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箱から出てこない箱入り娘
もはや、守る意味があるのかわからないのですが
しおりを挟む「麻里子が戻ってくるまで、私はあそこで店をやってるわ」
いつでも来てね、と素敵な大人の女の顔で大崎は微笑む。
でもあのー、女装してたら、奥さん、戻ってこない気がするんですが、と思いながら、
「麻里子さんは、大崎さんがあそこでお店やってらっしゃるの、ご存知なんですか?」
と訊くと、
「ええ。
麻里子の住むトリノにもバーゲンのお知らせの葉書、メッセージ付きで送っているから」
と言ってくる。
……来るだろうかな、イタリアから飛行機に乗って、バーゲン。
お兄ちゃんだったら、船旅になるから、着く頃には終わってるな、バーゲン。
そして、大崎が逃げた妻に向けて、どんなメッセージを送っているのか、想像するのがちょっと怖かった。
「麻里子好みの服をそろえて待っているのに、なかなか来ないのよね」
大崎は、困ったわ、というように言ってくる。
海里が心配で覗きに行く気持ちがよくわかった。
「ところで、今日は海里と何処か行くの?」
と大崎が訊いてきた。
「えーと。
食事はするなと言われたので、何処か食べに行くのではないかと思っているんですが。
とりあえず、うちに来られるそうです」
大崎は、あら、と目を輝かせる。
「なによ。
じゃあ、食事作って待ってますくらい言えばいいじゃないの」
「いやそんな、ものすごく歓待してるみたいじゃないですか」
「初めて彼氏が来るのに、歓待しないとかあるの?
あんた、往生際悪いわね。
ぐずぐず言ってると、すぐ逃げ出すのよ、女って。
あ、違った。
男って」
と大崎は言い直す。
……なにかぐずぐず言ってて逃げられたんですか? と思ってしまった。
「あ、でも、そうだ。
帰って部屋片付けなきゃ」
とあまりは呟く。
既に日はかなり落ちている。
テラス席だから、それがよくわかった。
なんだか急に落ち着かなくなる。
「えーと……帰ったら、なにしたらいいんですかね?
部屋片付けて」
「お風呂に入って」
「飲み物用意して」
「下着着替えて」
「そうだ。
キッチンも……」
「三つ指ついて、待ってればいいんじゃないの?」
「……すみません。
変な合いの手入れないでください」
と言ったのだが、大崎は、だって、部屋に来るってことは、そういうことでしょう~っ? と言う。
そして、
「さっきの防犯ブザー貸しなさい」
と手を出してくる。
「なっ、なんでですかっ」
「あんた、ほんとに鳴らしそうだからよ。
支社長が彼女の家で警察呼ばれるとか大恥よ。
っていうか、あの男前の店員、あんたにそんなもの渡すなんて、あんたに気があるんじゃないの?」
と言ってくる。
「いや、成田さんみたいなモテる人が私なんか好きになるわけないじゃないですかっ」
「わかんないわよ。
私の自慢の生徒で、自慢の弟の海里もあんたを好きになったじゃないの」
いや、そんな、海里さんが私を好きとか……
いやいや……
いやいや……。
あのとき耳許で、
『愛してるよ』
と囁いてきた海里の声を思い出してしまう。
あのときは、動転していたので、頭までその意味が入ってこなかったのだが。
「ちょっとっ。
なに呑気に赤くなってんのよっ。
傷心の私の前で、デレデレするとかいい度胸ねっ。
それ、没収ーっ」
と防犯ブザーを取り上げようとする。
「だっ、駄目ですってばっ」
とあまりは、まるでそれがおのれ自身の貞操であるかのように守り通した。
……いや、そんなもの、もうないも同然なのだが。
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