OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ

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ささやかなる弁当

勝負の結果は――

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「99.862……」

 歌い終わって一礼した駿佑の後ろの画面を見て、雁夜がその点数を読み上げる。

 なにっ? と駿佑が振り返り、点数を見た。

「満点じゃないのかっ」

「いや、どんな自信ですか……。
 でもまあ、確かに正確でびっくりしました」
と万千湖が言うと、

「そうだな。
 この曲、歌ったことはなかったんだが。

 このところ、ずっと聴いていたので、リズムが完璧に頭に刻み込まれていたようだ」
と駿佑は言う。

 いや、聴いてたんですか?
 何故……と不思議がる万千湖の前で、立ち上がった雁夜が駿佑の肩を叩いた。

「……お前の勝ちだな、駿佑」
「ありがとう、雁夜」

 そう礼を言いながらも駿佑は、
「だが、もう一回歌っていいか?
 満点でなかったのが気に入らない」
と言い出す。

「いいよ。
 僕ももう一回歌い直したい」

 二人は二度目の『涙のショコラティエ』を歌い出した。

「点が下がったぞっ」
「僕は上がったよっ」

「もう一勝負だっ」
「今度は『商店街サバイバル』はどう?」

 いや、さすがに、課長、そんなマニアックな歌はよく知らないかと……。

「いいな。
 あの曲、『その駄菓子屋の前を曲がると魚屋~♪』のところが一番難しい気がしないか?」

 そこ、一番上手いユカちゃんのソロパートですね……。
 
 万千湖は盛り上がっている二人に突っ込むのはやめ、フロントに電話する。

「すみませーん。
 特盛フライドポテトと巨大パフェ追加で~」

 もうすることないから、食欲に走ろう。

 ……勝ったり負けたりしているようだが。

 結局、私は、どっちと暮らすんだろうな。

 二人だけで暮らすからお前出ていけとか言われないだろうか……と彼らの盛り上がりように不安になりながら、楽しげな男たちを眺めていた。



 勝負は終わり、負けたから、と雁夜がカラオケ代をおごってくれた。

 いや、もっとも負けたのは私なんですけど……と万千湖は思っていたが、

「いや、目の前でマチカのライブが見られて楽しかったよ。
 ありがとう、白雪さん」
とまた握手される。

「家、できたら見に行きたいな」

 雁夜が駐車場でそんな話をすると、駿佑が、

「招待するよ。
 でも、その前に見学会があるから来いよ」
と言っていた。

 雁夜を見送ったあと、駿佑の車で送られながら、万千湖は誓った。

「私、もっと歌、頑張りますっ」

「……OLになったのにか」

「このまま皆さんに負けっぱなしでは、ファンの皆様に申し訳が立ちませんし」

「いや、所詮、あれ、機械の判定だからな。
 もちろん、お前の方が上手いし、聴衆を惹きつけるものがあるんだろう」

 毎日、万千湖の歌う動画を見ている駿佑が言うのだから間違いはなかったのだが。

 万千湖はそこのところは知らなかった。

 祈るように手を合わせ、万千湖は言う。

「頑張れば、いつか、お二人より上手くなれると信じています。

  Believe in yourself.
  自分を信じて、と日記帳も言っています」

「……誰が言ってるって?」

「私のあの日記帳です。
 日々、やり遂げたことを書いている」

「……お前が日々、なにをやり遂げているのか怖いんだが」
と呟く駿佑に、

「あの表紙にそう書いてありますよ」
と言うと、日記帳を見たことがある駿佑は、ああ、と言う。

「Diaryの文字の下に小さくな。
 デザインを配置よく整えるのに、ちょうどいい長さの文字を置いてみました、みたいな、あれな」

「……いや、そうかもしれないんですけど」

 いい言葉ではないですか、と万千湖は言った。

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