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ささやかなるお見合い
まずは一杯っ!
しおりを挟むあのあと、駿佑から電話がかかってきて、万千湖は駿佑と駅ビルにある鉄板焼きの店で待ち合わせることになった。
駅ビルは最近リニューアルしたばかりらしく、新しい素敵な店がたくさんあった。
歩いていると、中華の匂いがしたり、イタリアンな匂いがしたり、ラーメンの匂いがしたりする。
何処も美味しそうだな。
ここ、歩いて来れるし。
いい街に住んだな。
また来よう、と万千湖は浮かれる。
先に着いてしまった万千湖は、店のカウンターに座り、メニューを見たり、カウンターの奥の壁に並ぶ色とりどりの日本酒の瓶を眺めたりした。
ふたつ離れた席のサラリーマンたちの前に升に入ったよく冷えたグラスが置かれる。
店員がそのサラリーマンと笑って話しながら、小瓶の日本酒を開栓し、注いでいた。
ヤバイ。
呑みたいっ。
早く来てくださいっ、課長っ、と恋ではなく、酒呑みたさに、駿佑の到着を待ち焦がれる。
そのとき、エスカレーターを降りて、こちらに向かい歩いてくる、誰もが振り返るようなスタイルのイケメンが現れた。
思わず、万千湖は腰を浮かして、手招きする。
「課長っ、おは……
お疲れ様ですっ」
……どうした、という顔で近くまで来た駿佑が見た。
万千湖が異様な速さで手を動かして、手招きしたからだろう。
いや、早く酒が呑みたいからだ。
さっきから肉とニンニクの焦げるいい香りがしているが。
それよりもまず、あの、よく冷えたグラスに注がれた、よく冷えた日本酒をぐっ、とやりたいからだ。
「課長っ、ほんとにもうっ、お待ちしてましたーっ」
と思わず、心のままに叫んで、
「……何故だ」
と言われてしまう。
よく考えたら、何故だというのもおかしなセリフだが。
さっきまで事務的に打ち合わせていたのに、急に主人の帰りを待ち焦がれていた仔犬が尻尾振ってやってきたみたいになったからだろう。
「課長、まずは一杯っ」
と万千湖は素早く酒のメニューを渡す。
万千湖の勢いに押されながらも、駿佑は、
「そうだな……。
まあ、そのために車置いてきたんだからな」
と言った。
あのあと、一緒に食事をしようという話になり、何処がいいかという話になり。
「お前の家は駅の近くなんだな。
この間、課のみんなと行った駅ビルの鉄板焼きの店がうまかったが。
酒もいろいろ種類があって……」
と駿佑が言い出したので、
「じゃあ、課長、ちょっと呑みませんか?
ああ、お車でしたっけ?」
とつい、前のめりになりながら訊いてみた。
駿佑が、家が近いので車は置いてきてもいいと言い。
それで、駅ビル待ち合わせになったのだ。
今日、課長の仕事が早く終わらなかったら、会わないかもしれないし。
お腹も空いてたんで、ちょっと朝の残り食べちゃってたんだけど。
やはり、ここは肉。
「決まったか」
「肉で」
メニューから顔を上げ、万千湖は言った。
「肉と……
いや、肉ならワインか。
いやっ、でもっ、日本酒と心に決めてたんでっ。
だったら、魚介っ?」
L字になっているカウンターの向こう側で大きな海老、イカ、貝類がニンニクとともに焼かれている。
「……どれも頼め。
おごってやる」
熱く悩む万千湖にちょっぴり引き気味になりながらも、駿佑はそう言ってきた。
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