5 / 15
5
しおりを挟む
文明も人種も何もかも違う国に侍女達を連れて行くのは気が引けた。実際、侍女達も行きたくなさそうだった。
さして裕福でもない小国なので王女とはいえリーヴァは一人で身の回りの事くらいできる。
一人で帝国に行こうとしたが、たった一人だけリーヴァについて行くと言う侍女がいた。
リーヴァの乳姉妹グートルーネだ。茶髪に青い瞳、中背で華奢ながらグラマラスな肢体、リーヴァ程ではないが、なかなかの美少女だ。
「あなたの気持ちは嬉しいけれど無理しなくていいのよ」
誰にも話せないが生涯帝国にいる気はない。シグルズが約束通り、リーヴァを迎えに来てくれると信じているのだ。
「いいえ。姫様が行かれる所ならば、どこまでもお供します」
グートルーネは、か弱げな容姿と違い頑固だ。こうまで言った以上、強引にでもついて来るだろう。
自分が帝国からいなくなった後、たった一人残される事になるグートルーネが心配だったが、その心配は無用だった。
王宮の庭には、王族全員とシグルズの父親である宰相、グートルーネ、そして、少数の衛兵がいた。帝国からリーヴァを迎えにくる獣人達を待つためだ。
強い魔力の持ち主ならば遠距離の移動は徒歩や馬車ではなく転移魔法に頼る。
弱小国のアースラーシャ王国民では近距離しか転移魔法が使えないが、世界最強のメロヴィーク帝国民なら隣国くらいなら転移魔法も可能なのだ。
あの竜帝と顔を合わせずに済むのなら、あっという間に転移魔法で帝国に到着するのではなく疲れても徒歩や馬車で何日もかけて移動してほしかったと思うリーヴァだ。
この場にいる人間の予想に反し、転移魔法で現れた獣人は一人だった。彼らの統治者、竜帝の番、竜帝妃となる王女を迎えに来るのだ。数人は来るだろうと思っていたのに。
虎の耳、純白の髪と琥珀色の瞳、褐色の肌、逞しい長身、竜帝とはまた違う趣の美丈夫だった。
この場に現われた瞬間、彼の視線は、ただ一人にだけ固定された。
リーヴァの隣に佇むグートルーネに。
彼は大股でグートルーネに近づくと跪き彼女の手を取った。
そして――。
「貴女こそ俺の番だ! 俺と結婚してほしい!」
竜帝に番認定と求婚された時の事を思い出してリーヴァの顔は引きつった。
この場の何ともいえない微妙な空気を壊したのは、グートルーネの困ったような声だった。
「……えっと」
グートルーネはリーヴァのように「絶対嫌!」という様子ではなかった。それどころか心なしか嬉しそうに見える。
(……そういえば、グートルーネは、もふもふ系が大好きだものね)
リーヴァは場違いな事を思った。
獣人は人型になっても耳は本性のままだ。
彼の耳からして本性は十中八九、虎だろう。恋愛感情とまではいかなくてもグートルーネが彼に対してリーヴァが竜帝に抱いたような生理的嫌悪感などあるはずもない。
「……ドゥンガ将軍でいらっしゃいますね?」
宰相がグートルーネの前に跪いたままの彼に声をかけた。
アースラーシャ王国の宰相は、シグルズの父親、シグムント・ヴェルスング公爵だ。黒髪黒目、均整の取れた長身、シグルズの数年後を思わせる美形だ。
彼は今年四十一だが外見年齢は二十代半ばに見える。魔力が強い者ほど若々しい姿を保てるのだ。
「番を見つけられたのは喜ばしい事でしょうが、今はご自分のお役目を果たしていただけませんか?」
口調は柔らかいし言葉遣いも丁寧だが、要は宰相はこう言いたいのだ。「竜帝の番となる王女を迎えにきたんだろう? 自分の事だけにかまけてどうすんだ?」と。
宰相にドゥンガ将軍と呼ばれた虎耳の彼は、ばつが悪そうな顔で立ち上がるとリーヴァ達に向かって頭を下げた。
「……失礼いたしました」
これには、この場にいる全員が驚いた。
獣人は人間に対して良い感情など持っていない。いくら現在、獣人達が安住の地メロヴィーク帝国で平穏に暮らせていても過去の彼らは人間に虐げられていたのだ。
竜帝のシグルズに対する態度を見ても(彼が番認定したリーヴァの婚約者だからだろうが)、いくら自分が悪くても獣人が人間に対して頭を下げるなど考えられなかった。
「俺……私はエッツェル・ドゥンガ、メロヴィーク帝国の公爵で将軍です。竜帝陛下の番であるリーヴァ王女をお迎えに上がりました」
メロヴィーク帝国のエッツェル・ドゥンガ将軍といえば、竜帝の親友であり片腕として有名だ。
