7 / 11
7 噂話
しおりを挟む
.
―――離縁状を残し、竜人様のもとを去ってから二年。
弟を一目見たくて一度だけ、こっそり故郷の村へ足を運んだ。
心のどこかで、「金に目がくらんだ大人たち」だとリオは思っていた。しかし、村長はナガレ様から賜った貢ぎ物を正しく使ってくれた。おかげで村は以前よりずっと明るくなっていた。
そこで……元気に走り回る弟は、立派な村の一員となっていた。
しかし、ここに留まることはできない。
遠目から弟の姿を見た後、地方を転々と旅して回った。
これは、兄竜のハクレイ様が大金をくださったおかげだ。
無駄遣いをしないよう節約しながら、初めての海、そして船にも乗った。
それから高い高い山も越えて―――まるで旅人のような生活を送った。
しかし、行く当てなどリオにはない。
目的のない旅だった。
時々、大きな街に出向くと吟遊詩人や冒険者たちの噂話が耳に入る。
「おい。まだ青の谷で、竜が暴れ回ってるってよ」
「―――!」
路銀を無駄にできないと、酒場で短期間働いていたリオが聞いたのは、そんな冒険者たちの会話だった。
「青の谷だって? あそこは一ヶ月前に倒されたんじゃなかったか?」
「また別のだ。巨大で、凶暴化してるらしいぞ」
「ってことは番が”駆除”されて怒り狂ってんのか。竜は番を失うと自我がなくなるって話だからな」
―――竜は、「番」への愛が深すぎるあまり、愛に狂う。
空界に棲み処を持つ「竜」ではなく、地上で暴れ回る魔物化した生き物であっても、その性質だけは消えない。
だから―――竜を倒すときは慎重になり、「雌雄一体」でなければ被害が増す。
幸いにも、地上に住んでいる竜は、同種族以外の番は持たないのだが。
(………ナガレ様)
それでも不安だ。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
あり得ないと分かっているのに
―――こうした噂に上がる竜が、ナガレ様でないことを祈るしかない。
リオは、人間だ。
そして「番」であることより、寿命を選んだ。
ナガレ様の傍にいる資格を、自ら手放した。
(オレには、今さら気にする資格もない)
分かっている。
それなのに―――。
「青の谷」だ。
気づけば、足が向きを変えていた。
* * *
「青の谷」は遠かった。思いつきで向かえる場所でも、一日で辿り着ける距離でもない。
馬車を三回乗り継ぎ、夜を明かして……ようやく付近に辿り着いた頃には、空はすでに茜と深い青が混じり合っていた。
仕方がない。
リオも、これ以上の移動は危険だと判断し、街道沿いの宿場町で夜を明かすことにした。
「大部屋は満室だ。一人部屋ならいいが……」
「うっ……、分かりました」
青の谷に現れた竜を討伐するため、討伐隊や冒険者が押し寄せている。その影響で宿の料金は跳ね上がっていたが、空室があるだけでも奇跡に近い。
これが、リオが普段から節約を心掛けている最大の理由だった。
谷にいる竜が――ナガレ様ではないと分かっている。それでも、引き返すことはできなかった。
それに安全な旅をしなければ、支援してくれたハクレイ様にも申し訳ない。
『まいど。風呂もメシ代も込みだよ』
そう言われただけで、十分にありがたかった。
―――そして、食事のために宿屋の酒場へ向かったリオだが、
そこにあったのは、期待していたような熱気ではなかった。
包帯を巻いた腕。引きずるような足取り。
折れた武器に、壊れた武具。
冒険者たちの表情は暗く、
誰もが俯いたまま、酒杯を握り締めていた。
「ありゃ、やめておけ」
「近づくな」
「……聞いてた竜じゃない。化け物だ」
――『竜の討伐に失敗した』
彼らに話を聞くまでもなかった。
―――離縁状を残し、竜人様のもとを去ってから二年。
弟を一目見たくて一度だけ、こっそり故郷の村へ足を運んだ。
心のどこかで、「金に目がくらんだ大人たち」だとリオは思っていた。しかし、村長はナガレ様から賜った貢ぎ物を正しく使ってくれた。おかげで村は以前よりずっと明るくなっていた。
そこで……元気に走り回る弟は、立派な村の一員となっていた。
しかし、ここに留まることはできない。
遠目から弟の姿を見た後、地方を転々と旅して回った。
これは、兄竜のハクレイ様が大金をくださったおかげだ。
無駄遣いをしないよう節約しながら、初めての海、そして船にも乗った。
それから高い高い山も越えて―――まるで旅人のような生活を送った。
しかし、行く当てなどリオにはない。
目的のない旅だった。
時々、大きな街に出向くと吟遊詩人や冒険者たちの噂話が耳に入る。
「おい。まだ青の谷で、竜が暴れ回ってるってよ」
「―――!」
路銀を無駄にできないと、酒場で短期間働いていたリオが聞いたのは、そんな冒険者たちの会話だった。
「青の谷だって? あそこは一ヶ月前に倒されたんじゃなかったか?」
「また別のだ。巨大で、凶暴化してるらしいぞ」
「ってことは番が”駆除”されて怒り狂ってんのか。竜は番を失うと自我がなくなるって話だからな」
―――竜は、「番」への愛が深すぎるあまり、愛に狂う。
空界に棲み処を持つ「竜」ではなく、地上で暴れ回る魔物化した生き物であっても、その性質だけは消えない。
