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ささやかなるお見合い

夕暮れの古書店

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 そのあと、万千湖たちは、また建物の中に入り、薄暗い場所にある巨大水槽を見上げていた。

 大きなサメと小魚たちが泳いでいる。

 雄大だな~と眺めながら万千湖は言った。

「こういうのって、突然、サメが正気に戻って襲いかかってきたりしないんですかね?」

「小魚たちにか?」

「いえ、我々にですよ」

 万千湖の頭の中では、額に十字の傷のある巨大ザメがいきなり野生にかえり、分厚いアクリルガラスに何度も体当たりして、割ろうとしていた。

「……ないんじゃないか?」

「そうですか。
 よかったです」

 ふわふわ浮かぶイルカのバルーンやペンギンのお散歩バルーンを持った子どもたちが、きゃっきゃと目の前を横切っていく。

 巨大ザメの前を通るその子たちを見ながら、
「のどかですね~」
と万千湖は微笑んだが、駿佑は、

「俺はお前のせいで、全然のどかでなくなったが……」
とサメと子どもたちを交互に見ながら青ざめていた。



 たっぷり水族館を堪能したら、日が傾いてきたので、水族館にある魚を見ながら食べられるレストランで早めの夕食をとった。

 食事をしながら万千湖は今のマンション周辺の素晴らしさを語る。

「いいとこなんですよ。
 近くに回転寿司もお好み焼き屋さんも大きなスーパーもあって。

 あと、書店と古書店もあるんですよ」

「ふうん。
 古書店はいいな。

 お前を送っていくついでに覗いてみようかな」

「昔ながらの学生街の古本屋さんみたいなところで、売れない作家さんとか売れない書生とか現れそうな雰囲気なんです」

「書生はなにも売れなくてもいいだろ……」

 雰囲気です、と万千湖は言った。



 夕暮れの光に染まる街を万千湖は駿佑の車で古書店に向かっていた。

「駐車場が狭いんですよね、あそこ。
 二、三台しか止められないんで、この間も……」
と万千湖が言いかけたとき、いきなり前の車がスピードをガクンと落とし、遅れてウインカーを出してきた。

 急に曲がることにしたようだ。

 駿佑が慌てて急ブレーキを踏むと、後部座席からペンギンの入った大きな白い紙袋が飛んできた。

 フロントガラスに激突し、駿佑の膝の上に転がり落ちる。

「カチョーッ!」
と万千湖は悲鳴を上げて、ペンギン入りの紙袋を拾い上げた。

「その名で呼ぶのやめろ……」
と言った駿佑の視界に、黄色い冠羽が入ったようだ。

「っていうか、それ、シラユキだろ」

 あ、ほんとだ、と万千湖は中を確かめたあとで、カチョウが心配になる。

「カチョウは……」

 振り返ると、シラユキより大きなカチョウは倒れた紙袋から飛び出して、後部座席の下に落ちていた。

 サイズ的に、後部座席の足元にぴったりはまっているカチョウは、つぶらな瞳でこちらを見ている。

「カチョウ、しっかりしてください」
と万千湖は手を伸ばしてカチョウを拾い、汚れを落とすように軽くはたいてやった。



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