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(…な、…っ、様……)
ぐっと唇を噛みしめて、今にも気を失いそうになる意識を必死に繋ぎ留める。
「………」
竜は何も言わない。
けれど、確かに――落ちる瞬間に「リオ」と呼ばれた。
(やっぱり、間違いなかった……)
やっと会えたのだ…。ここで意識を手放すわけにはいかなかった。
鋭い爪は、リオの体を傷つけぬように
そして、決して落とさぬように――
静かに、ゆっくりと闇の中を進む。
やがて降り立ったのは、
水面が月を映す、穏やかな泉のほとりだった。
* * *
「すまなかった」
竜は――すでにその姿を消し、竜人・ナガレの姿を取り戻していた。
しかし、リオの方は見ない。背を向けたままだった。
「リオ。怪我はないか?」
「は、はい…! 助けてくださりありがとうございました!オレは平気です。怪我もありません」
本当に大丈夫です!、と気丈に振る舞う。
まだ落ちた恐怖で震える足を誤魔化しながら。
「……リオ。今回のことで俺は思い知った」
怒りと悲しみに呑まれれば、俺は簡単にお前を見失う。
兄の鱗ひとつで、お前の気配を見失い、
そして――地上にいれば、容易く本能に呑まれた。
「お前に逃げられて、当然だな」
「番」を一生大切にする? 守る?
リオの気持ちを考えず長い間傷つけて、逃げられ、それで……我を失った自分は再会した「番」に吠えて襲おうとした。
吐き出すような声は、
自嘲を含んだその声は、――とても悲しい。
「……いい。もう俺の顔など、忘れなさい」
「嫌です、ナガレ様! オレは―― ッ」
だが、リオも言葉を飲み込む。
(―――ナガレ様に、どの口で言えるだろう?)
そもそも逃げ出さなければこんなことにはならなかった。
短い沈黙のあと、ナガレ様は嘲笑するように息を吐いた。ダメだと呟いた。
「……忘れてほしいと言いたいが、それでも俺は、お前の許しを待っている」
愚かなことに。心の奥では再会した「番」を空界へと連れ去りたい衝動が渦巻いている。
二度と離さない。
二度と逃げないようにして―――…。
(だが違う)
リオは、ナガレを許さない。自分と共にいることを望んでいない。
そうしてリオの望まれぬことを強要すれば、同じ過ちを繰り返すだけだ。
今回の件で、竜人はそれを思い知った。
「お前に謝ることしかできない。俺はどこまでも身勝手で、惨めな竜だ」
それほど、
この二年は、ナガレにとって苦痛でしかなかった。
* * *
無言の時間は長かった。
しかし、リオを此処にひとりで置いてはいけない。せめて人のある場所に。とナガレが動こうとしたとき、リオが口を開いた。
「……ナガレ様。悪いと謝っているなら、お願いです。オレの顔を見てください」
厳しくも哀しい声色に促され、ようやくナガレは身体を動かす。
「……やっぱり、酷い怪我です」
「すでに痛みはない」
片目は失明しているかもしれない。
しかし、痛みがないのも事実だった。
「気にするな。この傷は人間の暮らしを荒らした報いだ」
「でも、」
「お前とは関係のない傷だ」
恨み言にしてもよかったかもしれない。『これは、リオを傷つけたことで受けた天罰だ』。そうすれば、心優しいリオは気にして……二度とナガレから逃げようなどと思わないかもしれない。
(やはり、俺は醜いな……)
どんなに心を入れ替えても、
空と地上で住む場所が離れても、―――リオが、ナガレの「番」であることは変わらない。
「リオ」
心の中で、穏やかに己に微笑む。
こうして竜人の姿に戻り理性を取り戻したのだ。
二年の間にしてしまった、数々の愚行を恥じる心くらいある。
