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唯一無二(麗仁side)
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-麗仁side-
『あやちゃん、その顔は分かってないでしょ。とりあえず頷いとけばいっか、とか思って、てきとーにやり過ごしてるんでしょ』
あやちゃんがおれとは住む世界が違うなんてひどいことを言うから、ムッとした。傷ついた。
そして、おれの言葉にてきとーに返事を返しているんじゃないかって疑って思わず訊ねたのに、
『…っ、そ、そんなことないです!』
あやちゃんは大きな声でそれを否定した。
あやちゃんの一挙手一投足におれの心は振り回されてばっかりなのに、そんなことを知りもせずにおれが欲しい言葉をくれるあやちゃんに気分が高まる。
気分が高まるって言葉だけじゃ表せないくらい、おれの心は今すごく満たされている。
それでも、そんな気持ちは一瞬にして崩れ去った。
『あやちゃんって、彼氏とかいるの』
思わず口をついて出た言葉が、これだった。
そしてすぐに、おれはそんなことを訊いたことを後悔することになる。
『……い、います、よ』
その言葉が、何を意味するのかなんて、本当はそれを耳にした瞬間から分かっていることだった。
だけどおれは、それを信じたくなくて、事実だと受け入れがたくて、自分の聞き間違いであって欲しいと思って、
『…っ、あやちゃん。今、なんて?』
思わず訊き返していた。
『えっと、だから……いますよ、彼氏』
この瞬間、心臓がえぐり取られるという表現を理解した。
息ができなくなるほど苦しくなって、あやちゃんの色白な首筋に自分の顔をうずめる。
現実を突きつけられて、情けない顔を見られたくなくて顔を隠すなんて、おれはどこまでダサい男なのだろう。
あやちゃんを抱きしめる腕の力が強まる。
今おれが抱きしめている目の前の女の子は、こんなにも近くにいるのに、とても遠い場所にいるような心地がしてならなかった。
今おれの目の前にいるあやちゃんは、他の男の彼女。
『……ちょっとこっち来て』
それが想像以上に苦しくて、この歪んだ顔をあやちゃんに見られないようにどこに行くともなく歩き出した。
おれが廊下に足を踏み入れると、人感センサーが作動してランプの明かりに火が灯る。そして一気に、真っ暗だった廊下が煌々とした明るい赤色に染まった。
あやちゃんはそんな突然のおれの行動に戸惑いながらも、従順に腕を引かれて付いて来ている。
きっとおれには逆らえないから、こうやっておれの我儘を聞いてくれているんだな……。
そこにはきっと、優しさじゃなくて恐怖心しかないのだろう。それが少し、いやかなり、悲しい。
こんな感情は身勝手な我儘だと分かっているけれど、決して変えられないと身に沁みて分かっているけれど、それでもおれは、あやちゃんがおれに優しくしてくれる理由が自分にとって喜々とするものであって欲しかった。
───だけどそれは、無理な願いだ。
皇帝であるおれは、太陽の差すあっち側の世界の人間に貪欲になってはならない。
飛鳥馬家には、そういう祖訓がある。
別にどの部屋に入ってもおれにとっては全て同じだからどうでも良かったけど、胸を覆い尽くすこの黒い感情を落ち着ける時間が欲しかった。
余裕のないままあやちゃんを逃げ場のない部屋に連れ込んだら、おれは何をするか分からない。
酷いことをしてしまうかもしれない。今以上に恐怖を植え付けてしまうかもしれない。
気持ち悪くて汚い、黒く靄がかった感情を必死に押し殺して、おれはやっと歩く足を止めた。
すると、おれが突然止まってしまったせいか、あやちゃんの小さな頭がコツンと背中に当たるのを感じた。
『……っわ!?』
可愛らしい声が、おれのすぐ背後で聞こえる。
こんなにも近くにいるのに、手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、どうしてこんなにも遠く感じてしまうのだろう。
あやちゃんとおれは、一生交わることはない、交わることは許されない、そんな平行線上のカンケイ。
『……ぁ、も、申し訳…っ』
