冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ

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11.

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 涼し気に風が流れていく。
 
 アリーシアはぼんやりと目を開くと、身体が思うように動かないことに気づいた。
 身体中が痛みで悲鳴を上げている。
 更に記憶があいまいで、ここがどこかも分からない。
 
 ただ、明るい光がアリーシアに優しく降り注いでいた。
 そんな明るい光を浴びたのは久しぶりだったので、なつかしさが込み上げた。

「目が覚めたか?」

 近くで声が聞こえた。
 その声は低く、心地の良い声だ。
 なぜか労りにあふれたもので、アリーシアにとっては初めてだ。
 実家でもそして婚家でも、こんな風に優しくアリーシアに声をかける者はいなかった。

――婚家では実家より酷くて……そうだ、それでわたくしは――……

 一気にアリーシアの記憶が濁流のように戻ってくる。
 カタカタと身体が震え、自然と涙が溢れてきた。

 ベッドに横になっていたら、突然夫に殴られ、床に叩き落された。
 そして、何度も殴られ蹴られもした。

 若い男性の力で加減もなく振るわれたそれに、自分は殺されるのだと思った。

 あれは暴力だった。
 ただ嵐のよう恐怖。

「あっ、あぁ……」

 身体が動かないのに、身体が震えた。
 どうしようもない恐怖に、アリーシアは混乱して意味のなさない言葉しか口から出ない。

「わ、わたくしは――……!」
「大丈夫だ。何も恐れることはなにもない。ここにいる限り、お前に手を出す者はいない。傷つける者も。絶対にだ」

 そっと、手を握られ、力強く断言する言葉がアリーシアの耳に届く。
 恐慌状態のアリーシアは自然と助けを求めるように視線を向ける。
 すると、アリーシアの目元の涙をぬぐってくれた。
 止まらない涙を何度も何度も。

 大丈夫と言われた。傷つける者はいないと。
 ここがどこかも分からないのに、なぜか安心できた。

「無理するな……相当身体の状態はひどいのだから。ゆっくり休め」

 体力の限界だったアリーシアは泣いたことで再び頭が重くなった。
 それを咎めることもなく、眠ることを許された。
 アリーシアは再び瞼を閉じた。

 

 次に目を覚ました時、頭の重さは多少改善されていた。
 ゆっくり休んだせいか、思考ははっきりとしている。
 ただし、身体が痛み動かないのは同じだ。

 先ほどは光がまぶしいくらいだったのに、今は照明が落とされ、薄暗い闇に支配されていた。

 離れには光がなかった。
 北向きで日光も入らなければ、夜も明かりはない。
 暗闇には慣れているはずなのに、なぜか心細く感じる。

――あれは、夢だったのかしら……

 よく覚えていない。
 それなのに、目元の涙をぬぐってくれた感覚と、手を握られた感触はしっかりと覚えていた。

 先ほどよりもしっかりと意識が戻っていた。
 どれほど寝ていたかは分からないが、ここが少なくともマリアが言っていたような場所ではないことだけは分かる。
 どこだろうかと考えていると、部屋の扉が開いた。
 外の光が少しだけ部屋に入ってくるが、入ってきた人物は逆光で顔が見えない。
 アリーシアは影だけを捉えた。

 入ってきた人物は、アリーシアの目が覚めていることに気づいたのか、扉を閉め、近くの燭台に火を灯しながら話しかけてくる。

「具合はどうだ」

 その声にアリーシアはぎくりとする。
 男性の声だ。
 さらに、燭台の光で姿もはっきりと男性の姿だと知る。

 すると違うとわかっていても、アリーシアの身体は震えそうになった。

「怯えるのも無理はない……無神経だったな。すまない」

 アリーシアの心を読んだかのように、男性が謝罪してくる。
 男性から謝罪されるというのはアリーシアにとっては初めての経験で戸惑った。

「怖いのなら、これ以上は近づかない……。けがの具合が知りたかっただけだ」

 初めて聞く声なのに、初めてではない気がした。
 低くよく通る声。
 どこか、落ち着く声だ。
 しかも、相手はアリーシアの事を考えて提案してくれていた。
 

「だ、大丈夫――、です」
「無理はするな。ひどい怪我だったんだ」

 身体を起こそうとするアリーシアを留めるように男性が言う。

「わ、わたくしは……あっ」

 腕から力が抜け、アリーシアはベッドに倒れこみそうになった。
 しかし、その身体を力強い腕が支えた。
 そっとアリーシアを優しく抱きとめる腕に恐怖は感じなかった。
 理由は分からないが、アリーシアはなぜかこの腕が信じられた。

「怖いか?」

 身体は未だに震えるが、それが恐怖からなのか、それとも緊張からなのかは分からなかった。
 でも、怖くはない、そう感じた。

「大丈夫です――……」

 かすれた声だがはっきりと返すと、ゆっくりと男性はアリーシアをベッドに寝かせた。

 男性の行動は全てにおいて優しかった。
 名前も知らない人だ。

 初対面なのに、なぜこんなにアリーシアに優しくしてくれるのか分からなかった。



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