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蝋人形とお見合いしました
この人と家族になろうとするのは諦めよう
しおりを挟む壁にずらりと燭台の並ぶ長い廊下に、いくつか西洋風の大きな扉があった。
「へえー。
中に入ったら、思ったより、洋室部分広いですね」
黙っていようと思っていたのだが。
これから住むはずの屋敷の素晴らしさに、思わず、咲子はそう呟いていた。
前を行く行正は沈黙している。
「……こんなに洋室ばかりだと、和箪笥は何処に置いたらいいんですかね~?」
これだけは訊いておかねばと果敢に話しかけてみたのだが、返事はない。
ああ、もうこの美しい旦那さまのことは諦めよう、と絶望の中、咲子は思った。
返事もあまりしてくれないし、こっち見てくれないし。
きっと結婚しても、外にお妾さんとか作って、帰ってこないんだろうな。
私はこの素敵なお屋敷で、お友だちとか呼んだりして、ひとり楽しく暮らそう。
長く悩むことが苦手な咲子は、あっさり行正と家族になることを諦めた。
すると、自然に言葉が口から出るようになる。
「あの、私、お気に入りのピアノがあるのですけれど。
こちらに運んでもよろしいですか?」
日当たりの良いサンルームを見つけてそう言ったり。
「あ、藤棚枯れちゃってますね。
植え直してもらってもいいですか?」
とか言いたいことをちゃんと伝えられた。
行正は特に返事もなく、ただ頷いている。
時折、あの~、そんなに私といるのが嫌なら、断ればよかったんじゃないですかね? このお話、と思ったりもしたが。
まあ、なんとか屋敷の見学を終えた。
帰りも馬車のような車が迎えに来た。
すっと自然に行正が手を貸してくれて、ちょっと高さのあるその車に乗る。
だが、足を滑らせて咲子は落ちかけた。
おっとーっ、と自分でなんとか踏みとどまったのだが、誰かが自分を抱き止めてくれていた。
行正だ。
この人、男の人なのに、なんかいい香りが……。
っていうか、顔が近い、顔が近い、顔が近いっ。
夫ではなく、カラクリ蝋人形だと思おうとしてるのにっ。
こんなに間近で見てしまったら、生きた人間にしか見えないではないですかっ。
咲子は、
「あ、ありがとうございますっ」
と言って、慌てて離れた。
行正は、
「共に暮らす日も近い。
式はしないが、親族への軽いお披露目はある。
怪我などしないように」
と低い声で言う。
その鋭い眼光を見ていると、
――お披露目が延期になるとか。
いきなり怪我して手がかかる状態で俺と暮らすとか。
そんな無様な真似をしたら、切り捨てるぞ、という心の声が聞こえてきた。
ひっ、と咲子は固まる。
「き、気をつけます……」
と怯えて言うと、行正は不機嫌なまま、反対側のドアに行き、車に乗った。
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