グリムの精霊魔巧師

幾威空

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本編

Module_057

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「……はぁ? どういうことだよ?」

 セロがイルゼヴィルの伝言に従い、マレーン商会にやって来ると、受付にいたユーリアが流れるように彼を奥の部屋へと通した。

 そして部屋の中で忙しなく書類を片付けていたイルネは、やって来たセロに開口一番で驚くべき言葉を放つ。


「ここーーセロに譲るわ。工房もそのまま渡すから、好きなように使ってちょうだいね☆」


 そして冒頭のセロの発言に戻るワケだ。


「いや、何も商会をたたむわけじゃないわよ。ここよりももっと広い場所に移るだけ」
 あらかたの業務を終えたイルネは、訪れたセロにソファに腰掛けるよう促すと、自ら備えつけのカップに二名分の紅茶を注ぎ、片方をセロに手渡す。

「ちょ、ちょっと待て。移るって……どこにだ?」
 受け取ったカップに口をつけつつ、セロは真向かいの席に座ったイルネに問いかける。

「あら、簡単な話よ。セロが私たちを救ってくれた、あのデラキオ商会の屋敷なんだけどね、思いがけず手に入ったのよ」
「あのデカイ屋敷か……よく手に入ったな」
「まぁ、あの一件が広く知れ渡ったのが大きいわね」
 イルネの言う「あの一件」とは、もちろん先日のイルゼヴィルたち(とセロ)による襲撃のことだ。

 デラキオ商会は(後ろ暗い噂があったにさせよ)それなりの規模と知名度を誇る商会だ。

 そんな商会の本拠地たるデラキオの屋敷が襲撃されたとなれば、その知らせは瞬く間にグリムの街中に広まるのは自明の理だ。
 さらに、その商会の主人たるデラキオが襲撃の結果「燃やし尽くされた」となれば、そのセンセーショナルさも相まって、そこかしこの集まりで話題にならないはずがない。

「デラキオの悪事が知られたのは良かったのでしょうけどね。彼の『燃やし尽くされた』っていう主残酷な最期も同時に知れ渡ったということもあって、なかなか買い手がつかなかったらしいの。不動産屋に買うって伝えたら、それこそ小躍りして喜んでたわよ?」
「あぁ……つまりは『事故物件』扱いされてたワケか。それで?」
「最初はサッサと取り壊して新しく立て直そうかと思ったんだけれどね。よくよく見ると、あそこは機巧師として作業するには絶好の環境が整っていたのよ。あの時は分からなかったけれど、機材もここより上等なものが揃っていたしねぇ」
 セロはイルネの話を聞きつつ、ふと襲撃の際に目にした光景を思い出す。

「へぇ、そうだったのか。まぁ、確かにあの時は中をつぶさに見ることはなかったからなぁ……」
「まぁそうでしょうね。元があの男の持ち物だという点を除けば、取り壊すには惜しい代物ってワケ」
「……だから、アンタが活用してやろう、ってか?」
 セロはカップに入っていた紅茶を飲み干し、イルネの言葉を引き継ぐように口を開く。

「まぁ、有り体に言えばそうなるわね。デラキオ商会はあの一件で解体となった。トップが消えたのだから当然と言えば当然なのだろうけどね。おかげであのブタが受けていた仕事をウチを含めたいくつかの商会が分担して引き取ることになったのだけど……現状でマトモに機能できる商会がウチくらいしかなくてね」
「どうしてだ?」
 セロの返しに、イルネは思わずこめかみを指で押さえ、難しい表情を浮かべつつさらに話を続ける。

「他の商会にいた機巧師を、デラキオのヤツがあの手この手で散々引き抜いていったからよ。事もあろうに、アイツは見込みのありそうな人や主力メンバーやらを片っ端から声をかけたり、時には家族を人質にして引き込んだりしていたらしくてね。ヤツの誘いに乗った機巧師がそれまで所属していた商会が、ガタガタになってしまったのよ。何人かは元の商会に戻ったらしいんだけど、一度組織を裏切るような真似をした人間を、そのまますんなりと受け入れられるとは限らない。現に、無事だった者の多くは、この街から出て行ったようだしね」
 セロはイルネの話を聞きながら、「どこの世界でも似たようなことはあるんだな……」と地球で見聞きしたニュースを思い浮かべていた。

「それで、増えた仕事と広い作業場を得るために、あの屋敷に移る……と」
「えぇ、そうよ。ただ、移るにあたって、ここをどうするかと思ってね。取り壊すのも手間だし、かと言ってすぐに借り手が見つかるとは思えないしね。そんな時、セロの顔が浮かんだってワケ。譲るといっても、そこらの物件よりかは若干安く渡すわ」
「ふむ……」
 セロはイルネからの提案を受け、顎に手を当てながら思案する。

「正直、引っ越しの費用と新しい設備を入れる関係で、ちょっとまとまったお金が必要っていうのもあるのよ。どうかしら? 悪くはない話だとは思うけど?」
「なるほど……」
 やっと話が繋がったと、セロは腕を組み、目を閉じて暫く思案に暮れる。

(まぁ体のいい厄介払いに利用されたとも取れないでもないが……さて、どうしようか)

 もともとは商会として機能していた場所であるだけに、準備が整えば、ゆくゆくは『自分の商会』を持つことができる。また、譲渡の申し出を受けるには、少なくない金額の金が必要だが、前にギルドから支払われた買取りの依頼の金がある。
(ふむ……確かにここなら拠点としては申し分はないだろう。ただーー)
「話としては嬉しいがなぁ……」
 セロは眉間に皺を寄せつつ、呟く。

「こんな立派な建物に、俺だけが居ても意味が無いんじゃないか? 第一、俺はつい最近ここにやって来たんだぞ? 他の人間が使った方がいいんじゃないか?」
 チラリとイルネの反応を窺いつつ話すセロに、彼女はクスクスと笑いながら答える。

「別に誰も『明日からお前の商会を開け』とは言わないわよ。ただ、機巧師にとって、ここのような環境がある程度整っている場所を早くから得ておくのはプラスでしょう?」
「でも、俺……言っちゃあなんだが、掃除するのは苦手だぞ」

 ため息混じりに呟かれたセロの言葉に、イルネはニィッと口の端を持ち上げて笑うと、「そうか……なら、丁度いいわ」と呟きつつ机の端に置かれていたベルを鳴らした。
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