彼の本性は純白の虎だと知られている。その純白の髪と虎耳で宰相は彼がドゥンガ将軍だと分かったのだろう。
「……それでは、さようなら。国王陛下、王妃殿下、お兄様」
リーヴァはスカートを摘まみ上げると美しい一礼をした。
「さよならではない。竜帝陛下は度々リーヴァを実家に寄こしてくださるとお約束してくださった」
「そうよ、リーヴァ。しばらくは会えないでしょうけれど、今生の別れではないわ」
国王と王妃は、リーヴァがわざと「お父様」と「お母様」ではなく「国王陛下」と「王妃殿下」と呼んだ事に気づかなかったようだ。
リーヴァは国王と王妃を無視して兄と宰相に向き直った。
「お兄様、宰相閣下、この国をお願いします」
国王夫妻が無能でも弱小国のアースラーシャ王国が存続できるのは、有能な王太子や宰相がいるからだ。
「……王女殿下、貴女にご負担をおかけする事をお許しください」
宰相がリーヴァに頭を下げた。彼はシグルズの父親だ。当然、彼の秘密を知っている。
知っていても、リーヴァを彼女が生理的嫌悪感しか抱けない竜帝の元に行かせた。それが一番大事にならないからだ。
その事でリーヴァは宰相を恨む気はない。シグルズの父親として宰相として悩み苦しんだと分かっているからだ。
「わたくしは大丈夫ですわ」
全てが片付いたらシグルズはリーヴァを迎えにきてくれる。
その時こそ、王女としての責務からも竜帝からも自由になれる。
それを励みに、帝国でどれだけ虐げられても耐えてみせる。
さして裕福でもない小国なので王女とはいえリーヴァは一人で身の回りの事くらいできる。
一人で帝国に行こうとしたが、たった一人だけリーヴァについて行くと言う侍女がいた。
リーヴァの乳姉妹グートルーネだ。茶髪に青い瞳、中背で華奢ながらグラマラスな肢体、リーヴァ程ではないが、なかなかの美少女だ。
「あなたの気持ちは嬉しいけれど無理しなくていいのよ」
誰にも話せないが生涯帝国にいる気はない。シグルズが約束通り、リーヴァを迎えに来てくれると信じているのだ。
「いいえ。姫様が行かれる所ならば、どこまでもお供します」
グートルーネは、か弱げな容姿と違い頑固だ。こうまで言った以上、強引にでもついて来るだろう。
自分が帝国からいなくなった後、たった一人残される事になるグートルーネが心配だったが、その心配は無用だった。
王宮の庭には、王族全員とシグルズの父親である宰相、グートルーネ、そして、少数の衛兵がいた。帝国からリーヴァを迎えにくる獣人達を待つためだ。
強い魔力の持ち主ならば遠距離の移動は徒歩や馬車ではなく転移魔法に頼る。
弱小国のアースラーシャ王国民では近距離しか転移魔法が使えないが、世界最強のメロヴィーク帝国民なら隣国くらいなら転移魔法も可能なのだ。
あの竜帝と顔を合わせずに済むのなら、あっという間に転移魔法で帝国に到着するのではなく疲れても徒歩や馬車で何日もかけて移動してほしかったと思うリーヴァだ。
この場にいる人間の予想に反し、転移魔法で現れた獣人は一人だった。彼らの統治者、竜帝の番、竜帝妃となる王女を迎えに来るのだ。数人は来るだろうと思っていたのに。
虎の耳、純白の髪と琥珀色の瞳、褐色の肌、逞しい長身、竜帝とはまた違う趣の美丈夫だった。
この場に現われた瞬間、彼の視線は、ただ一人にだけ固定された。
リーヴァの隣に佇むグートルーネに。
彼は大股でグートルーネに近づくと跪き彼女の手を取った。
そして――。
「貴女こそ俺の番だ! 俺と結婚してほしい!」
竜帝に番認定と求婚された時の事を思い出してリーヴァの顔は引きつった。
この場の何ともいえない微妙な空気を壊したのは、グートルーネの困ったような声だった。
「……えっと」
グートルーネはリーヴァのように「絶対嫌!」という様子ではなかった。それどころか心なしか嬉しそうに見える。
(……そういえば、グートルーネは、もふもふ系が大好きだものね)
リーヴァは場違いな事を思った。
獣人は人型になっても耳は本性のままだ。
彼の耳からして本性は十中八九、虎だろう。恋愛感情とまではいかなくてもグートルーネが彼に対してリーヴァが竜帝に抱いたような生理的嫌悪感などあるはずもない。
「……ドゥンガ将軍でいらっしゃいますね?」
宰相がグートルーネの前に跪いたままの彼に声をかけた。
アースラーシャ王国の宰相は、シグルズの父親、シグムント・ヴェルスング公爵だ。黒髪黒目、均整の取れた長身、シグルズの数年後を思わせる美形だ。
彼は今年四十一だが外見年齢は二十代半ばに見える。魔力が強い者ほど若々しい姿を保てるのだ。
「番を見つけられたのは喜ばしい事でしょうが、今はご自分のお役目を果たしていただけませんか?」
口調は柔らかいし言葉遣いも丁寧だが、要は宰相はこう言いたいのだ。「竜帝の番となる王女を迎えにきたんだろう? 自分の事だけにかまけてどうすんだ?」と。
宰相にドゥンガ将軍と呼ばれた虎耳の彼は、ばつが悪そうな顔で立ち上がるとリーヴァ達に向かって頭を下げた。
「……失礼いたしました」
これには、この場にいる全員が驚いた。
獣人は人間に対して良い感情など持っていない。いくら現在、獣人達が安住の地メロヴィーク帝国で平穏に暮らせていても過去の彼らは人間に虐げられていたのだ。
竜帝のシグルズに対する態度を見ても(彼が番認定したリーヴァの婚約者だからだろうが)、いくら自分が悪くても獣人が人間に対して頭を下げるなど考えられなかった。
「俺……私はエッツェル・ドゥンガ、メロヴィーク帝国の公爵で将軍です。竜帝陛下の番であるリーヴァ王女をお迎えに上がりました」
メロヴィーク帝国のエッツェル・ドゥンガ将軍といえば、竜帝の親友であり片腕として有名だ。
彼の本性は純白の虎だと知られている。その純白の髪と虎耳で宰相は彼がドゥンガ将軍だと分かったのだろう。
「……それでは、さようなら。国王陛下、王妃殿下、お兄様」
リーヴァはスカートを摘まみ上げると美しい一礼をした。
「さよならではない。竜帝陛下は度々リーヴァを実家に寄こしてくださるとお約束してくださった」
「そうよ、リーヴァ。しばらくは会えないでしょうけれど、今生の別れではないわ」
国王と王妃は、リーヴァがわざと「お父様」と「お母様」ではなく「国王陛下」と「王妃殿下」と呼んだ事に気づかなかったようだ。
リーヴァは国王と王妃を無視して兄と宰相に向き直った。
「お兄様、宰相閣下、この国をお願いします」
国王夫妻が無能でも弱小国のアースラーシャ王国が存続できるのは、有能な王太子や宰相がいるからだ。
「……王女殿下、貴女にご負担をおかけする事をお許しください」
宰相がリーヴァに頭を下げた。彼はシグルズの父親だ。当然、彼の秘密を知っている。
知っていても、リーヴァを彼女が生理的嫌悪感しか抱けない竜帝の元に行かせた。それが一番大事にならないからだ。
その事でリーヴァは宰相を恨む気はない。シグルズの父親として宰相として悩み苦しんだと分かっているからだ。
「わたくしは大丈夫ですわ」
全てが片付いたらシグルズはリーヴァを迎えにきてくれる。
その時こそ、王女としての責務からも竜帝からも自由になれる。
それを励みに、帝国でどれだけ虐げられても耐えてみせる。
100
あなたにおすすめの小説
憎しみあう番、その先は…
アズやっこ
恋愛
私は獣人が嫌いだ。好き嫌いの話じゃない、憎むべき相手…。
俺は人族が嫌いだ。嫌、憎んでる…。
そんな二人が番だった…。
憎しみか番の本能か、二人はどちらを選択するのか…。
* 残忍な表現があります。
『えっ! 私が貴方の番?! そんなの無理ですっ! 私、動物アレルギーなんですっ!』
伊織愁
恋愛
人族であるリジィーは、幼い頃、狼獣人の国であるシェラン国へ両親に連れられて来た。 家が没落したため、リジィーを育てられなくなった両親は、泣いてすがるリジィーを修道院へ預ける事にしたのだ。
実は動物アレルギーのあるリジィ―には、シェラン国で暮らす事が日に日に辛くなって来ていた。 子供だった頃とは違い、成人すれば自由に国を出ていける。 15になり成人を迎える年、リジィーはシェラン国から出ていく事を決心する。 しかし、シェラン国から出ていく矢先に事件に巻き込まれ、シェラン国の近衛騎士に助けられる。
二人が出会った瞬間、頭上から光の粒が降り注ぎ、番の刻印が刻まれた。 狼獣人の近衛騎士に『私の番っ』と熱い眼差しを受け、リジィ―は内心で叫んだ。 『私、動物アレルギーなんですけどっ! そんなのありーっ?!』
『番』という存在
彗
恋愛
義母とその娘に虐げられているリアリーと狼獣人のカインが番として結ばれる物語。
*基本的に1日1話ずつの投稿です。
(カイン視点だけ2話投稿となります。)