『──謝んなくていい。……てか、謝んないで』
振り向いてまず視界に入ったのは、あやちゃんの真っ青な顔。そんな怯えた表情をさせてしまっているのが他でもない自分だという事実に、胸が痛む。
この時は、自分でも低い声が出てしまったと思う。
今までは、なるべく怖がらせないように優しい声音を心がけて接してきた。
それなのに、あやちゃんがいちいちおれに謝ってくるのが何だかすごくいやだった。
まるで自分が腫れ物のように扱われている感じが、相手があやちゃんだから尚更いやだった。
『も、申し訳……っ、は、い』
『……ん、それでいい』
おれの言葉に素直に頷いたあやちゃん。
無意識のうちに、小さな頭の上に手が伸びる。
そして同じく無意識であやちゃんの頭に触れた。
あやちゃんの頭を撫でていることをようやく自覚したおれは、ヤバいと思ってすぐに手を離そうとした。
その直後───
『……っ、あやちゃん?なにしてるの』
あやちゃんの頭から離そうとしていたおれの手は、次の瞬間にはあやちゃんの小さな手に包まれていた。
その時のおれは、突然のことにただただ驚くばかりで、限界にまで自分の瞳孔が見開いていくのだけが分かった。
極寒の中で冷え切って凍えてしまったように冷たいおれの手が、あやちゃんの確かな温かさに包まれて、微かに疼く。
体中に張り巡らされている動脈の中を、ドクンドクンッと大きな音を立てるように一瞬で血液が流れていく。
逆流してしまってるんじゃないかって心配になるほど、おれは動揺していた。
自分の手を包み込む、他人の温かさに。
『……よかった。ちゃんと、あったかくなった』
何の邪心も抱かずに、その優しさの奥に垣間見える下心さえ感じさせずに、あやちゃんはほっとしたように表情を緩ませて、微笑んだ。
──心から安心した声と一緒に。
信じられないくらいの幸せを感じた。
『……っは!わっ、わたしってば……っ、何やって』
『……あやちゃん?』
『す、すすすすみません……っ!今すぐ離すので──』
ようやく自分がしていたことの重大さに気づいたのか、あやちゃんがすぐに手を離そうとした。
だけどおれは、その温もりをまだ感じていたくて、思わず口を開く
『へ……っ、?』
……前に、あやちゃんの手を掴んだ。
目をまん丸くさせて、2人の繋がれた手とおれの目を交互に見るかわいいあやちゃん。
『なんで離そうとするの、もっと温めてよ。おれの手、まだ冷たいよ?』
そんな言葉を発したおれの声は、まるで甘えん坊のように丸みを帯びたものだった。
そんなことに、自分でも驚く。
他人にも、この自分自身にさえも、甘えたなところを感じさせない素振りを見せてきた。
“皇帝”は、誰かに甘えてはいけない存在。
常に気を張って他人を警戒し、疑うことを忘れずに接しなければならない。
だけど、今のおれはどうだろう。
目の前にいるあやちゃんを、そんな邪な感情で見れない自分がいる。あやちゃんの前だけでは、警戒して疑う心さえ呆気なく消えてしまう。
『わ、わたしなんかが……っ、飛鳥馬様に触れてもよろしいのですか』
おれに対していつも腰の低すぎるあやちゃんに、イラッとしてしまうのはもう何度目か分からない。
きっと、そうさせてしまっているのもそうせざる負えないのも、全部おれのせいなんだろうけど……。
おれが皇帝じゃなかったら、この街の支配者じゃなかったら、───あやちゃんと同じ世界で笑い合える日が来たのだろうか。
『あやちゃんは“なんか”じゃない。またそうやって自分のこと見下すようだったら、───次はその唇、塞ぐよ』
……きっとそんな日は、永遠に訪れることはない。
あやちゃんが、こんなおれを好きになってくれるはずがない。
分かりきったことだった。だけどそれをいざ言葉にしてみると、どうしようもなくその事実がくるしい。
その唇、塞ぐよ──なんて、あやちゃんに彼氏がいると知った今は、そんなことをする勇気さえ湧かないくせに。
暗い気持ちに浸りながら、あやちゃんの唇を優しく撫でていた左手がそっと温もりに包まれた。
それだけで、死にたくなるくらい幸せな気持ちで心がいっぱいになって、はち切れそうになる。
頬がだらしなく緩んでいく。
こんなにも心から浮かべた笑顔を、誰かに見せたことはない。
