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ささやかなるお見合い
天気がいいので、何処かに行こう
しおりを挟む駿佑の車が走り出し、万千湖はようやくホッとした。
駿佑が訊いてくる。
「なんだったんだ、さっきのは」
「えーと……昔の知り合いみたいです」
「みたいですって、おかしくないか?」
と追求してくる駿佑に言う。
「……昨日読んだ本に書いてありましたよ。
女の過去には触れるものではないと」
「普通の女ならそうかもしれないが。
お前にそんなご大層な過去があるとは思えないんだが」
そう言われ、まあ、確かに、と思った万千湖は言った。
「わかりました。
もうちょっとしたら、課長にはすべてお話しします」
「……何故、俺には言うんだ」
万千湖は、自分でも、うーん? と悩んだあとで、
「呑み友達だからですかね?」
と答える。
「あっ、呑み友達とか課長に言ったら失礼ですよね?」
と慌てて謝ったが、駿佑は、
「……別にいい」
と言ったあとで、
「ところで何処に行く?」
と訊いてきた。
「何処かカフェとか……?」
「何処でもいいぞ」
そう言われ、万千湖は迷う。
いい天気だ。
何処でもいいから行こうとか言われると嬉しくなるな、と思いながら、万千湖は浮かれて言った。
「そうですねえ、100均とか」
「100均……」
ご不満そうですね。
あんなにワクワクするところも、なかなかないと思うんですが……。
「ああでも、せっかく天気がいいですもんね。
課長は何処か行きたいところありますか?」
駿佑は少し考え、
「……水族館とか」
と言った。
「水族館、いいですね~」
と言いながら、水族館も天気関係ないような、と思ってはいたのだが。
課長が行きたいのなら、行ってみようかとか思い、素直について行った。
万千湖たちは海沿いの水族館に来ていた。
建物の中の通路を歩いていると、頭の上をたくさんのペンギンが泳いでいく。
渡り廊下の天井が水槽になっているのだ。
明るい昼の光にきらめく水の中、ペンギンたちが結構な速さで移動している。
「壮観ですね~。
水族館にしてよかったです」
と万千湖は笑った。
「最初、水族館、天気あんまり関係ないような、と思ったんですが。
ここでこうしていると、日差しとともに、ペンギンが降りそそいできそうで、素敵ですね」
と万千湖は笑った。
「……ペンギンは降りそそいでこないだろ」
いや、このくらいいたら、一匹くらい降ってきそうな気がするんだが……、と万千湖はペンギンを見上げる。
だが、もちろん、降りそそいではこなかったので、お土産物屋でオウサマペンギンのぬいぐるみを見ていると、駿佑がひとつ買ってくれた。
「ありがとうございますっ。
お礼に私も課長になにか」
「いや、いい」
いえ、それでは気がすみませんのでっ、と言うと、
「じゃあ、ペンギンの小さいのを」
と駿佑は言ってきた。
「同じサイズのでよくないですか?」
万千湖はずらりと並ぶ、いろんな種類とサイズのペンギンを見ながら言った。
「いや、小さい方が可愛いから」
遠慮なのか、ほんとうに小さい方がいいのか、わからなかったが。
駿佑が小さいペンギンを手にレジに行ってしまったので、万千湖は、そのイワトビペンギンを買ってあげた。
黄色い冠羽と鋭い目つきが怖可愛いぬいぐるみだ。
イルカのショーを待ちながら、万千湖は膝に可愛いオウサマペンギンをのせ、名前で迷う。
「課長に買ってもらったから、名前は『カチョウ』にします」
「だったら、俺はこいつをシラユキにしないといけないじゃないか」
いや、別にいけないわけではないですが……と万千湖は駿佑の手にあるドスの効いた目つきのイワトビペンギン、シラユキを見る。
「そういえば、デートいつにします?」
「いつにするかな」
イルカのプールを囲む観客席は、ちょうどよい日差しとプール側から吹きつけてくる冷たい風でいい感じだ。
……ちょっぴり生臭いが。
ショーがそろそろはじまりそうだ。
準備をしているスタッフさんたちを見ながら、万千湖は呟く。
「何処に行きましょうかね~。
デートって、普通、何処行くんですかね?」
「レストランとか、動物園とか、映画館とか……水族館とか」
水族館……来てるな、と二人は思った。
プール近くの席を陣取っている子どもたちは水飛沫を浴びる気満々で、きゃっきゃしている。
それを微笑ましく眺めながら、万千湖は言った。
「イルカ終わったら、何処見ます?
あ、でもそういえば、私、今日、うっかり大金を持ってきてしまったので。
ウロウロするの、ちょっと怖いんですよね」
「大金?」
万千湖はそこで周囲を窺い、
「これです」
と声をひそめて、カバンの中を見せた。
そこには一枚の宝くじがあった。
「当たってるのか?」
驚いた様子で駿佑が言う。
「いえ、昨日、買ったばかりなのでわかりませんが。
昨日、一粒万倍日だったので、当たっているかもしれません」
一粒万倍日とは、わずかなものから非常に多くの利益を得る日。
宝くじを買うのに最適な日だ。
「……そうか。
大事にしろよ」
と言う駿佑の目はとても冷めていた。
……何故ですか。
当たるかもしれないじゃないですか。
そんな顔するのなら、当たっててもあげませんよ。
家の西側に黄色いものも置きましたし、掃除もしましたので。
一粒万倍日と合わせて、当たる確率三倍ですよ?
と恨みがましく思いながらも、万千湖はイルカのショーを楽しんだ。
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