「……一つだけ教えてくれ。俺は、怖かったか?」
その問いに、リオは「いいえ」と首を振る。
「怖かったのは、二度だけです」
ナガレが、怪我をしていたこと。
それと――今夜、崖から落ちた瞬間。
「……オレは竜が現れたとか、討伐されたとか…そんな噂を聞くたびに、そこへ行きました」
「なぜ、そんな危険なことを……!」
「―――会いたかったからです」
貴方に――と。リオは、小さく笑う。
「離縁状の言葉に、嘘偽りはありません」
人間として生きたかった。
子どもも、ほしくない。
貴方と、たくさん話し合って、笑い合える未来ならよかった。
だけど、すべて……
オレの意識を返事も聞かずに決まったのでしょう。
「オレは、ただの人間です。竜人様たちのように番を感知するなんてできません。自分が本当に…貴方の"番”なのかも分からないし、竜人様と同じ寿命で生きたいなんて……考えたこともありません」
「……」
「それでも」
ゆっくり、大きく息を吸った。
もう足は震えていない。
「もう一度会いたかったのは、未練です。
オレは……ナガレ様。 貴方に恋をしました」
恋をしていたのではない、今もだ。
貴方が「番」だからと言って、「リオ」を見てくれないのが、とても悲しかった……。
それと、自分だけが感じられない「番」という「運命」に、嫉妬していた。
「リオ。俺は……竜人だ」
ナガレは言葉を切り、リオの目を見つめた。
「お前は、長い時を探し続けていた魂の片割れで、俺の半身だ」
「お前も、同じ気持ちなのだと……疑いもしなかった。お前のためなら死ぬこと以外、何をしてもいいと本気で思っていた」
「……番だからですか?」
そうだ。始まりは、確かに「番」だった。
だが――それだけではない。
ここまで執着して、やっと理解した。
竜化し、
孤独な二年に心を蝕まれ、
兄竜の鱗に阻まれて、番の気配を見失っても。
『ナガレ様』
優しく微笑んだ、リオの声だけは、忘れなかった。
理性を失っても、その声を探していた。
人間の、お前でいいのだ。
「俺は――リオを、愛している」
(…な、…っ、様……)
ぐっと唇を噛みしめて、今にも気を失いそうになる意識を必死に繋ぎ留める。
「………」
竜は何も言わない。
けれど、確かに――落ちる瞬間に「リオ」と呼ばれた。
(やっぱり、間違いなかった……)
やっと会えたのだ…。ここで意識を手放すわけにはいかなかった。
鋭い爪は、リオの体を傷つけぬように
そして、決して落とさぬように――
静かに、ゆっくりと闇の中を進む。
やがて降り立ったのは、
水面が月を映す、穏やかな泉のほとりだった。
* * *
「すまなかった」
竜は――すでにその姿を消し、竜人・ナガレの姿を取り戻していた。
しかし、リオの方は見ない。背を向けたままだった。
「リオ。怪我はないか?」
「は、はい…! 助けてくださりありがとうございました!オレは平気です。怪我もありません」
本当に大丈夫です!、と気丈に振る舞う。
まだ落ちた恐怖で震える足を誤魔化しながら。
「……リオ。今回のことで俺は思い知った」
怒りと悲しみに呑まれれば、俺は簡単にお前を見失う。
兄の鱗ひとつで、お前の気配を見失い、
そして――地上にいれば、容易く本能に呑まれた。
「お前に逃げられて、当然だな」
「番」を一生大切にする? 守る?
リオの気持ちを考えず長い間傷つけて、逃げられ、それで……我を失った自分は再会した「番」に吠えて襲おうとした。
吐き出すような声は、
自嘲を含んだその声は、――とても悲しい。
「……いい。もう俺の顔など、忘れなさい」
「嫌です、ナガレ様! オレは―― ッ」
だが、リオも言葉を飲み込む。
(―――ナガレ様に、どの口で言えるだろう?)
