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盗まれた首飾り
しおりを挟むメインのサジェット伯爵とブリジットが先陣を切ってダンスを踊り出した。
そして、それに続いてエル殿下もどこかの御息女とダンスを踊り始めた。
社交ダンスなんてまともに見たこと無かったから、あまりの華麗さに目を奪われそうになったが、僕には役目が山ほどあった。
「グラスの追加です。
テーブルまでおねがいします。」
「はい。
気をつけて運びます。」
入り口付近でリリーからグラスの乗ったお盆を貰い、客の間を縫って端のテーブルに置いた。
テーブルの上にはカナッペなどの軽食から、ローストビーフなどの料理も並んで結構、豪華な立食のメニューだった。
食器も可愛らしく皿は金の縁取りに中央に黄緑色の葉っぱが描かれていた。
ワインやシャンパンも多く、僕には何が何だかわからないので、バックスさんに一つ一つ確認しながらの給仕なった。
ホール中央部でのダンスもだんだんと佳境に入って来たが、首飾りはまだガラスのショーケースに入って、シャンデリアの光を煌々と反射していた。
ここまで来ると、本当に首飾りが盗まれるのか疑問に感じて来た。
エル殿下はまるで緊張感が無く、にこやかにそして華やかにダンスのステップを踏んで、時折、余裕を見せるように僕に手を振った。
首飾りはアレクともう一人の検察捜査官が、ガラスケースを挟む形でガッチリ包囲して、守っている。
やっぱり、魔法でも使わない限り盗み出すのは不可能なんじゃないかな。
「さて、御来賓の皆様、ダンスもお楽しみ頂いたところで、ここで互いに交流を深めて頂きたく、小休止を挟みますので、御食事などでお寛ぎ下さいませ。
尚、その後の婚約正式発表と首飾りの授与を執り行いますので、会場中心部は広く開けてお待ちください。」
バックスさんの司会により、ダンスの終了が告げられて、客人がソロゾロとテーブルの食事や飲み物を手に取って行った。
僕はコックのビルと、テーブルでの配膳を物凄いスピードで迫られた。
食事の皿を渡し、かつ空の皿をテーブルの端に重ねて行く作業を、目まぐるしく行っていた。
その間、首飾りと捜査官二人がポカンと開けたホールに残された形になった。
そして、
その時は来た。
一瞬、何が起こったのか脳が処理するのが遅れた。
フッっとホール内全ての明かりが全て消え、ホール内は真っ暗になった。
それに気が付いた瞬間。
ガッシャーン!
「キャアーアアア!」
「何だ!これは!」
暗闇の中、客人の驚愕した声がホール内に渦巻いた。
「みんな、動くな!」
アレクの声が響いた。
あああ!どうしよう!
ス、スマホ!写真!写真!
ピッ、ピッ。
あああー!
夜間撮影モードしてないし、フラッシュも切ってた~!
パニックの僕にエル殿下の声が届いた。
「トモエ!スマホのライト!
ホール外は明かりがついてるはずです!
扉を開けて、廊下の燭台の火でホールの明かりをつけてください!
ガラスの破片に注意して下さい!」
「は、はいー!」
僕は考える暇なく、エル殿下の指示に従った。
怯えるひとの間を、スマホのライト機能で照らしながら、扉を全開にした。
エル殿下の言う通り、廊下に異変はなく壁の燭台では蝋燭が揺れることなく灯っていた。
蝋燭を掴んで、廊下側から異変に気がついて駆けつけて来た捜査官や、僕の後を追ってきたバックスさんに渡し、皆んなでホールの灯りを付けまくった。
灯りが灯ったホールは異様な光景だった。
どれから説明したらいいかわからないが、見たままを言うと、中央部の展示台のガラスケースが吹っ飛んで、アレクの三メートルくらいの位置で粉々になっていた。
アレクと捜査員一人は腰を少し落とした状態で展示台を背に固まっており、二人の間をガラスケースが飛び越えた状態だ。
そして、展示台の首飾りは忽然と消え去っていた。
来客達はその場に倒れ込んだり、立ち尽くしたり、しゃがみ込んだりしていたものの皆、中央部の展示台からはかなり離れていた。
サジェット伯爵はブリジットを抱き寄せた状態で、唖然と割れ他ガラスケースに視線を落としていた。
「人の気配は全く無かった。
やはり、魔法か?」
アレクが悔しそうに下唇を噛み締めた。
「皆さん、その場から動かないでください!
動いたら、優先的に尋問しますよ!」
もう一人の捜査官が両手を挙げて、皆を制止した。
魔法……。
そうだよな魔法じゃなきゃ、こんな事。
「アレク捜査官!
どうやって盗んだかはわかりませんが、有力な容疑者がいます!」
突如、サジェット伯爵が制止を振り切って、アレクの前に歩み寄った。
「サジェット伯爵、心当たりがおありの様ですね。
お聞かせ願いましょう。
誰が盗んだと思うんですか?」
「我が使用人の…いや、使用人だった、レノアです!」
ザワザワ…ザワザワ…。
え?
何を言ってるんだ、この人は!
「彼女は私に恨みも有りますし、使用人として解雇されたのを逆恨みしてるはずです!」
「動機は十分という訳ですね。
では、すぐに事情聴取に捜査官を向かわせましょう。」
アレクは廊下から入ってきた捜査官に、レノアの所在と確認を指示した。
そんなはずない!
レノアは清々しい顔をしていた、逆恨みなんて!
