竜神様の番

田舎

文字の大きさ
10 / 11

10 答え。

しおりを挟む



(…な、…っ、様……)

ぐっと唇を噛みしめて、今にも気を失いそうになる意識を必死に繋ぎ留める。

「………」

竜は何も言わない。
けれど、確かに――落ちる瞬間に「リオ」と呼ばれた。

(やっぱり、間違いなかった……)

やっと会えたのだ…。ここで意識を手放すわけにはいかなかった。


鋭い爪は、リオの体を傷つけぬように
そして、決して落とさぬように――

 静かに、ゆっくりと闇の中を進む。

やがて降り立ったのは、
水面が月を映す、穏やかな泉のほとりだった。


* * *



「すまなかった」

竜は――すでにその姿を消し、竜人・ナガレの姿を取り戻していた。
しかし、リオの方は見ない。背を向けたままだった。

「リオ。怪我はないか?」
「は、はい…! 助けてくださりありがとうございました!オレは平気です。怪我もありません」

本当に大丈夫です!、と気丈に振る舞う。
まだ落ちた恐怖で震える足を誤魔化しながら。

「……リオ。今回のことで俺は思い知った」

怒りと悲しみに呑まれれば、俺は簡単にお前を見失う。
兄の鱗ひとつで、お前の気配を見失い、
そして――地上にいれば、容易く本能に呑まれた。

「お前に逃げられて、当然だな」

「番」を一生大切にする? 守る?
リオの気持ちを考えず長い間傷つけて、逃げられ、それで……我を失った自分は再会した「番」に吠えて襲おうとした。
吐き出すような声は、
自嘲を含んだその声は、――とても悲しい。

「……いい。もう俺の顔など、忘れなさい」
「嫌です、ナガレ様! オレは―― ッ」

だが、リオも言葉を飲み込む。

(―――ナガレ様に、どの口で言えるだろう?)

そもそも逃げ出さなければこんなことにはならなかった。
短い沈黙のあと、ナガレ様は嘲笑するように息を吐いた。ダメだと呟いた。

「……忘れてほしいと言いたいが、それでも俺は、お前の許しを待っている」

愚かなことに。心の奥では再会した「番」を空界へと連れ去りたい衝動が渦巻いている。
二度と離さない。
二度と逃げないようにして―――…。

(だが違う)

リオは、ナガレを許さない。自分と共にいることを望んでいない。
そうしてリオの望まれぬことを強要すれば、同じ過ちを繰り返すだけだ。
今回の件で、竜人はそれを思い知った。

「お前に謝ることしかできない。俺はどこまでも身勝手で、惨めな竜だ」

それほど、
この二年は、ナガレにとって苦痛でしかなかった。


* * *


無言の時間は長かった。
しかし、リオを此処にひとりで置いてはいけない。せめて人のある場所に。とナガレが動こうとしたとき、リオが口を開いた。


「……ナガレ様。悪いと謝っているなら、お願いです。オレの顔を見てください」

厳しくも哀しい声色に促され、ようやくナガレは身体を動かす。

「……やっぱり、酷い怪我です」
「すでに痛みはない」

片目は失明しているかもしれない。
しかし、痛みがないのも事実だった。

「気にするな。この傷は人間の暮らしを荒らした報いだ」
「でも、」
「お前とは関係のない傷だ」

恨み言にしてもよかったかもしれない。『これは、リオを傷つけたことで受けた天罰だ』。そうすれば、心優しいリオは気にして……二度とナガレから逃げようなどと思わないかもしれない。

(やはり、俺は醜いな……)

どんなに心を入れ替えても、
空と地上で住む場所が離れても、―――リオが、ナガレの「番」であることは変わらない。

「リオ」

心の中で、穏やかに己に微笑む。
こうして竜人の姿に戻り理性を取り戻したのだ。
二年の間にしてしまった、数々の愚行を恥じる心くらいある。


「……一つだけ教えてくれ。俺は、怖かったか?」

その問いに、リオは「いいえ」と首を振る。

「怖かったのは、二度だけです」

ナガレが、怪我をしていたこと。
それと――今夜、崖から落ちた瞬間。

「……オレは竜が現れたとか、討伐されたとか…そんな噂を聞くたびに、そこへ行きました」
「なぜ、そんな危険なことを……!」

「―――会いたかったからです」

貴方に――と。リオは、小さく笑う。


「離縁状の言葉に、嘘偽りはありません」


人間として生きたかった。
子どもも、ほしくない。
貴方と、たくさん話し合って、笑い合える未来ならよかった。

だけど、すべて……
オレの意識を返事も聞かずに決まったのでしょう。


「オレは、ただの人間です。竜人様たちのように番を感知するなんてできません。自分が本当に…貴方の"番”なのかも分からないし、竜人様と同じ寿命で生きたいなんて……考えたこともありません」
「……」
「それでも」

ゆっくり、大きく息を吸った。
もう足は震えていない。

「もう一度会いたかったのは、未練です。
オレは……ナガレ様。 貴方に恋をしました」

恋をしていたのではない、今もだ。
貴方が「番」だからと言って、「リオ」を見てくれないのが、とても悲しかった……。
それと、自分だけが感じられない「番」という「運命」に、嫉妬していた。


「リオ。俺は……竜人だ」

ナガレは言葉を切り、リオの目を見つめた。

「お前は、長い時を探し続けていた魂の片割れで、俺の半身だ」
「お前も、同じ気持ちなのだと……疑いもしなかった。お前のためなら死ぬこと以外、何をしてもいいと本気で思っていた」

「……番だからですか?」

そうだ。始まりは、確かに「番」だった。
だが――それだけではない。

ここまで執着して、やっと理解した。

竜化し、
孤独な二年に心を蝕まれ、
兄竜の鱗に阻まれて、番の気配を見失っても。

『ナガレ様』

優しく微笑んだ、リオの声だけは、忘れなかった。

理性を失っても、その声を探していた。


人間の、お前でいいのだ。



「俺は――リオを、愛している」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛などもう求めない

一寸光陰
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

王太子殿下は悪役令息のいいなり

一寸光陰
BL
「王太子殿下は公爵令息に誑かされている」 そんな噂が立ち出したのはいつからだろう。 しかし、当の王太子は噂など気にせず公爵令息を溺愛していて…!? スパダリ王太子とまったり令息が周囲の勘違いを自然と解いていきながら、甘々な日々を送る話です。 ハッピーエンドが大好きな私が気ままに書きます。最後まで応援していただけると嬉しいです。 書き終わっているので完結保証です。

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
11月にアンダルシュノベルズ様から出版されます! 婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

処理中です...