そもそも逃げ出さなければこんなことにはならなかった。
短い沈黙のあと、ナガレ様は嘲笑するように息を吐いた。ダメだと呟いた。
「……忘れてほしいと言いたいが、それでも俺は、お前の許しを待っている」
愚かなことに。心の奥では再会した「番」を空界へと連れ去りたい衝動が渦巻いている。
二度と離さない。
二度と逃げないようにして―――…。
(だが違う)
リオは、ナガレを許さない。自分と共にいることを望んでいない。
そうしてリオの望まれぬことを強要すれば、同じ過ちを繰り返すだけだ。
今回の件で、竜人はそれを思い知った。
「お前に謝ることしかできない。俺はどこまでも身勝手で、惨めな竜だ」
それほど、
この二年は、ナガレにとって苦痛でしかなかった。
* * *
無言の時間は長かった。
しかし、リオを此処にひとりで置いてはいけない。せめて人のある場所に。とナガレが動こうとしたとき、リオが口を開いた。
「……ナガレ様。悪いと謝っているなら、お願いです。オレの顔を見てください」
厳しくも哀しい声色に促され、ようやくナガレは身体を動かす。
「……やっぱり、酷い怪我です」
「すでに痛みはない」
片目は失明しているかもしれない。
しかし、痛みがないのも事実だった。
「気にするな。この傷は人間の暮らしを荒らした報いだ」
「でも、」
「お前とは関係のない傷だ」
恨み言にしてもよかったかもしれない。『これは、リオを傷つけたことで受けた天罰だ』。そうすれば、心優しいリオは気にして……二度とナガレから逃げようなどと思わないかもしれない。
(やはり、俺は醜いな……)
どんなに心を入れ替えても、
空と地上で住む場所が離れても、―――リオが、ナガレの「番」であることは変わらない。
「リオ」
心の中で、穏やかに己に微笑む。
こうして竜人の姿に戻り理性を取り戻したのだ。
二年の間にしてしまった、数々の愚行を恥じる心くらいある。
「……一つだけ教えてくれ。俺は、怖かったか?」
その問いに、リオは「いいえ」と首を振る。
「怖かったのは、二度だけです」
ナガレが、怪我をしていたこと。
それと――今夜、崖から落ちた瞬間。
「……オレは竜が現れたとか、討伐されたとか…そんな噂を聞くたびに、そこへ行きました」
「なぜ、そんな危険なことを……!」
「―――会いたかったからです」
貴方に――と。リオは、小さく笑う。
「離縁状の言葉に、嘘偽りはありません」
人間として生きたかった。
子どもも、ほしくない。
貴方と、たくさん話し合って、笑い合える未来ならよかった。
だけど、すべて……
オレの意識を返事も聞かずに決まったのでしょう。
「オレは、ただの人間です。竜人様たちのように番を感知するなんてできません。自分が本当に…貴方の"番”なのかも分からないし、竜人様と同じ寿命で生きたいなんて……考えたこともありません」
「……」
「それでも」
ゆっくり、大きく息を吸った。
もう足は震えていない。
「もう一度会いたかったのは、未練です。
オレは……ナガレ様。 貴方に恋をしました」
恋をしていたのではない、今もだ。
貴方が「番」だからと言って、「リオ」を見てくれないのが、とても悲しかった……。
それと、自分だけが感じられない「番」という「運命」に、嫉妬していた。
「リオ。俺は……竜人だ」
ナガレは言葉を切り、リオの目を見つめた。
「お前は、長い時を探し続けていた魂の片割れで、俺の半身だ」
「お前も、同じ気持ちなのだと……疑いもしなかった。お前のためなら死ぬこと以外、何をしてもいいと本気で思っていた」
「……番だからですか?」
そうだ。始まりは、確かに「番」だった。
だが――それだけではない。
ここまで執着して、やっと理解した。
竜化し、
孤独な二年に心を蝕まれ、
兄竜の鱗に阻まれて、番の気配を見失っても。
『ナガレ様』
優しく微笑んだ、リオの声だけは、忘れなかった。
理性を失っても、その声を探していた。
人間の、お前でいいのだ。
「俺は――リオを、愛している」
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