『……どうして、飛鳥馬様の手はこんなにも冷えきっているのですか』
その質問に、一瞬本当のことを答えるのをためらった。
あやちゃんのことを、困らせたくなかった。
だけどあやちゃんは、真摯な瞳でおれをまっすぐに見つめている。
『……そういう血筋だから』
あやちゃんに気味悪がられたくない。白い目で見られたくない。
そんな思いが、あやちゃんのその真剣さに一気に吹き飛ばされていく。
気づいた時には、口を開いて
おれは“そのこと”を口にしていた。
『え……?』
決して、誰にも理解されないその理由。
動揺を隠しきれないという様子のあやちゃんが、おれの言葉を訊き返した。
『血筋って、手の冷たさに関係する場合があるのですか……?』
そして、おれはその質問に対する答えを語りだした。
───おれにまつわる黒いウワサに必ず付随してくる、“冷酷”ということば。
飛鳥馬家が代々受け継いできた霜蘭花という名の組織、それを東ノ街の住民は暴走族と呼んでいるらしい。
実際は、ぼーそうぞくというかわいい枠組みに収まる組織では決してないが。
あえて言うならヤクザ。
だけど霜蘭花は、暴走族とかヤクザとか、そういう類の組織ではないのだ。
言葉で言い表すには難しいほど、おれから見ても霜蘭花は何にも屈しない圧倒的な強さと、権力と、財力を有している。
15代目霜蘭花派皇帝。
その肩書きは、信じられないほどに重く、ずっしりとおれの体全体に覆い被さる。
この地位は、自らが望んで手に入れたものではない。
ただ、飛鳥馬家の長男として生まれてしまった天命が、おれをここまで苦しませる。
生まれた時から、おれの体温は以上なほどに低かった。
それは、おれの父上も、叔父上も、先祖だって同じだ。
この体を纏う空気さえも、発する声、言葉さえも、全てが冷たい。これはもう、生まれ持ったものだからどうにもならない。
おれの手が冷たいのは、飛鳥馬家の者に流れる血が、そういう血筋だから。
“冷酷”というものを生まれ持ってこの世界で生きているから。
だからおれの手は、こんなにも冷たいんだ。
他人の温かさを求めるようになったのは、きっと自分の冷酷さに気づいてしまった“あの時”から───。
『あやちゃん、その顔は分かってないでしょ。とりあえず頷いとけばいっか、とか思って、てきとーにやり過ごしてるんでしょ』
あやちゃんがおれとは住む世界が違うなんてひどいことを言うから、ムッとした。傷ついた。
そして、おれの言葉にてきとーに返事を返しているんじゃないかって疑って思わず訊ねたのに、
『…っ、そ、そんなことないです!』
あやちゃんは大きな声でそれを否定した。
あやちゃんの一挙手一投足におれの心は振り回されてばっかりなのに、そんなことを知りもせずにおれが欲しい言葉をくれるあやちゃんに気分が高まる。
気分が高まるって言葉だけじゃ表せないくらい、おれの心は今すごく満たされている。
それでも、そんな気持ちは一瞬にして崩れ去った。
『あやちゃんって、彼氏とかいるの』
思わず口をついて出た言葉が、これだった。
そしてすぐに、おれはそんなことを訊いたことを後悔することになる。
『……い、います、よ』
その言葉が、何を意味するのかなんて、本当はそれを耳にした瞬間から分かっていることだった。
だけどおれは、それを信じたくなくて、事実だと受け入れがたくて、自分の聞き間違いであって欲しいと思って、
『…っ、あやちゃん。今、なんて?』
思わず訊き返していた。
『えっと、だから……いますよ、彼氏』
この瞬間、心臓がえぐり取られるという表現を理解した。
息ができなくなるほど苦しくなって、あやちゃんの色白な首筋に自分の顔をうずめる。
現実を突きつけられて、情けない顔を見られたくなくて顔を隠すなんて、おれはどこまでダサい男なのだろう。
あやちゃんを抱きしめる腕の力が強まる。
今おれが抱きしめている目の前の女の子は、こんなにも近くにいるのに、とても遠い場所にいるような心地がしてならなかった。
今おれの目の前にいるあやちゃんは、他の男の彼女。
『……ちょっとこっち来て』
それが想像以上に苦しくて、この歪んだ顔をあやちゃんに見られないようにどこに行くともなく歩き出した。
