あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ

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派遣秘書のとんでもない日常

問題の総務本部です

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「次が問題の総務本部です」

 総務、人事、経理が入ってます、と寺坂は言う。

 問題のってなに? と思いながら、一緒に階段を下り、ついていくと、こちらはワンフロアが全部つながっていて、総務本部になっているようだった。

 本部長の北村のところに連れていかれ、挨拶をする。

 この人の方が支社長では? と思う貫禄のある男だった。

「ああ、貴女が南条さんですか。
 私もよく行くんですよ、あそこのカフェ」
と北村は、にこやかに応対してくれる。

 此処では、大勢居る社員に、いちいち紹介されはしなかったが、出入りのときに目が合った人には一応頭を下げておいた。

 なんだ、あの子? という目で、みんな見ている。

 廊下に出て、寺坂が、
「まあ、わざわざ紹介はしなくても、お昼にはわかるでしょうから」
と言ってきた。

 そうだ。
 お昼には、カフェの商品を販売しなくちゃだった、と時計を確認する。

 そろそろ成田が搬入に来る頃だ。

「北村本部長って、愛想の良い方ですね」
と言うと、寺坂は、はは、と笑い、

「問題が起こらないよう、北村本部長には、一応、南条さんの素性は話してあります」
と言ってくる。

 それでですよ、と言いたいようだった。

 ということは、一癖ある人物ということか。

 あまりが社長の息子の見合い相手だと知っているから、あのようににこやかだっただけだと言いたいのだろう。

 いや、だから、断ったんだが、その話……。



 秘書室の前に戻ってきたとき、寺坂はちょっと困った顔をした。

 恐らく、どう指示を出したものかと迷っていたのだろう。

 そりゃそうだ。

 お茶担当とか言われてもな、と思う。

「どうしましょう、寺坂さん。
 私、普段は、どなたに指示を仰げばいいんですかね?」

 寺坂ではお茶のことなどわからないだろうと思い、そう訊いてみた。

「そうですね。
 お茶のことは、基本、女性秘書の方々に訊くのがいいと思いますが。

 では、まあ、とりあえず、支社長にお茶をお願いします。

 この時間は支社長室にいらっしゃるはずですから。

 秋月さんに……ああ、さっきの秘書の、年が少し上の方の方ですが」
と気を使った言い方を寺坂はしていたが。

 少し上もなにも、片方の女性は自分と変わらないくらいの年で、もう片方の人は、自分の母親くらいの年だったような。

 だが、女性の年齢の話は危険だ。

 寺坂はよくわかっているようで、ものすごく婉曲な言い方をしていた。

「給湯室のことは、秋月さんに伺ってください」

 はい、と言って、別れようかと思ったが、寺坂は、秋月のところまで連れて行ってくれ、

「南条さんが二週間お茶を淹れてくれますので、秋月さんたちは、他の仕事に専念してくださって結構です。
 南条さんに、給湯室のことなど教えて差し上げてください」
と言ってくれた。

 どうもお世話になりました、と深々と寺坂に頭を下げていると、秋月はじろりとこちらを見、
「南条さん?
 こっちが給湯室よ」
と言って、先導してくれた。

 行きながら、振り返り、
「貴女、本当にお茶淹れるだけなの?
 他の仕事はしてくれないの?」
と訊いてくる。

 その、すっと姿勢のいい細い背中を見ながら、
「そうですね。
 何時間もお茶淹れたり、給湯室を磨いてるわけにもいかないので。

 寺坂さんに確認してみます」

 大丈夫そうでしたら、お手伝い致します、と言うと、秋月は振り向き、

「貴女、何処かの会社で働いてたの?」
と言ってきた。

「何故ですか?」
と訊き返すと、

「カフェはカフェできちんとした指示系統があって、機能してるんだと思うけど。
 会社のそれとは違うと思うのに、貴女は、会社組織ってものをわかってるように見えたから」
と言ってくる。

 いや、それは、あの悪魔のような父親を長年見てきたからですよ、と思っていた。

 自宅に重役を呼びつけて、会社の話をしていることもあるからだ。

「ファミちゃん、ちょっと来て」
と笑顔も見せずに、給湯室の入り口から、秋月は、もう一人の秘書を呼ぶ。

 はい、と神妙な顔で、ファミちゃんと呼ばれた彼女はやってきた。

「秋月さん、電話、いいですかね?」
とそのファミちゃんは、後ろを振り返りながら言う。

「ああ、ご隠居が居るからいいでしょう」

 秋月はちらと室長を見て言った。

 ……ご隠居って。

 まあ、ちょっとそんな雰囲気だが、とぼうっとしたご老体、という風情の室長を遠目に見る。


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