冷遇された妻は愛を求める

チカフジ ユキ

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「驚かせて悪かった。ただ、本当に危ない状態だったのは分かってほしい」
「そうだぜ、お嬢ちゃん。いいから旦那にまかせてゆっくり休みな。怪我を直すにはこれが一番だ……おっと、自己紹介がまだだったな。オレはザック。しがない傭兵団の団長をやってる」

 歴戦の猛者のような風格があるので、しがない・・・・とは言いながら、きっと有名なのだろう。
 ただ、アリーシアは傭兵自体に会うことが初めてだし、話もほとんど聞かないので良く分からない。

「お嬢ちゃん結構痩せてたせいか、体力的にやばかったんだぜ?」
「ザック」

 ローレンツがザックを諫めた。
 今はまだ詳しく話したくないらしい。
 おそらくそれはアリーシアの事を思っての事。
 きっとアリーシアを助けてくれたこの人たちは、自分以上にアリーシアの身体の状態を把握しているのだろう。
 それに――……

――初めからわたくしを貴族だと認識している……

 お互い会うのは初めてで。
 しかも、アリーシアは着古した服を着てまるで平民のような出で立ちだったはずだ。
 しかも殴られてボロボロで。

 そんな状態のアリーシアを貴族だと認識しているという事は、アリーシアがどこの誰なのかは分かっている、そんな気がした。

――帰されるのかしら……

 そう思うと身体が再び震えてくる。
 帰れば今度こそ殺される。
 実家に助けを求めても、きっと婚家に追い返される気がした。

 アリーシアには助けを求める先がない。

 そんな震える肩を、ローレンツのそっと触れた。

「大丈夫だ、ここにいれば安全だ。少なくとも、君の安全が確保されるまではここから追い出すことはない。これは絶対だ」

 きっとアリーシアは今酷い顔をしている。
 怯えて、誰かに縋りたくて、全部考えたくなくて……。

 その全てを分かっているとでも言うようなローレンツの言葉に、自分のすべてを任せたくなる。

――駄目なのに……きっと、迷惑がかかってそのうちみんな――……

 俯くアリーシアに、ローレンツはそっとアリーシアの両手を握る。
 節くれだった男の手。その手が小さな自分の手を丸ごと包み込む。

「迷惑ではないから。それに、迷惑をかけるならお互い様だ」

 困惑したようにに顔を上げると、ローレンツが至極真面目に言った。

「元平民に仕えたいというような奇特で優秀な使用人は少ないゆえに、至らないことが多々ある。上級貴族でありながら、客一人満足にもてなすことが出来ないし、もしかしたら俺関連で迷惑をかけることになる」
「まあ、旦那の場合、圧倒的に旦那が迷惑かけそうだ。優秀なくせに、いろんなところで敵作ってんだからな」
「うるさい。勝手に敵対するのは向こうだ。無能が文句を言っているだけで――……」

 いきなり始まった主従の掛け合いに、アリーシアは茫然と二人を見る。
 その視線に気づいたローレンツが若干頬を赤らめながら、ごほんとわざとらしく咳ばらいをした。

「つまり、何も問題はない……という事だ。本当はもう少し話していたいが、そろそろ時間の様だ」

 ローレンツの装いはまるで王宮にでも行くような改まった格好だ。
 ザックの方も着崩してはいるが、それなりに整った上着を羽織っている。

「叙勲されたせいで、今は王宮ないで引っ張りだこだ。手続きがああだこうだと、格式がどうのこうのと……まあ、愚痴はこの辺にしておこう。アリスのようにはなりたくないからな」

 十分アリスに似ている主人だ。
 無表情なところは違うが、おしゃべり好きなのは間違いない。
 一見すると寡黙そうなのに。
 アリスの朗らかなおしゃべりも好きだが、彼の話す姿も好きだ。

 はじめは震えるアリーシアに気を使って、わざと面白おかしく話をしてくれているのかと思った。
 でも、今はこれがローレンツの性格なのだと分かってきた。

 ぎゅっと握られた手から感じる温もりと、彼の会話で心が落ち着いた。

「ギャップがすげーだろ?」

 とはザックの言葉。
 うるさいぞと睨まれて、へいへいと引くがにやにや笑っているので完全に引いてはいない。

――ところでいつまで、握っているのかしら?

 二人がにぎやかに言い合っている間も、アリーシアの手をローレンツに握られたままだ。
 いやではないが、なんだか恥ずかしい。
 それに、いけないことだ。
 そもそも、知り合いでもない親しい相手でもない女性にこんな軽々しく触れるのは、平民であってもマナー違反だとアリーシアは思う。

 握られている手をアリーシアが見ていることに先に気付いたのはザックだった。

「ところで旦那、名残り惜しいのはわかるけどよ、そろそろ放さねぇと。つーか、これマナー違反だろ? またアンドレに怒られそうだな」
「ち、違う! 俺はただ安心してほしくてだな――……! 邪な気持ちでは!!」

 そんな事は分かっている。
 だってアリーシアは、自分の事を良く分かっている。
 実家でも婚家でも容姿についてあまり好ましく思われていなかった。
 
 そして、アリーシアもまた自覚している。

 ありきたりな茶色の髪、瞳の色だけは美しい翡翠のような瞳なのだが、それが不釣り合いで、家族にもよく言われていた。
 目鼻立ちだって、容姿が整っている貴族の中では平凡な方だ。

 それに比べてローレンツは本当に容姿が整っている。それこそ平民とは思えないほどに。
 きっと女性だってより取り見取りで、彼に隣には美人な女性こそが似合う。
 そんな人がアリーシアに邪な気持ちを抱くはずがない。

――勘違いなんてしないわ……

 分かっている。
 これはローレンツがアリーシアを励ますためにしていることなのだと。

「その、すまない!」

 そっと外される温もりを悲しく思いながらアリーシアは分かっているという意味で、困ったように微笑み頷いた。



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