僕は助けを求める様に、いつの間にか側に立っていたエル殿下に視線を送った。
「……大丈夫です。
トモエ話しでは、今のレノアにはアリバイがあるはずですし。
おそらく、彼女の持ち物を調べても、『氷山の輝き』は現れる事は無いと、私は考えているんですよ。」
「え……本当に?」
「はい。
賭けましょうか?」
エル殿下はそう言って、僕の頭にポンと手を置いて微笑んだ。
「魔法が絡んでるんじゃ、魔法監査庁の手を借りるしか無さそうだ。
おい!誰か本庁に連絡いれて……。」
「アレク!待ってください!
魔法監査庁への連絡は不必要です!」
捜査の指示を出していたアレクにエル殿下が駆け寄った。
「今から、本庁通して許可貰って、魔法監査庁から派遣されるのは、明日の朝か昼ですよ。
時間が掛かりますし、それに……。」
「……何だよ。
勿体ぶらずに話せよ!」
「私の考えでは、魔法使いはこの状況に関わっていないと思います。」
「はああ?現に今……!」
「まあまあ。
あくまでも私個人の考えですが。
魔法グッズ屋の悪戯グッズ知ってますか?
その中でも人気なのが、肝試しで使う『灯り消し』のシールです。
魔法使いでなくとも、こういうグッズを使えば、法律に触れない程度の魔法が使えます。
範囲が決まってるので、このホールだと何枚必要かわかりませんが、最近のものはよく出来ていて、時間設定も可能だとか。」
「それが使われたと?
根拠は?」
「ありません!
……ですが、捜査員もいますし、血眼になってホールを探せば、シールの切れ端くらいは見つかるかも知れませんよ。
魔法の悪戯グッズは造りが雑ですから、本来、魔法発生時に消え去るのが基本ですが、中にはカスが残ってしまう事がまま、あります。
数が多ければなおの事ではないでしょうか。」
「……おい!客と使用人をサロンへ移動!
どこにも触れさせない様に!
ホールは現場維持と捜査の為に誰も入れるな!
で、ガラスケースが吹っ飛んだ件にも魔法が使われて無いとでも?」
「そこ、なんですが。
四時間位待って頂けますか?
魔法監査庁よりも遥かに早く精密に判定出来る筈です。」
「ビビリアか!
しかし、今から四時間って十二時を回るぞ。」
「それでも、お役所仕事よりは早くて正確ですよ。
なに、ビビリア嬢に怒られるのは、私の役目ですから、ご心配なく。」
捜査官の指示でゾロゾロと客と関係者が出ていく中、エル殿下はアレクと一緒にカーテンを開けて、テラスへ出て行った。
ピューイ!
エル殿下は指笛を軽やかに噴いた。
バサッツバサッツ。
星空を背負って、両手にスッポリ包まれる位の大きさで、白にグレーの斑目の羽根のフクロウが現れ、エル殿下の指に止まった。
「ペペット。
ビビリア嬢に伝号を。
最特急で頼むよ。」
フホォウ!バサッツ!
ペペットは全てを察知したのか、転送魔法陣のある広場の方へ、すぐさま飛び去った。
「さて、レノアの調査もそろそろ報告が上がって来るでしょう。
なにせ、明日出ていく予定だったのだから、荷物はすでにまとめられている。
時間がかかるのは現場検証と、事情聴取ですね。
ま、私達も対象者に当たるのでサロンに向かいましょうトモエ。」
「あ、はい。
事情聴取……。」
「じゃあ、俺は現場検証があるので後でな。
ビビリアが来たら、呼びにいく。」
ここで、僕とエル殿下はアレクと離れて、ホールを出て客たちが集められているサロンへと向う為に廊下に出た。
「もしかして、犯人わかってるんですか?
レノアが犯人じゃないって。」
「犯人じゃないとは言ってはいませんし、断定もしていませんよ。
状況を正しく整理しただけで。
レノアは庭師と最後の晩餐をするとトモエから聞いていますので、アリバイは完璧です。
また、一番怪しまれるのも、事前のトラブルで想定できた事です。
一番先に疑われるのに、首飾りを持っていたら本末転倒。
さすがにそれは無いと単純に思っただけに過ぎません。」
相変わらず、笑顔で掴みきれない。
「とにかく、ビビリア嬢が到着するまでは、何もわからないとしか言えませんよ。
特に魔法鑑定の結果次第で、状況は一変するのですから。」
「魔法鑑定?」
「簡単に言うと、魔法痕があるかないかです。
使う魔法が大きければ大きい程、そこに魔法痕という魔法発動時のエネルギーのカケラが残ります。
人物や発生時などの詳細はともかく、魔法事案なのかそうでないのかの判定は、ほぼ魔法痕で決まります。」
「そういえば、窃盗予告カードには魔法痕は無かったって。」
「そうですね。
まあ、アレは……いや、止めておきましょう。
先ずは、客人の事情聴取が優先事項です。」
あれ、エル殿下は何か言いそうになって、口をつぐんでしまった感じだった気がした。
「あの、全然関係ないんですけど。
僕のいた世界で何があったか、興味は湧かないんですか?
全然ここへ来た当日以来、聞いてこなかったから、その、興味無いのかなぁって。」
「寂しいですか?」
「えっと、ほんの少しだけ。」
「ふふふ。
興味はありますし、出来るなら根掘り葉掘り聞き出したいですけど、それでは意味ないんですよ。
本人が話したいと思わない話しは、全ての半分ほどの話ししか引き出せない物なんですよ。
逆に本人から自発的に話す場合は、プラスアルファの情報まで聞ける可能性があります。
情報量としては明かに後者です。
ですから、私はトモエが自発的に話してくれるまで待つつもりなんですよ。」
「それって……。」
僕の気持ちの整理が着くまで待ってくれるって事だよなぁ。
エル殿下のさり気ない心遣いが、僕の胸を熱くした。
「さ、サロンに着きましたよ。」
いつの間にか、僕とエル殿下はサロンの扉の前に立っていた。
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