書き終えているお話なのでブクマやしおりなどつけていただければ幸いです。
***2022.7.9 HOTランキング11位!!はじめての投稿でこんなにたくさんの方に読んでいただけてとても嬉しいです!ありがとうございます!
【完結】番が見ているのでさようなら
堀 和三盆
恋愛
その視線に気が付いたのはいつ頃のことだっただろう。
焦がれるような。縋るような。睨みつけるような。
どこかから注がれる――番からのその視線。
俺は猫の獣人だ。
そして、その見た目の良さから獣人だけでなく人間からだってしょっちゅう告白をされる。いわゆるモテモテってやつだ。
だから女に困ったことはないし、生涯をたった一人に縛られるなんてバカみてえ。そんな風に思っていた。
なのに。
ある日、彼女の一人とのデート中にどこからかその視線を向けられた。正直、信じられなかった。急に体中が熱くなり、自分が興奮しているのが分かった。
しかし、感じるのは常に視線のみ。
コチラを見るだけで一向に姿を見せない番を無視し、俺は彼女達との逢瀬を楽しんだ――というよりは見せつけた。
……そうすることで番からの視線に変化が起きるから。
【完結】そう、番だったら別れなさい
堀 和三盆
恋愛
ラシーヌは狼獣人でライフェ侯爵家の一人娘。番である両親に憧れていて、番との婚姻を完全に諦めるまでは異性との交際は控えようと思っていた。
しかし、ある日を境に母親から異性との交際をしつこく勧められるようになり、仕方なく幼馴染で猫獣人のファンゲンに恋人のふりを頼むことに。彼の方にも事情があり、お互いの利害が一致したことから二人の嘘の交際が始まった。
そして二人が成長すると、なんと偽の恋人役を頼んだ幼馴染のファンゲンから番の気配を感じるようになり、幼馴染が大好きだったラシーヌは大喜び。早速母親に、
『お付き合いしている幼馴染のファンゲンが私の番かもしれない』――と報告するのだが。
「そう、番だったら別れなさい」
母親からの返答はラシーヌには受け入れ難いものだった。
お母様どうして!?
何で運命の番と別れなくてはいけないの!?
『完結』番に捧げる愛の詩
灰銀猫
恋愛
番至上主義の獣人ラヴィと、無残に終わった初恋を引きずる人族のルジェク。
ルジェクを番と認識し、日々愛を乞うラヴィに、ルジェクの答えは常に「否」だった。
そんなルジェクはある日、血を吐き倒れてしまう。
番を失えば狂死か衰弱死する運命の獣人の少女と、余命僅かな人族の、短い恋のお話。
以前書いた物で完結済み、3万文字未満の短編です。
ハッピーエンドではありませんので、苦手な方はお控えください。
これまでの作風とは違います。
他サイトでも掲載しています。
あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています
貴方は私の番です、結婚してください!
ましろ
恋愛
ようやく見つけたっ!
それはまるで夜空に輝く真珠星のように、彼女だけが眩しく浮かび上がった。
その輝きに手を伸ばし、
「貴方は私の番ですっ、結婚して下さい!」
「は?お断りしますけど」
まさか断られるとは思わず、更には伸ばした腕をむんずと掴まれ、こちらの勢いを利用して投げ飛ばされたのだ!
番を見つけた獣人の男と、番の本能皆無の人間の女の求婚劇。
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる