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あなたのことだけわかりません
珍しく大体合っている
しおりを挟む青ざめて座る咲子の前で、茶筅通しの音がする。
茶筅通しはお茶を点てる前に、穂先を温めてやわらかくしたり、あらためたりするための動作だが。
流派によっては茶碗に軽く三回当てて、微かに音を立てる。
真言密教の灑水という浄めの儀式から来ているという話を聞いたが。
いや……なにも浄まらないっ。
今、まさに夫に殺されようとしているのに、なにも浄まらないし、静まらないっ!
咲子の鼓動は速く。
息が荒くならないよう、抑えるのに必死だった。
母家から離れた茶室は静かすぎ、ちょっとした息遣いまで行正に聞こえてしまいそうだった。
やがて点てたお茶が目の前に置かれ、咲子は心臓がバクバクしながらも作法通りに口元まで持っていく。
そこで、行正の顔を見た。
――何故、飲まないのだ、と行正さんの澄んだ目が私に告げている。
今から妻を殺そうとしているのに、何故、あなたの目はそんなに澄んでいるのですか?
単にお茶を点てるという動作のせいで、いつものお稽古のときのように無心になっただけだったのだが――。
こんな綺麗な目で見つめられたら、もう飲むしかないっ!
覚悟を決めた咲子は毒をあおるが如く、金粉入りの抹茶を飲んだ。
飲み終えた咲子は、胸に手をやり、そのまま止まっていた。
いつ死ぬんだろう?
今のところ、苦しくないようだが……。
外では静かに虫が鳴いている。
「咲子」
「は、はいっ」
と咲子は顔を上げた。
「明日、上官にお礼を言うのに、感想を述べねばならない。
俺も飲むから、今度はお前が点ててくれるか?」
「えっ?
死ぬ気ですかっ?」
実はこれ、心中っ!?
と思った咲子の頭の中では、行正が軍の金を使い込んでいた。
口に出して言えば、
「いや、俺はそんなことできる部署にはいない……」
と言われていただろうが、出さなかったので、ただ、
「……抹茶の点て方が雑だからって死なないだろうよ」
と呟かれる。
行正の目を見つめていた咲子の元に、
『この嫁はいろいろと大丈夫なのか?』
という行正の心の声が流れ込んできたが。
珍しく大体合っていた。
実際には、
『この嫁はいろいろと大丈夫なのか?
まあ、そんなところも可愛いが』
だったのだが。
……何故、雑と決めつけるのですか、と思いながら、命永らえた咲子は、おとなしく行正の命に従った。
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