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18.ローレンツサイド
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「いつ話すつもりなんだ?」
二人きりの馬車の中で、対面に座るザックがローレンツに尋ねた。
いつもなら、ローレンツ一人を馬車に押し込めて、自分は楽な騎乗を選ぶのに、おかしいと思っていた。
ザックとしても、助けた相手――アリーシアの事がそれなりに気になるらしい。
「アリーシア・ルックレー伯爵夫人。いや、元だっけか?」
「まだ、伯爵夫人のままだ。離婚審議は終わっていない」
「平民ならその日のうちに離婚できんのに、貴族は面倒な手続きが必要なんだな」
「それが決まりだからな」
ルックレーとはアリーシアの婚家の姓だ。
今、そのルックレー伯爵当主と当主夫人の離婚騒動が大きく注目されている。
なにせ、貴族の繋がりはそう簡単に切れる物ではない。そのため、離婚にまで発展することは極めて珍しい。それこそ、お互い心から憎んでいる相手でも、離婚することはない。
ローレンツは憂鬱そうに窓枠に肘を置く。
窓の外を眺めているようで、その頭の中はアリーシアの事を考えていた。
「今は満身創痍だ。助けた時は、栄養失調と脱水症状も併発していて、どうしたら貴族夫人がこんなになるのか不思議なくらいの状態だった。そんな身体が弱っている状況で色々話すのはためらわれる」
「まあ、そりゃ分かるが。このままってわけにはいかんだろ? それとも彼女も復讐の対象ないか?」
ザックの言葉にローレンツはぴくりと反応する。
「だって、お前はそのために生きてきたんだろう?」
そうだ。
忘れてはいない。
そのためだけに生きてきたのだ。
「……無関係の人間を巻き込むつもりはない――……」
「すでに巻き込んだのは分かってんだよ。だから、あんなに同情してんだろ? それとも罪悪感か?」
「違う!」
ローレンツは自分自身でも驚くほど即座に否定した。
事実はザックの言った通りだ。
そう、すでにアリーシアを巻き込んだ後だ。
それはあの日アリーシアを助けた後に知ったことだ。
ある意味でローレンツのせいでアリーシアは巻き込まれた被害者に近い。
だが、それだけではない。
アリーシアを保護したのは、同情でも罪悪感でもない。
その気持ちが何なのかと問われれば、はっきりとは分からないが、弱く今にも死にそうなあの姿をもう二度と見たくないと思った。
「じゃあなんだ? 妹さんでも思い出してんのか? 彼女は旦那の妹さんでもねぇよ」
「分かってる」
「そりゃあ、オレだって傷つけたいわけじゃねぇけど、はっきりさせておかなくちゃいけねぇことだろ。あのお嬢ちゃんだって知りたいだろうしな」
正論だからこそローレンツは言い返せない。
いつまでもこのままでいる事は出来ないのは分かっている。
「せめてもう少し傷が癒えてからだ……それに心の方も――」
「別に言い訳はどうでもいいが、慎重になりすぎると機会を見逃すぞ?」
「別に、慎重になっている訳じゃない」
ザックは肩をすくめてそれ以上何も言ってはこなかった。
ローレンツは、傷ついて今にも死にそうだったアリーシアを思い出す。
やせ細った身体に容赦なく振るわれていた暴力。
まるでモノのような扱いで、一体彼女をどうしようとしていたのか考えるだけでも虫唾が走る。
その姿はまるで、自分の妹を思い出させた。
いや、荷物の様に担がれて邸宅からひそかに連れ出されたきたその瞬間から。
あれは、ローレンツにとっても忘れられない出来事。
そのために、地獄を這いずり回りながら力を付けた。
復讐のために。
誰がどうなろうと知った事ではないと、あの家に関わる全てを自分の味わった地獄に叩き落してやるのだとそう決めていた。
その決意がゆるぎないのだと確かめるために、あの晩あの場所へ行った。
ローレンツの始まりの場所。、あの忌まわしいあの場所へ。
そして、偶然にもあの日の再来の様な出来事がローレンツの目の前で起こった。
目の前が真っ赤になり、ザックが押しとどめてくれていなければ、全てが失敗に終わっていたかもしれない。
それほどの強い怒りと憎しみが自分の中で渦巻いていた。
きっと、これまでも懲りずに何度も犯してきた罪は、誰にも裁かれることがなくても、ローレンツは忘れない。
ぎゅっとこぶしを握り、今度は助けることの出来たアリーシアを考えた。
痩せてはいるが、女性らしい骨格をしていた。
滑らかな手は労働階級の手ではないので、すぐにその身分に検討がついた。
実際に調べてから、やはりそうかと納得しながらも、妻でさえも容赦のない暴力を振るう男を殺したくなる。
「旦那、目が怖ぇよ。まあ人並みの事しか言えんが、正直になるべき時は正直に、時にはみっともなくなることもまた大事だぞ。まあ、男女関係なんてそんなもんだ」
「……なんの話をしている?」
「別に? つまり、早めに正直に告白しておいた方が身のためだぞと言う話だ」
結局、話はいつアリーシアといきさつを話し合うかというところに戻った。
「近いうちには話す」
ローレンツはそれだけ言って話を打ち切った。
すでに後には戻れないほど計画は進んでいる。
それを彼女に話したところで、止まる事は無い。
ただし、そのせいで被害を被る可能性があるのはアリーシアだ。
なるべくアリーシアを巻き込みたくないが、それにはもう遅い。
ザックも言っていた通り、そもそも婚姻が結ばれた件からしてアリーシアを間接的に巻き込んだのだ。
これは話したら彼女はなんと言うだろうか。
憎むだろうか、それとも悲しむだろうか。
少なくとも、ローレンツに対する態度は変わるだろう。
なんとなくそれを考えると憂鬱になった。
二人きりの馬車の中で、対面に座るザックがローレンツに尋ねた。
いつもなら、ローレンツ一人を馬車に押し込めて、自分は楽な騎乗を選ぶのに、おかしいと思っていた。
ザックとしても、助けた相手――アリーシアの事がそれなりに気になるらしい。
「アリーシア・ルックレー伯爵夫人。いや、元だっけか?」
「まだ、伯爵夫人のままだ。離婚審議は終わっていない」
「平民ならその日のうちに離婚できんのに、貴族は面倒な手続きが必要なんだな」
「それが決まりだからな」
ルックレーとはアリーシアの婚家の姓だ。
今、そのルックレー伯爵当主と当主夫人の離婚騒動が大きく注目されている。
なにせ、貴族の繋がりはそう簡単に切れる物ではない。そのため、離婚にまで発展することは極めて珍しい。それこそ、お互い心から憎んでいる相手でも、離婚することはない。
ローレンツは憂鬱そうに窓枠に肘を置く。
窓の外を眺めているようで、その頭の中はアリーシアの事を考えていた。
「今は満身創痍だ。助けた時は、栄養失調と脱水症状も併発していて、どうしたら貴族夫人がこんなになるのか不思議なくらいの状態だった。そんな身体が弱っている状況で色々話すのはためらわれる」
「まあ、そりゃ分かるが。このままってわけにはいかんだろ? それとも彼女も復讐の対象ないか?」
ザックの言葉にローレンツはぴくりと反応する。
「だって、お前はそのために生きてきたんだろう?」
そうだ。
忘れてはいない。
そのためだけに生きてきたのだ。
「……無関係の人間を巻き込むつもりはない――……」
「すでに巻き込んだのは分かってんだよ。だから、あんなに同情してんだろ? それとも罪悪感か?」
「違う!」
ローレンツは自分自身でも驚くほど即座に否定した。
事実はザックの言った通りだ。
そう、すでにアリーシアを巻き込んだ後だ。
それはあの日アリーシアを助けた後に知ったことだ。
ある意味でローレンツのせいでアリーシアは巻き込まれた被害者に近い。
だが、それだけではない。
アリーシアを保護したのは、同情でも罪悪感でもない。
その気持ちが何なのかと問われれば、はっきりとは分からないが、弱く今にも死にそうなあの姿をもう二度と見たくないと思った。
「じゃあなんだ? 妹さんでも思い出してんのか? 彼女は旦那の妹さんでもねぇよ」
「分かってる」
「そりゃあ、オレだって傷つけたいわけじゃねぇけど、はっきりさせておかなくちゃいけねぇことだろ。あのお嬢ちゃんだって知りたいだろうしな」
正論だからこそローレンツは言い返せない。
いつまでもこのままでいる事は出来ないのは分かっている。
「せめてもう少し傷が癒えてからだ……それに心の方も――」
「別に言い訳はどうでもいいが、慎重になりすぎると機会を見逃すぞ?」
「別に、慎重になっている訳じゃない」
ザックは肩をすくめてそれ以上何も言ってはこなかった。
ローレンツは、傷ついて今にも死にそうだったアリーシアを思い出す。
やせ細った身体に容赦なく振るわれていた暴力。
まるでモノのような扱いで、一体彼女をどうしようとしていたのか考えるだけでも虫唾が走る。
その姿はまるで、自分の妹を思い出させた。
いや、荷物の様に担がれて邸宅からひそかに連れ出されたきたその瞬間から。
あれは、ローレンツにとっても忘れられない出来事。
そのために、地獄を這いずり回りながら力を付けた。
復讐のために。
誰がどうなろうと知った事ではないと、あの家に関わる全てを自分の味わった地獄に叩き落してやるのだとそう決めていた。
その決意がゆるぎないのだと確かめるために、あの晩あの場所へ行った。
ローレンツの始まりの場所。、あの忌まわしいあの場所へ。
そして、偶然にもあの日の再来の様な出来事がローレンツの目の前で起こった。
目の前が真っ赤になり、ザックが押しとどめてくれていなければ、全てが失敗に終わっていたかもしれない。
それほどの強い怒りと憎しみが自分の中で渦巻いていた。
きっと、これまでも懲りずに何度も犯してきた罪は、誰にも裁かれることがなくても、ローレンツは忘れない。
ぎゅっとこぶしを握り、今度は助けることの出来たアリーシアを考えた。
痩せてはいるが、女性らしい骨格をしていた。
滑らかな手は労働階級の手ではないので、すぐにその身分に検討がついた。
実際に調べてから、やはりそうかと納得しながらも、妻でさえも容赦のない暴力を振るう男を殺したくなる。
「旦那、目が怖ぇよ。まあ人並みの事しか言えんが、正直になるべき時は正直に、時にはみっともなくなることもまた大事だぞ。まあ、男女関係なんてそんなもんだ」
「……なんの話をしている?」
「別に? つまり、早めに正直に告白しておいた方が身のためだぞと言う話だ」
結局、話はいつアリーシアといきさつを話し合うかというところに戻った。
「近いうちには話す」
ローレンツはそれだけ言って話を打ち切った。
すでに後には戻れないほど計画は進んでいる。
それを彼女に話したところで、止まる事は無い。
ただし、そのせいで被害を被る可能性があるのはアリーシアだ。
なるべくアリーシアを巻き込みたくないが、それにはもう遅い。
ザックも言っていた通り、そもそも婚姻が結ばれた件からしてアリーシアを間接的に巻き込んだのだ。
これは話したら彼女はなんと言うだろうか。
憎むだろうか、それとも悲しむだろうか。
少なくとも、ローレンツに対する態度は変わるだろう。
なんとなくそれを考えると憂鬱になった。
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