おれが廊下に足を踏み入れると、人感センサーが作動してランプの明かりに火が灯る。そして一気に、真っ暗だった廊下が煌々とした明るい赤色に染まった。
あやちゃんはそんな突然のおれの行動に戸惑いながらも、従順に腕を引かれて付いて来ている。
きっとおれには逆らえないから、こうやっておれの我儘を聞いてくれているんだな……。
そこにはきっと、優しさじゃなくて恐怖心しかないのだろう。それが少し、いやかなり、悲しい。
こんな感情は身勝手な我儘だと分かっているけれど、決して変えられないと身に沁みて分かっているけれど、それでもおれは、あやちゃんがおれに優しくしてくれる理由が自分にとって喜々とするものであって欲しかった。
───だけどそれは、無理な願いだ。
皇帝であるおれは、太陽の差すあっち側の世界の人間に貪欲になってはならない。
飛鳥馬家には、そういう祖訓がある。
別にどの部屋に入ってもおれにとっては全て同じだからどうでも良かったけど、胸を覆い尽くすこの黒い感情を落ち着ける時間が欲しかった。
余裕のないままあやちゃんを逃げ場のない部屋に連れ込んだら、おれは何をするか分からない。
酷いことをしてしまうかもしれない。今以上に恐怖を植え付けてしまうかもしれない。
気持ち悪くて汚い、黒く靄がかった感情を必死に押し殺して、おれはやっと歩く足を止めた。
すると、おれが突然止まってしまったせいか、あやちゃんの小さな頭がコツンと背中に当たるのを感じた。
『……っわ!?』
可愛らしい声が、おれのすぐ背後で聞こえる。
こんなにも近くにいるのに、手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、どうしてこんなにも遠く感じてしまうのだろう。
あやちゃんとおれは、一生交わることはない、交わることは許されない、そんな平行線上のカンケイ。
『……ぁ、も、申し訳…っ』
『──謝んなくていい。……てか、謝んないで』
振り向いてまず視界に入ったのは、あやちゃんの真っ青な顔。そんな怯えた表情をさせてしまっているのが他でもない自分だという事実に、胸が痛む。
この時は、自分でも低い声が出てしまったと思う。
今までは、なるべく怖がらせないように優しい声音を心がけて接してきた。
それなのに、あやちゃんがいちいちおれに謝ってくるのが何だかすごくいやだった。
まるで自分が腫れ物のように扱われている感じが、相手があやちゃんだから尚更いやだった。
『も、申し訳……っ、は、い』
『……ん、それでいい』
おれの言葉に素直に頷いたあやちゃん。
無意識のうちに、小さな頭の上に手が伸びる。
そして同じく無意識であやちゃんの頭に触れた。
あやちゃんの頭を撫でていることをようやく自覚したおれは、ヤバいと思ってすぐに手を離そうとした。
その直後───
『……っ、あやちゃん?なにしてるの』
あやちゃんの頭から離そうとしていたおれの手は、次の瞬間にはあやちゃんの小さな手に包まれていた。
その時のおれは、突然のことにただただ驚くばかりで、限界にまで自分の瞳孔が見開いていくのだけが分かった。
極寒の中で冷え切って凍えてしまったように冷たいおれの手が、あやちゃんの確かな温かさに包まれて、微かに疼く。
体中に張り巡らされている動脈の中を、ドクンドクンッと大きな音を立てるように一瞬で血液が流れていく。
逆流してしまってるんじゃないかって心配になるほど、おれは動揺していた。
自分の手を包み込む、他人の温かさに。
『……よかった。ちゃんと、あったかくなった』
何の邪心も抱かずに、その優しさの奥に垣間見える下心さえ感じさせずに、あやちゃんはほっとしたように表情を緩ませて、微笑んだ。
──心から安心した声と一緒に。
信じられないくらいの幸せを感じた。
『……っは!わっ、わたしってば……っ、何やって』
『……あやちゃん?』
『す、すすすすみません……っ!今すぐ離すので──』
ようやく自分がしていたことの重大さに気づいたのか、あやちゃんがすぐに手を離そうとした。
だけどおれは、その温もりをまだ感じていたくて、思わず口を開く
『へ……っ、?』
……前に、あやちゃんの手を掴んだ。
目をまん丸くさせて、2人の繋がれた手とおれの目を交互に見るかわいいあやちゃん。
