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本編
Module_058
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「失礼しますーー」
直後、扉を開けて中に入って来た母娘に、セロは声を失った。
「セロも知ってるでしょう? イルバーナとレイナよ。あの日の一件でイルゼヴィルから預かっていたんだけどね。どうしても貴方に恩返しがしたいんだそうよ?」
「はい。どうか、宜しくお願いいたします。何でもやりますので!」
イルバーナがイルネの言葉を受けて勢いよく頭を下げる。そんな母の姿に続き、レイナもまた頭を下げて嘆願する。
「えっ? いや……でも……」
イルネから告げられた突然の言葉に、セロはどう返せばいいのか思いつかず、言葉を詰まらせた。
「さっきも言ってたじゃない。『掃除するのは苦手』だって。イルバーナは家事全般できるし、レイナも手伝いくらいはできるでしょう? それに、レイナは父親から機巧師として必要な知識を一通りは教わっているそうよ? どう?」
「いや、どう? って言われてもな……」
「お願いします! あの時見た銃は、私が嫉妬するほどの高い技術があって……それでいて、思わず手にしてみたくなるほど魅力的でした。私も父から教わったこの技術を……亡き父の後を継げるくらいの技術と経験を持った機巧師になりたいんです!」
レイナの言葉を耳にしたイルネは、「さぁ、どうするどうする?」と言いたげに、半ば面白そうにニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら無言の圧力をかける。一方のセロは眉根を寄せ、「あぁ……うん」などと歯切れ悪く呟く。
「そうそう、イルゼヴィルが言っていたわよ。お前に少なくない額の報酬を渡した、と。ギルドからも報酬を貰ったのでしょう? なら、この二人を雇うくらいワケないと思うけれど?」
セロは内心「勘弁してくれ」と思いながら、チラリとイルバーナたちを見やる。ずっと頭を下げて微動だにしない母娘の姿に、暫く沈黙していたセロは、ガリガリと頭を掻きながら、やがて観念したかのように呟く。
「分かった……それじゃあ二人を雇う形で俺の商会に来てもらう」
「あ、ありがとうございます!」
「よ、よろしくお願いします、師匠っ!」
セロが告げるや否や、イルバーナとレイナは勢いよく頭を上げて感謝の言葉を述べた。
「ふむ……話がまとまったようで何よりね!」
「うるせぇよ。最初から仕組んでいただろう、コレ」
セロは歯噛みしながら、内に湧いた苛立ちをぶつけるようにイルネに問いただす。
「はて? 仕組んでいたとはどういうことかしら? こちらとしては、心からの善意で提案しただけなのだけれど? 最終的に決断したのはセロ、貴方自身でしょう?」
「ハッ、よく言うよ、まったく……」
セロは呆れたように呟くと、ソファにその背を預けた。
(まったく……女狐って呼ばれるだけあるのな。俺の嫌味もサラッと受け流されるし)
セロは心の中にそんな感想を呟いた。
おそらく、イルゼヴィルが破格の報酬を支払えたのも、イルネが裏で援助したのだろうとセロは今さらながら推測する。
あまりに出来過ぎたイルネからの「報酬」。それは、セロの推測通り、彼女がイルゼヴィルやイルバーナ、レイナを巻き込んで仕立てたものだった。
セロの持つ「技術」は、イルネすら目を見張るほど、飛び抜けたものだ。これを森に住んでいたセロがどうやって身につけたのかはイルネには分からなかったが、彼女はこのまま埋れさせるのは惜しいと感じたのだ。
ーーそれはカラクから渡された精霊武具を見た時から。
イルネはこのグリムの機巧師として少なからず自分の持つ技術に自負があった。だが、それはカラクから渡された、セロが調整した精霊武具によって叩き折られたのだ。
無駄のない精霊構文
最小限の記述で最大の効果を得られる設計
随所に見られる使用者への配慮
ハッと我を取り戻すと、自分でも驚くほどイルネはセロの持つ技術に嫉妬していた。
ーー何としても、この子は近くに置くべきだ。
(あの時の直感は、今でも間違っていないと断言できる。お前にとっては不愉快かもしれないがーー)
イルネはため息を吐きながら「どうするかなぁ……」と思案に暮れるセロの顔をチラッと見つつ、わずかに口の端を持ち上げてさらに心中に呟く。
(逃げようとしてももう遅い。お前の存在と技術はこの街の上役に知られたからな。非常に楽しみだ。お前が一体、どんな騒動を巻き起こしてくれるのかーー)
実際にセロの調整した精霊武具を目の当たりにしたイルネだからこそ、セロの持つ技術がどれほどの価値があるかが分かる。
ーーあれは「異端」だ。
セロの技術には、精霊武具の調整を手掛け、多くの精霊構文を目にしてきたイルネですら理解できない機構があった。
彼女に理解できないのも無理はない。何故ならーーそれは、セロが地球でまだ「本宮数馬」として生きていた中で身につけたプログラミング技術が基礎となっているからだ。
この世界の技術力は、まだまだ発展途上にある未熟なものだ。それはカラクの持っていた精霊武具を、「無駄のオンパレードだ」と一言で切って捨てたセロの言葉に如実に表れている。
セロは知らない。
自身の持つ技術がどれほど価値のある、最先端の技術であるのかを。
イルネは知らない。
セロは優れた技術者にとどまらず、失われた「魔法」をも使うことができることを。
