大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ

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あなたのことだけわかりません

私はお飾りの妻なので

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 母家に戻ったあと、あまりの様子のおかしさに、行正に追求された咲子はすべてしゃべってしまった。

 すると、行正は怒るでもなく、ただ呆れたように言う。

「……毒だと思ったなら、何故、飲んだ」

「行正さんの目を見ているうちに、飲むしかない! と思いまして」
と言って、

「いや、飲むな」
と言われる。

「そもそも何故、俺がお前を殺さねばならんのだ」

「じゃ……邪魔なお飾りの妻は殺されるとあの雑誌に――」

 咲子はサンルームの片隅に隠していてた婦人雑誌を指差した。

「ハツ、あれ全部捨ててくれ」

「はい」
と普通の煎茶を淹れてくれたハツがそれらを全部抱えて出ていった。

「すみません。
 私、なんの役にも立っていないお飾りの妻なので、行正さんに邪魔に思われて、始末されるかなって……」

 行正はあの澄んだ美しい瞳で咲子を見つめて言う。

「大丈夫だ、咲子。
 お前は役に立たない邪魔な妻などではない」

「……行正さん」

「そもそもお前はまだ妻じゃない。
 結婚してないから」

「そうでしたね……」

 殺さなくても、なんの手続きもなく、放り出せる妻っぽいものでしかなかったですね、私、と咲子は気づく。

 いや、まあ、家と家との関係があるので、そんなに簡単には放り出せまいが。

 なんだろう。
 殺されかけた妻の人の方が私よりいい立場だった気がしてきた……。

 だが、そこで、咲子は、ハッとする。

 待てよ……。

「まだ結婚してないから、邪魔な妻じゃないので殺されないってことは。
 妻になったら殺される!?」

 咲子はつい、声に出して言っていた。

「……落ち着け」

 まあ、落ち着いて茶でも飲め、と行正に言われたが、さっきからずっと毒殺の話をしていたので、つい、

「……そのお茶は嫌です」
と言ってしまう。

「おい、入れ替えてやれ」
と行正がハツに命じたので、咲子は慌てて言った。

「あっ、すみませんっ。
 つい反射でっ。

 大丈夫ですっ」

 わざわざ入れ替えさせるのも悪いと思い、さっき抹茶を毒と思いながらあおったときのように煎茶をあおる。

 普通に美味しかった。

 カラになった湯呑みを前に、ふう、と咲子は息を吐く。

「美味しかったです。
 ありがとうございました。

 落ち着きました」
とハツに頭を下げたあとで、咲子は行正を見て言った。

「……あなたと暮らすようになって、しばらく経ちましたけど。
 私、まだ、あなたのことがわかりません」

 すると、行正は顔をしかめて言う。

「お前は誰のこともわかってないと思うぞ」

 そ、そうなのですかね?
 私、人の心が読めるのに、そんなことってあるのでしょうか。

 そう咲子が思ったとき、行正がハツに命じた。

「ハツ、ちょっと灯りを消してくれ」

 この家は夜でも煌々こうこうと電気で明るい。

 ハツが灯りを落とすと、行正は立ち上がった咲子の手をとり、窓際に行くよううながす。

 サンルームの大きな窓に今は日は差し込まないが。

 月の光が差し込み、星が綺麗だった。

 東京にもまだ夜の灯りは少なく、ハッキリ星が見える。

「綺麗ですね。
 ここからだと家の中からでも星座もよくわかりそう。

 えーとあの辺……」

 咲子は天を指差し言った。

「なにか星座っぽいですね。
 こっちの強い光が連なってるのも……

 星座っぽいですね」

「なに座かはわからないのか……」

「待ってください。
 学校で先生が教えてくださいましたので、なんとなくわかる気がします」

 そんなぼんやりとした返事をする咲子に、行正が訊いてくる。

「ルイスという先生を知っているか」

「ああ、ルイス先生っ。
 懐かしいです……って、この間まで学校でお会いしてましたけど」
と咲子は笑う。

「授業も丁寧で、とても素敵な先生です」

 行正は沈黙していた。

「行正さん、ルイス先生をご存知なのですか?」

「今日、たまたま会った」

「そうですか。
 とてもいい先生なんですよ」

「……ルイスがお前のことをなんと言っていたか教えてやろうか」

「えっ?
 なんておっしゃってたんですかっ?」

 身を乗り出す咲子には応えず、行正は空を指差す。

「さっきお前が言ってた星の連なりが、なんの星座かわかったら教えてやろう」

「ええっ?
 …… なんか、ひょーって羽ばたいてる感じだから、はくちょう座?

「お前、知ってる星座、適当に言ってるだろ」

 はくちょう座は夏の星座だ、と言われる。

「今度、星座早見を買ってやろう」

「あっ、ありがとうございますっ。
 で、ルイス先生はなんとっ?」

「さあな。
 よし、もう寝よう、咲子」
と行正は咲子の手をつかむ。

「うしかい座、……オリオン座?」

「……だから適当に言うな。

 さっきのは、かに座だ。
 なにが、ひょーっと羽ばたいてる、だ」

 カニ、羽ばたかないからな、と言われる。

 行正に連れていかれながら、咲子は不思議に思っていた。

 心が読めるのに、こういうとき、行正さんの心に浮かんでるだろう正解が聞こえてこないのはどういうわけなんですかね~? と。

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