『なんで離そうとするの、もっと温めてよ。おれの手、まだ冷たいよ?』
そんな言葉を発したおれの声は、まるで甘えん坊のように丸みを帯びたものだった。
そんなことに、自分でも驚く。
他人にも、この自分自身にさえも、甘えたなところを感じさせない素振りを見せてきた。
“皇帝”は、誰かに甘えてはいけない存在。
常に気を張って他人を警戒し、疑うことを忘れずに接しなければならない。
だけど、今のおれはどうだろう。
目の前にいるあやちゃんを、そんな邪な感情で見れない自分がいる。あやちゃんの前だけでは、警戒して疑う心さえ呆気なく消えてしまう。
『わ、わたしなんかが……っ、飛鳥馬様に触れてもよろしいのですか』
おれに対していつも腰の低すぎるあやちゃんに、イラッとしてしまうのはもう何度目か分からない。
きっと、そうさせてしまっているのもそうせざる負えないのも、全部おれのせいなんだろうけど……。
おれが皇帝じゃなかったら、この街の支配者じゃなかったら、───あやちゃんと同じ世界で笑い合える日が来たのだろうか。
『あやちゃんは“なんか”じゃない。またそうやって自分のこと見下すようだったら、───次はその唇、塞ぐよ』
……きっとそんな日は、永遠に訪れることはない。
あやちゃんが、こんなおれを好きになってくれるはずがない。
分かりきったことだった。だけどそれをいざ言葉にしてみると、どうしようもなくその事実がくるしい。
その唇、塞ぐよ──なんて、あやちゃんに彼氏がいると知った今は、そんなことをする勇気さえ湧かないくせに。
暗い気持ちに浸りながら、あやちゃんの唇を優しく撫でていた左手がそっと温もりに包まれた。
それだけで、死にたくなるくらい幸せな気持ちで心がいっぱいになって、はち切れそうになる。
頬がだらしなく緩んでいく。
こんなにも心から浮かべた笑顔を、誰かに見せたことはない。
『……どうして、飛鳥馬様の手はこんなにも冷えきっているのですか』
その質問に、一瞬本当のことを答えるのをためらった。
あやちゃんのことを、困らせたくなかった。
だけどあやちゃんは、真摯な瞳でおれをまっすぐに見つめている。
『……そういう血筋だから』
あやちゃんに気味悪がられたくない。白い目で見られたくない。
そんな思いが、あやちゃんのその真剣さに一気に吹き飛ばされていく。
気づいた時には、口を開いて
おれは“そのこと”を口にしていた。
『え……?』
決して、誰にも理解されないその理由。
動揺を隠しきれないという様子のあやちゃんが、おれの言葉を訊き返した。
『血筋って、手の冷たさに関係する場合があるのですか……?』
そして、おれはその質問に対する答えを語りだした。
───おれにまつわる黒いウワサに必ず付随してくる、“冷酷”ということば。
飛鳥馬家が代々受け継いできた霜蘭花という名の組織、それを東ノ街の住民は暴走族と呼んでいるらしい。
実際は、ぼーそうぞくというかわいい枠組みに収まる組織では決してないが。
あえて言うならヤクザ。
だけど霜蘭花は、暴走族とかヤクザとか、そういう類の組織ではないのだ。
言葉で言い表すには難しいほど、おれから見ても霜蘭花は何にも屈しない圧倒的な強さと、権力と、財力を有している。
15代目霜蘭花派皇帝。
その肩書きは、信じられないほどに重く、ずっしりとおれの体全体に覆い被さる。
この地位は、自らが望んで手に入れたものではない。
ただ、飛鳥馬家の長男として生まれてしまった天命が、おれをここまで苦しませる。
生まれた時から、おれの体温は以上なほどに低かった。
それは、おれの父上も、叔父上も、先祖だって同じだ。
この体を纏う空気さえも、発する声、言葉さえも、全てが冷たい。これはもう、生まれ持ったものだからどうにもならない。
おれの手が冷たいのは、飛鳥馬家の者に流れる血が、そういう血筋だから。
“冷酷”というものを生まれ持ってこの世界で生きているから。
だからおれの手は、こんなにも冷たいんだ。
他人の温かさを求めるようになったのは、きっと自分の冷酷さに気づいてしまった“あの時”から───。
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