。
そんな、麗しの王太子の婚約者に、何故か自称地味でメガネなソフィエラが選ばれてしまった。
ソフィエラは、麗しの王太子の側に居るのは相応しくないと我慢していたが、とうとう我慢の限界に達していた。
意を決して、ソフィエラはカウレスに言った。
「お願いですから、わたしとの婚約を破棄して下さい!!」
意外にもカウレスはあっさりそれを受け入れた。しかし、これがソフィエラにとっての甘く苦しい地獄の始まりだったのだ。
そして、カウレスはある驚くべき条件を出したのだ。
これは、自称地味っ子な公爵令嬢が二度の恋に落ちるまでの物語。
全10話
※世界観ですが、「妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。」「元の世界に戻るなんて聞いてない!」「貧乏男爵令息(仮)は、お金のために自身を売ることにしました。」と同じ国が舞台です。
※時間軸は、元の世界に~より5年ほど前となっております。
※小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】第一王子の婚約者になりましたが、妃になるにはまだまだ先がみえません!
風見ゆうみ
恋愛
「王族に嫁いだ者は、夫を二人もつ事を義務化とする」
第二王子の婚約者である私の親友に恋をした第三王子のワガママなお願いを無効にするまでのもう一人の夫候補として思い浮かんだのは、私に思いを寄せてくれていた次期公爵。
夫候補をお願いしたことにより第一王子だけでなく次期公爵からも溺愛される事に?!
彼らを好きな令嬢やお姫様達ともひと悶着ありですが、親友と一緒に頑張ります!
/「小説家になろう」で完結済みです。本作からお読みいただいてもわかるようにしておりますが、拙作の「身を引いたつもりが逆効果でした」の続編になります。
基本はヒロインが王子と次期公爵から溺愛される三角関係メインの甘めな話です。揺れるヒロインが苦手な方は、ご遠慮下さい。
離婚します!~王妃の地位を捨てて、苦しむ人達を助けてたら……?!~
琴葉悠
恋愛
エイリーンは聖女にしてローグ王国王妃。
だったが、夫であるボーフォートが自分がいない間に女性といちゃついている事実に耐えきれず、また異世界からきた若い女ともいちゃついていると言うことを聞き、離婚を宣言、紙を書いて一人荒廃しているという国「真祖の国」へと向かう。
実際荒廃している「真祖の国」を目の当たりにして決意をする。
おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる