異世界の公爵様がミステリー好きすぎて、にわか執事の僕は大変です!

平塚冴子

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『氷山の輝き』の由来

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 サロン内はギッシリと押し込められた貴族らが、疑心暗鬼の表情で捜査官に一人一人事情聴取を受けていた。
 捜査官は二名が事情聴取、二人が持ち物や服装のチェックを行なっていた。
 サロン内に入った僕とエル殿下は取り敢えず、持ち物、服装検査をおえて、事情聴取の順番を待つ事になった。
 初めに事情聴取を終えたサジェット伯爵が、こちらに気が付き、小走りに駆け寄ってきた。

「エル殿下!
 この度は、貴方様にまでご迷惑をお掛けしまして、何とお詫びを……。」
「サジェット伯爵、いえいえ。
 こちらこそ、心中をお察し致しますが…。
 私的にはこんな楽しいイベント、大歓迎です。
 丁度良かった。
 サジェット伯爵にどうしてもお聞きしたい事がありまして。
 私の番までだいぶ時間もありますので、ソファに座ってお話をお聞かせ願えますか?」
「は、はい。
 何でもお答えします。」

 サジェット伯爵とエル殿下はソファに腰を下ろして向かい合った。
 僕はテーブルに用意されていた茶器で、急いで紅茶を注ぎながら、耳を大きくして話しの内容を伺った。

「で、聞きたい事とは?」
 
 サジェット伯爵は他の客には聞き取れないていどの大きさの声で、エル殿下と話しはじめた。

「首飾り、と言うより、『氷山の輝き』という名前の由来です。
 実は、首飾りを拝見した時、違和感を感じたのです。」
「違和感ですか…?
 一体どんな?」
「氷山という割には、ハート型だったり、柔らかいカッティングだったり…だとすると、『氷山の輝き』とは首飾りそのものに当てた名前ではないのではないかと。
 例えば、送られた相手を指しているのではないかと。」

 エル殿下の言葉に、サジェット伯爵は目を丸くして驚いた表情をした。

「いやあ、驚きました。
 その通りです。
 この『氷山の輝き』とは祖母のイメージに当てられた名称なのです。
 少し長くなりますが、ご説明させて頂きます。」

 紅茶を一口飲んで、喉を潤したサジェット伯爵は次のように説明した。

 

 サジェット伯爵の祖父は、サジェット伯爵に似てか、ある程度女性との交流が盛んであった。
 そんな中、異国との混血である御令嬢に心を奪われてしまった。
 何度も交際を申し込むも、願い叶わず、断られていた。
 何故なら、彼女は異国の言葉しか話せず、当時は人種差別も多く社交界でははみ出し者。
 彼女は自分の立場と役割をこなすのに精一杯で、恋愛などしている余裕など無かったのだ。
 そんな精神状態の最中に、遊び人と呼ばれる伯爵から交際を申し込まれても、警戒するのは至極同然だった。
 しかし、断れれば断られるほどに、恋心は燃え上がり、とうとう伯爵は全ての女性との交際を絶ち、舞踏会でひざまずいて彼女にプロポーズをしたのだ。

『今はまだ、氷山のように冷たく頑なな心も、一生を懸けて私が溶かして見せましょう。
 この首飾りを付け、笑顔で居られる生活を貴方に約束します。』

 そして、二人は結ばれて、その首飾りは家宝となり『氷山の輝き』と、呼ばれるようになったのだという。


「…と、まあ。
 こんな感じなんです。」

 少し照れながら、サジェット伯爵は頭を掻いた。

「素晴らしいお話ですね。
 確かにあの首飾りには、愛情が溢れていました。」
「お恥ずかしい限りです。」
「…しかし、そうなると…いや、もう少し考えましょう。
 そういえば、ブリジット嬢のお姿が見えませんが…アマネラルク伯爵もですが。」
「先に事情聴取を終えて、部屋へ。
 何せブリジットが、あまりのショックに半狂乱で。」

 そりゃ、そうだよな。
 誰よりもこの婚約発表を心待ちにしていたはずだ。
 おバカギャルだとしても、これはショックだろう。
 にしても、やっぱり『氷山の輝き』の由来を聞いても、僕には何も響かない。
 今回の事件に関わると、エル殿下は考えてる様だが、僕にはさっぱり。
 単なる物語にしか聞こえない。
 そうだ、レノアはどうだったのだろう。
 僕は、おずおずと二人の間を覗き込むようにして、小声で尋ねた。

「あの、レノアの件はどうだったのでしょう。
 捜査官から何かお聞きになっていませんか?」
「ああ、それか。
 何も出なかったらしい。
 運良くアリバイも完璧だ。
 そうと分かれば、約束通りに明日早朝には出て行ってもらうよ。
 捜査の邪魔にもなるだろうし。」
「やっぱり、レノアじゃなかったんですね。
 良かった。」

 僕は、胸を撫で下ろした。
 仕事は解雇で、その上窃盗容疑なんか掛けられたら、踏んだり蹴ったりだ。
 
「とにかく、容疑者はあの会場に居た人物に絞られそうだと、捜査官が説明してくれました。
 ですから、捜査の行方次第では思いの外、長居していただく事をお願いするかも知れません。
 その時は、申し訳ありませんが、ご協力お願いします。」

 サジェット伯爵は悲痛な面持ちのまま、エル殿下に深々と頭をさげた。

「頭を上げてください。
 それは、全然構いませんよ……、ですが、それ程時間は掛からないと思いますよ。」
「えっ?」
「もうすぐ、私のお付きの上級魔女が到着します。
 おそらく、彼女の判定で捜査は進展するでしょう。
 あとは、私が捜査の協力で詰めの情報整理を。」
「は、はあ。
 そうですか。
 それは頼もしい限りです。」

 返事に困惑するサジェット伯爵が、紅茶のカップに手を添えたタイミングで、事情聴取の順番が回って来た。
 捜査員が手振りで、僕らを部屋の隅に呼んだ。
 お茶を飲むサジェット伯爵に軽く会釈をして、エル殿下は席を立ち捜査官の元へゆっくり向かった。
 僕も静々とその後について行った。


 捜査員には会場に入る前の状況と、事件が起こる前と、起こった後の会話した人々や会場の中の状況と個人の行動について結構細かく質問責めにあった。
 気が付いた事も聞かれたが、僕はあの会場ではかなり忙しく、周りへ気を配る暇なんてなかった為に、何の異変にも気が付かなかったと回答した。

 事情聴取を終えた頃にはもう、疲れがピークに差し掛かっていた。
 ふらふらと、壁に寄り掛かってボーっとしている僕の前に、エル殿下がそっとコップの水を差し出した。

「お疲れ様。
 大丈夫ですか?」
「ああ!す、すいません。」
「いえいえ、貴方は良く働いてくれています。
 長椅子に腰掛けましょう。
 それで、スマホなんですが、少しの間貸して頂けませんか?」
「え。
 構いませんが。
 使い方教えましょうか?」
「いえ、自分に必要だと思われる操作は、トモエの動きを観察していて、大体把握しているので問題ありません。
 どうしてもわからない時にお聞きします。
 あ、ちゃんと返しますから安心して下さい。
 遅くても明日にはお返しできると思いますから。」

 僕は画面ロック機能を解除して、エル殿下にスマホを差し出した。

「ありがとうございます。
 私はスマホを堪能させて頂きますので、トモエはビビリア嬢が来るまでの間、長椅子で仮眠を。
 何なら、私の膝をお貸ししますよ。」
「ええええええ!
 とんでもない!
 肘掛けに寄りかかりますから、大丈夫です!」
 
 もう!なんて事言うんですか!

 僕は首から上が、火を吹いたように真っ赤になってしまった。
 つい、その絵面を想像してしまった。

 捜査員の事情聴取を終えた客人らは順に、ここの部屋へ待機を指示されて、部屋を後にして行く中、僕は長椅子で頭を肘掛けにもたれさせ、エル殿下はその隣で足を組んで携帯操作に勤しんでいた。

 意識がうつらうつらしながら、僕は殿下の命ずる仕事が、自分には合っているのを感じていた。
 今まで、仕事なんて辛くて苦しくて、逃げ出したい物でしかなかった。
 生きる為に仕方なくで、自分を無理に納得させていた気がする。
 エル殿下の命ずる仕事は、内容的には大変だし厳しいし、時間外労働なんて当たり前なのに、嫌だとか逃げ出したいなんて、心をよぎる事すらない。
 時折訪れる、エル殿下との安らぎ。
 心遣いの言葉の数々。
 僕を動かす原動力の一部を担ってるのは間違いなかった。
 エル殿下を通して知り合った、アレク様やビビリア様も、個性的ではあるものの、人を見下したりしない、良い人たちだ。
 居心地良い職場とはまさに、こういう場所なんだろう。
 僕は幸せを感じながら、意識をゆっくりと休めていった。





「エルトリアル殿下、御客様が御到着なされました。
 アレク捜査官の指示で舞踏会会場にてお待ち頂いてます。」

 ダンディなバックスさんの声に目を覚ました。
 どうやら、ビビリア様が到着したらしい。
 僕は目を擦りながら起きあがろうとして、思わず身を硬直させた。

「お目覚めですね。
 さて、ビビリア嬢もようやく到着したようです。
 事件現場へ戻りましょうか。」

 上からぼくの顔を見下ろすエル殿下。
 どうみても、この位置関係は……。
 膝枕で寝てた!
 ひえええ!
 僕は長椅子から、跳ぶように起き上がった。
 
「うわぁ!す、すいません!
 寝てる間に、なんて失礼を。」
「いえいえ、こちらこそ。
 黒猫を撫でるようで、逆に落ち着いて情報の整理がつきましたよ。
 スマホ、お返ししておきます。
 あ、不必要と思われた情報は一旦、破棄予定のフォルダを作ったので、そこへ集約しておきました。
 事件終了までは完全に不要かどうかの判断はできないもので。」
「あ、はい。」

 フォルダまで作れるんだ。
 教えてもいないのに、やっぱり頭の出来が違うのかなぁ。
 機能もちゃんと理解してるし。
 ……にしても、八割の情報が破棄予定に入ってるのは気のせいだろうか。

 エル殿下はゆっくりと長椅子から立ち上がると、バックスさんに会釈をしてサロンの扉に手をかけた。

「さあ、トモエ。
 楽しいイベントの始まりだ。」

 生き生きとした笑顔をこちらに向けるエル殿下は、イベントより先に、ビビリア様の怒りの雷が落ちる事をわかっているのだろうか?
 こういうところだけは、天然なのがギャップ萌えしそうだ。
 
 僕も熱った顔を仰ぎながら、エル殿下の後をついて歩いた。
 
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