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ささやかなる弁当

お待ちくださいっ

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 待ってください。

 だったら、私も広い部屋がいい、と思った万千湖は、

「はい」
と手を上げた。

「私も参戦してもいいですか」

 いや、何故っ!?
という顔で二人は見るが、

 いやいや、そもそも、こっちが何故ですよっ、と思っていた。

「私が勝ったら、私はひとりで住みます。
 課長と課長が一緒に住んでください」
と万千湖は宣言する。

 安江が、
「やだっ、写真撮ってきてっ。
 今度、家、招待してっ」
と狂喜する姿が頭に浮かんだ。

「意味がわからないがっ?」
と駿佑は言ったが、雁夜は、

「……まあ、それもいいかもね。
 マチカの歌も聴きたいしね」
と言ってくれた。

「それでこいつが勝ったら、俺とお前が暮らすのかっ。
 意味がわからないっ」

 そう駿佑はわめいていたが、雁夜はわめかなかった。

 万千湖が勝つことなどないのをわかっていたからだろう。

「じゃあ、レディファーストだよ、マチカ」
と雁夜にマイクを渡される。

 『涙のショコラティエ』

 初恋のイケメンショコラティエに、やさしくフラれてしまう女の子の甘く切ない恋心が女の子たちの共感を呼んだ。

 そんな……

 商店街の和菓子屋のおじさんが作った曲。

 いや、歌詞だけで、曲は有名な作曲家なんだが……。

 万千湖は今回はフリもつけて熱唱してみた。

「96.221点。
 すごいっ。

 前回より上がってるよ、マチカッ」

 雁夜が喜び、手を叩いてくれる。

「あ、ありがとうございますっ」

 次はジャンケンで勝った雁夜だった。

 安定の歌い出しで、後半に行っても音もブレない。

「98.731。
 『マイスター』より下がってしまったな。

 駿佑」

 ああ、と駿佑が雁夜に渡されたマイクを受け取った。

 そういえば、そもそも、課長はこの曲ご存知なんでしょうかね?

 この間、カラオケで聴いただけなんじゃ……と万千湖は思っていたが。

 立ち上がり、マイクを手にした駿佑は、第九を歌ったときのように、すっと背筋を伸ばした。

 一回り大きくなったように見える。

「まずいな……」

 向かいのソファに座る雁夜が呟いた。

「駿佑の歌い方、正統派だから、点が出やすいかもしれない」

 いやでも、第九は何度も練習されてたんでしょうけど。
 課長が『涙のショコラティエ』を練習してるとも思えないし。

 そもそも、ちゃんと曲を知っているのかさえ……。

 前奏が終わり、駿佑は歌い出した。

 わずかに上下する首の動きにより、彼が正確にリズムを刻んでいることがわかる。

 っていうか、目を閉じてますが、歌詞覚えてるんですかっ?

 いや、それ以前に、

 ……これ……なんの曲でしたっけね?
という感じに、駿佑は『涙のショコラティエ』を荘厳に歌い上げた。

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