そしてーー世界は知らない。
魔法と技術が交錯し、奇蹟とも呼べる確率で誕生したセロという者の存在を。
直後、扉を開けて中に入って来た母娘に、セロは声を失った。
「セロも知ってるでしょう? イルバーナとレイナよ。あの日の一件でイルゼヴィルから預かっていたんだけどね。どうしても貴方に恩返しがしたいんだそうよ?」
「はい。どうか、宜しくお願いいたします。何でもやりますので!」
イルバーナがイルネの言葉を受けて勢いよく頭を下げる。そんな母の姿に続き、レイナもまた頭を下げて嘆願する。
「えっ? いや……でも……」
イルネから告げられた突然の言葉に、セロはどう返せばいいのか思いつかず、言葉を詰まらせた。
「さっきも言ってたじゃない。『掃除するのは苦手』だって。イルバーナは家事全般できるし、レイナも手伝いくらいはできるでしょう? それに、レイナは父親から機巧師として必要な知識を一通りは教わっているそうよ? どう?」
「いや、どう? って言われてもな……」
「お願いします! あの時見た銃は、私が嫉妬するほどの高い技術があって……それでいて、思わず手にしてみたくなるほど魅力的でした。私も父から教わったこの技術を……亡き父の後を継げるくらいの技術と経験を持った機巧師になりたいんです!」
レイナの言葉を耳にしたイルネは、「さぁ、どうするどうする?」と言いたげに、半ば面白そうにニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべながら無言の圧力をかける。一方のセロは眉根を寄せ、「あぁ……うん」などと歯切れ悪く呟く。
「そうそう、イルゼヴィルが言っていたわよ。お前に少なくない額の報酬を渡した、と。ギルドからも報酬を貰ったのでしょう? なら、この二人を雇うくらいワケないと思うけれど?」
セロは内心「勘弁してくれ」と思いながら、チラリとイルバーナたちを見やる。ずっと頭を下げて微動だにしない母娘の姿に、暫く沈黙していたセロは、ガリガリと頭を掻きながら、やがて観念したかのように呟く。
「分かった……それじゃあ二人を雇う形で俺の商会に来てもらう」
「あ、ありがとうございます!」
「よ、よろしくお願いします、師匠っ!」
セロが告げるや否や、イルバーナとレイナは勢いよく頭を上げて感謝の言葉を述べた。
「ふむ……話がまとまったようで何よりね!」
「うるせぇよ。最初から仕組んでいただろう、コレ」
セロは歯噛みしながら、内に湧いた苛立ちをぶつけるようにイルネに問いただす。
「はて? 仕組んでいたとはどういうことかしら? こちらとしては、心からの善意で提案しただけなのだけれど? 最終的に決断したのはセロ、貴方自身でしょう?」
「ハッ、よく言うよ、まったく……」
セロは呆れたように呟くと、ソファにその背を預けた。
(まったく……女狐って呼ばれるだけあるのな。俺の嫌味もサラッと受け流されるし)
セロは心の中にそんな感想を呟いた。
おそらく、イルゼヴィルが破格の報酬を支払えたのも、イルネが裏で援助したのだろうとセロは今さらながら推測する。
あまりに出来過ぎたイルネからの「報酬」。それは、セロの推測通り、彼女がイルゼヴィルやイルバーナ、レイナを巻き込んで仕立てたものだった。
セロの持つ「技術」は、イルネすら目を見張るほど、飛び抜けたものだ。これを森に住んでいたセロがどうやって身につけたのかはイルネには分からなかったが、彼女はこのまま埋れさせるのは惜しいと感じたのだ。
ーーそれはカラクから渡された精霊武具を見た時から。
イルネはこのグリムの機巧師として少なからず自分の持つ技術に自負があった。だが、それはカラクから渡された、セロが調整した精霊武具によって叩き折られたのだ。
無駄のない精霊構文
最小限の記述で最大の効果を得られる設計
随所に見られる使用者への配慮
ハッと我を取り戻すと、自分でも驚くほどイルネはセロの持つ技術に嫉妬していた。
ーー何としても、この子は近くに置くべきだ。
(あの時の直感は、今でも間違っていないと断言できる。お前にとっては不愉快かもしれないがーー)
イルネはため息を吐きながら「どうするかなぁ……」と思案に暮れるセロの顔をチラッと見つつ、わずかに口の端を持ち上げてさらに心中に呟く。
(逃げようとしてももう遅い。お前の存在と技術はこの街の上役に知られたからな。非常に楽しみだ。お前が一体、どんな騒動を巻き起こしてくれるのかーー)
実際にセロの調整した精霊武具を目の当たりにしたイルネだからこそ、セロの持つ技術がどれほどの価値があるかが分かる。
ーーあれは「異端」だ。
セロの技術には、精霊武具の調整を手掛け、多くの精霊構文を目にしてきたイルネですら理解できない機構があった。
彼女に理解できないのも無理はない。何故ならーーそれは、セロが地球でまだ「本宮数馬」として生きていた中で身につけたプログラミング技術が基礎となっているからだ。
この世界の技術力は、まだまだ発展途上にある未熟なものだ。それはカラクの持っていた精霊武具を、「無駄のオンパレードだ」と一言で切って捨てたセロの言葉に如実に表れている。
セロは知らない。
自身の持つ技術がどれほど価値のある、最先端の技術であるのかを。
イルネは知らない。
セロは優れた技術者にとどまらず、失われた「魔法」をも使うことができることを。
そしてーー世界は知らない。
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