冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花

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最愛はここに

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『飛鳥馬様、大変申し上げにくいのですが、……』
『なんだ、言ってみろ』

 医者を目の前にしたのは、数年ぶりだ。
 緊張で手に汗を握っているのが分かる。
 ……おれは、一体何を恐れているんだか。
 情けない。

『心臓病が、再発いたしました』

 目の前の壁は、いつだっておれの前に高く厚く立ちはだかる。
 決して、その先の未来をおれに見せてはくれない。
 愛する人と見る将来を、夢見させてはくれない。
 残酷すぎやしないか。おれは前世で、一体何を仕出かしたと言うんだ。

『そう、ですか……はは』
『飛鳥馬様……』

 やめろ、そんな同情した目でおれを見るな。
 口からは、乾いた笑いしか出てこない。

『……それは、治療でどうにか出来るほどのものか?』
『……難しいかと、思われます』
『はぁ~……、そう』

 もう、何なんだよ。
 どうして今になって、再発なんかしたんだ。
 ───もっとしっかりしろよ、おれの心臓。
 拳を心臓に力強く当てた。
 そこで、昔のことが思い出される。
 ……そう言えば、あやちゃんと出会えたのは、この病気のおかげだったっけ。
 心臓病を患ったおれは、誰からも愛されない。
 そんなお荷物を、わざわざ婚約者にと選ぶ家は1つもない。
 幼い頃から東ノ街を統べる皇帝という立場にいたおれだったけれど、名家からの求婚などは一切なかった。
 だけど、不思議なことに、庶民の家から1度だけそんなハナシを受け持ったことがあった。
 それは、七瀬彩夏がおれの許嫁になるということだった。
 ……別に将来なんかどうでもいい。
 常にそう思っていたおれは、難なく両親からの命令を受け入れた。
 最初は、あやちゃんのことを何とも思っていなかった。
 だけど、同じ時を過ごしていく内に、閉ざされたおれの心は少しずつ開いていったんだ。
 純粋無垢なあやちゃんに、いつしか好意を抱くようになっていた。
 だけど、おれが成長していくにつれていつの間にかあやちゃんはおれの前からいなくなっていた。

『父上、七瀬彩夏さんの居場所を知っていますか』

 おれの質問に、父上はため息を零すだけだった。
 だから、きっとあやちゃんにも見捨てられたんだろうと思っていた。
 だけど、ある日聞いてしまったんだ。
 ……母上と父上の会話を。

『相手方の父親に麗仁との婚約を破棄されただと?庶民から婚約破棄されたなどの醜聞が広まれば飛鳥馬家の権力に関わる大問題だぞ』
『そんなことは知っております。ですからこちらで秘密裏に処理いたしますので、どうかご安心ください』

 あやちゃんのお父さんが、おれとの婚約を破棄させた。
 それを知った時、どれだけ安堵したことだろう。

『麗仁の心臓病のことが漏れたか……。“病弱な御子息に娘は預けられない”だと?…っは、侮りよって!!』
『どうかご安心くださいませ。七瀬さんも病気を患ってらっしゃるから、持病の持ち主としての気持ちがあるのでしょう』

 父上の憤怒を母上が冷静になだめているのを聞きながらも、あやちゃん自身がおれを拒否したわけではないと分かった時、どれだけ温かい気持ちになれただろう。
 それからというものの、おれのあやちゃんに対する好意は信じられないくらい大きくなっていった。
 成長するごとにその愛は拗れて、歪んだものへと変わっていった。
 初めは純粋だった恋心にも、いつしか性欲やら何やらが混じっていった。
 何十年にも渡るこの恋を、終わらせなければいけない。
 おれの心臓は、もう立ち直ることはないかもしれないと医者に言われてしまった。
 今度こそ、ちゃんと諦めないと。
 諦めの悪いおれが、完全にあやちゃんを忘れることが出来るかは、不確かだけど。

 ♦

「──…様、あす……。飛鳥馬様」
「っ、ああ、何?」

 真人の声で、我に返った。
 どうやらおれは考え事に耽っていたらしいが、その内容が思い出せない。
 ……まあ、いいか。

「これから手術のお時間です。体調はいかがですか」
「……大丈夫。心配ない」

 いつにも増して心配性な真人に、思わず苦笑いする。

「…っふ、真人、おれが誰だか忘れたの?」
「……っ、いえ。忘れてなど、いません。飛鳥馬様は強いお方です」
「うん、それでいい」

 にっこりとした笑みは、きっと不完全な作り笑いだったと思う。
 それからオペ室に運ばれたおれは、麻酔と共に意識を手放した。

──────
─────

『りとくんのバカーーーッ!』
『はぁ?なに言ってんだ彩夏』
『わたしが楽しみにしてたチーズケーキ、りとくんが全部食べちゃったもん!!あやまって!!』

 ……ああ、可愛いなぁ。
 すごく愛おしい。
 今すぐこの腕に飛び込めて、めちゃくちゃにしてやりたい。

『彩夏の管理不足のせいだろ。おれが謝る義理はない』
『……~~っうう、りとくんの意地悪!さいてい、きちく!』

 目にいっぱい涙を溜めて、小さな手を震わす姿に思わず手を伸ばした。
 だけど、そうしたらあやちゃんの姿は霧のごとく霧散して、消えてしまった。

『あーやか、なにしてんの』
『…っあ!りとくん、ちょうどいい所に来たねっ』
『ん…?』
『ほら、あやがね、りとくんのために作った花冠!どーお?気に入った?』

 シロツメクサで編んだその花冠は、世界で1番輝いて見えたんだ。

『…、うん。気に入った』
『わぁ、やったあーー!』

 りとくんが笑った、りとくんが楽しそう。
 そんな言葉を言いながら、可愛く踊りだしたあやちゃん。
 あやちゃんはいつも、不器用なおれを大切にしてくれていたな……。
 優しい笑顔をおれに向けてくれていた。
 その笑顔を思い出すだけで、おれは後数十年頑張っていけるって、本気で思ってたんだよ。
 おれ、きっとあやちゃんのためなら何だって出来る。
 どんな手段も厭わないと思う。
 それくらい、君にゾッコンなんだ。
 それでも、この想いは今すぐに断ち切らなきゃ───。
 もし、おれが目を覚ますことがあったとしても、おれはあやちゃんとはもう会わないよ。
 それぐらいの覚悟がないと、あの手紙は書けなかったんだ。
 ……あれ、何だか、視界が眩しい。
 真っ白で温かい何かに体中包まれているみたい。
 そんな陽だまりの中、愛しい人の声がおれの名を呼んだ気がした。

───麗仁くん。

 ……やめて、その声を聞いたら、おれの心臓がまだいけるって頑張っちゃいそうだから。
 おれは死ぬ運命だったのに、誰かさんのせいで、まだこの世界で息をしなきゃいけないかもしれないから。

「……目を…ください。飛鳥馬様、……きてくださ…」

 真人に似た声がすぐ近くで聞こえてくる。

「んん、……」
「…っ飛鳥馬様!目をお覚ましくださいっ……!」

 今度ははっきりと聞こえてきた。
 こんな状況、前にもあったななんて思いながら、おれはそっと重い瞼を開けた。

「……真人、おれ、どうなったの」
「……ぇ?」
「おれ、助かったの……?」

 視線だけを真人の方へ動かす。

「はい……っ、そうですよ」
「えー、そうなんだ……」

 まさかの展開だなこれ。
 おれ、手術が成功してもあやちゃんに会うつもりはないとか思ってたよね?
 だって、絶対に助からないって思ってたからね?
 ……え、なに。
 おれ、助かったの。

「……っはぁー、情な」
「ど、どこがですか……!飛鳥馬様はちっとも情けなくなんかないですよ」
「フォローありがと、真人」

 だけどさ、真人。
 おれ、すげぇ情けない男だって今自覚したよ。

「…え、こんなに諦め悪い男が本当にいるって言うの?」
「あ、飛鳥馬様……?」
「ねえ真人。自分から姿消したのに、命が助かったからってもう1度会いに行こうとする男、どう思う?」
「え、なんですか?そんな男、クソでしかありませんよ」

 予想外のキツめの言葉が返ってきて、驚くほかない。

「…ははっ、まあそうだよね」
「───でも。私はかっこいいと思いますよ」
「……え?」
「1人の女性をずっと一途に想い続ける男性なんて、そうそういませんからね」

 そう言って、ニコリと笑った真人。
 もしかして、こいつ、クソ男=おれだって分かって言っていたのか……?

「真人、今度仕置きが必要だね」
「ええっ、そんな、酷すぎます」

 お互いに冗談だと分かっているから、軽めに交わせるその会話。
 ぐったりと横たわった今のおれじゃあ、あやちゃんに会いにはいけないから。
 十分に体力を回復した後に、もう1度リベンジするくらいなら、優しいあやちゃんは許してくれるかな……。

「……おれって、ずいぶんと粘着質な男だったんだな」

 しみじみと呟いたその言葉に、「今更ですか?」と生意気な真人がそう被せる。

「……けれど、飛鳥馬様に執念深く愛される七瀬様は、幸せ者ですね」
「そうかな……。そうだと良いな」
「はい。私が断定いたします」

 こいつがおれの側近で良かった───。
 そう思えた、瞬間だった。

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