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派遣秘書のとんでもない日常
直伝のお茶、淹れてみますっ
しおりを挟む三人で秘書室から繋がっている給湯室に入ると、ファミちゃんがドアを閉める。
密室になって、なんか怖いな、と思っていると、奥に入った秋月が、下の棚から、ぎらりとよく研がれた包丁を出してきた。
モップじゃなくて、包丁っ! と固まっていると、秋月は、コップのある小さな茶箪笥から、よく見る包装紙の包みを出してきた。
「ちょうどよかったわ。
さっき、お客様が持ってこられたのよ。
貴女、羊羹好き?」
と訊かれる。
「は、はい」
特にその、とらやの新緑、が好きなんですが、と三本セットのそれを見ながら思っていると、
「うちの男性陣は、寺坂さん以外、甘いものはあんまり食べないから、よく余るのよ。
総務に分けたら、今度は足らないしね」
と言いながら、羊羹を切り分け始める。
残念ながら、あまりが好きな抹茶のではなかったが。
「ちょっと一息、つきましょうよ。
此処には男の人たち入ってこないから」
と秋月は言う。
そうか。
ひっそり休憩するために、わざと神妙な顔で、ファミちゃんは入ってきたのか、と思いながら、彼女のIDカードを見た。
……桜田さんか、と見ていると、秋月は、
「貴女、お茶淹れるの上手いんでしょ?
淹れてよ」
と言ってくる。
「わかりました」
とあまりは頷く。
「ちょうど、支社長にお茶を持っていくとこですし。
慌てて習ってきた、マスター直伝の成田さんから直伝のお茶、淹れてみますっ」
と言って、
「……結局、それ、誰の淹れ方なのよ」
と言われてしまった。
あまりがお茶運んで支社長室に行くと、寺坂が出迎えてくれた。
「こっちは寺坂さんのです」
と羊羹が多めに乗った方を差し出し、
「秋月さんからです。
支社長には、ご内密に」
と小声で言うと、甘党らしい寺坂は笑う。
寺坂が奥の扉を叩くと、海里の声で返事があった。
そのよく響く声に、なんとなく、どきりとしてしまう。
失礼します、と寺坂に扉を開けてもらい、一礼して中に入った。
後ろで扉が閉まると、給湯室に、包丁を持った秋月と閉じ込められた以上の緊迫感があった。
海里がこちらを見、
「どうだ。
まともにお茶を淹れられたか」
と訊いてくる。
いや……まともに淹れられないと思ったのなら、何故、私を雇いましたか? と思いながら、お茶出した。
一口飲んだ海里が、
「美味いじゃないか」
と驚いたように言ってくる。
いや、だから、上手く淹れられないと思っているのなら、何故……と思っていると、
「どうだ。
秘書室で上手くやってけそうか」
と海里は問うてきた。
「はい。
皆さん、良い方ばかりです」
「まあ、秘書室はな」
秘書室以外には、なにがあるんですか~、と思っていると、
「お前は、他の部署とはそう関わりはないから大丈夫だろう」
と言ってくる。
「なにかあったら言ってもいいぞ」
「なにをですか?」
「お前が俺の見合いを断った相手だって話をだよ」
「いや……見合いを受けたのならともかく、断ったのでは、まったく印籠にならないと思いますが」
と言ってしまい、
「印籠?」
と問い返された。
つい、さっきの秋月の『ご隠居』発言から、頭が水戸黄門になっていたのだ。
断った話では、黄門様の印籠のように振りかざしたところで、
「……で?」
と言われて終わりだろうと思うのだが。
だが、海里は、
「断ったにしても、俺と見合いするくらいの家の娘だとは伝わるだろ」
と言ってくる。
時計を見、
「もうすぐ、成田が来るな。
無駄話はせず、俺に、昼に良さそうな、なにか軽いものを持ってこい」
と命じてきた。
ほんと王様みたいな支社長様だな、と思いながら、
「軽いものですか。
今日、なにが届くかよくわからないんですけど。
適当に見繕ってきます。
甘いものはお嫌いなんですよね?」
そう聞いたので、羊羹も一切れしか持ってこなかったのだが。
ちなみに、我々は三切れずついただきましたが……と思っていると、
「別に嫌いではない。
好んで食べないと言うだけだ。
糖分も取らないと頭の回転が悪くなるからな」
と海里は言う。
そ、そうだったのか。
じゃあ、一応、支社長だから、今度は二切れは持ってこようかな、と思いながら、
「で、では、行ってまいりますっ」
あまりは大きく頭を下げ、出て行こうとした。
だが、
「待て」
と止められる。
海里はこちらを見つめ、念押しするように言ってきた。
「……無駄話はするなよ」
うーむ。
なんだかわかんないけど……。
はいっ、ととりあえず、返事だけ良く、答えてみたのだが、
「びっくりするくらい心がこもってないな」
とあっさり看破されてしまった。
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