だから―――竜を倒すときは慎重になり、「雌雄一体」でなければ被害が増す。
幸いにも、地上に住んでいる竜は、同種族以外の番は持たないのだが。
(………ナガレ様)
それでも不安だ。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
あり得ないと分かっているのに
―――こうした噂に上がる竜が、ナガレ様でないことを祈るしかない。
リオは、人間だ。
そして「番」であることより、寿命を選んだ。
ナガレ様の傍にいる資格を、自ら手放した。
(オレには、今さら気にする資格もない)
分かっている。
それなのに―――。
「青の谷」だ。
気づけば、足が向きを変えていた。
* * *
「青の谷」は遠かった。思いつきで向かえる場所でも、一日で辿り着ける距離でもない。
馬車を三回乗り継ぎ、夜を明かして……ようやく付近に辿り着いた頃には、空はすでに茜と深い青が混じり合っていた。
仕方がない。
リオも、これ以上の移動は危険だと判断し、街道沿いの宿場町で夜を明かすことにした。
「大部屋は満室だ。一人部屋ならいいが……」
「うっ……、分かりました」
青の谷に現れた竜を討伐するため、討伐隊や冒険者が押し寄せている。その影響で宿の料金は跳ね上がっていたが、空室があるだけでも奇跡に近い。
これが、リオが普段から節約を心掛けている最大の理由だった。
谷にいる竜が――ナガレ様ではないと分かっている。それでも、引き返すことはできなかった。
それに安全な旅をしなければ、支援してくれたハクレイ様にも申し訳ない。
『まいど。風呂もメシ代も込みだよ』
そう言われただけで、十分にありがたかった。
―――そして、食事のために宿屋の酒場へ向かったリオだが、
そこにあったのは、期待していたような熱気ではなかった。
包帯を巻いた腕。引きずるような足取り。
折れた武器に、壊れた武具。
冒険者たちの表情は暗く、
誰もが俯いたまま、酒杯を握り締めていた。
「ありゃ、やめておけ」
「近づくな」
「……聞いてた竜じゃない。化け物だ」
――『竜の討伐に失敗した』
彼らに話を聞くまでもなかった。
31
あなたにおすすめの小説
愛などもう求めない
一寸光陰
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
王太子殿下は悪役令息のいいなり
一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」
そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。
しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!?
スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。
ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。
書き終わっているので完結保証です。
自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話
あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」
トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。
お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。
攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。
兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。
攻め:水瀬真広
受け:神崎彼方
⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。
途中でモブおじが出てきます。
義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。
初投稿です。
初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
内容も時々サイレント修正するかもです。
定期的にタグ整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
前世が教師だった少年は辺境で愛される
結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。
ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。
雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。
【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます!
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる