OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ

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ささやかなる見学会

私は嫁ではありません

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 夕食は美雪の手作りの煮物や吸い物の他に、寿司も取ってあった。

 万千湖は寿司を見ていて、ふと思い出し、回転寿司のお湯が出てくる蛇口が欲しい話を語る。

「そうね。
 家にあったらいいわよね、回転寿司の蛇口。

 今、欲しいわ~。
 お茶なくなったし~」
と美雪が言うだけで、駿佑の父は、のそりと立ち上がり、急須のお茶を淹れ直してきた。

「あら、ありがとう」

 振り向かずに美雪は言い、
「マチカさんも、お茶どう?」
と万千湖にも注いでくれる。

 ありがとうございます、と万千湖は、また、のそりと腰を下ろした駿佑の父と、美雪に礼を言った。

 ……このご主人がいらっしゃれば、回転寿司の蛇口はいらない気がするのですが、と思いながら。

 それにしても、なんという気の利くご主人!

 課長も結婚したら、こんな風になるのでしょうか。

 ……いや、気は利きそうだけど。

 一言二言を、毒を吐きながら動きそうだ、と想像して笑ってしまう。

「それにしても、その指輪。
 可愛いわね。

 マチカさんが選んだの?」

 美雪に問われ、はい、と頷くと、

「ほんとマチカさんとは趣味が合うわ。
 指輪もラーメン屋の冷水機も、回転寿司の蛇口も。

 まあ、嫁と姑は似てるっていうものね」

 あの、美雪さん。
 私は嫁ではありません……と思いながらも。

 こんなによくしていただいている今、嫁ではない、とは言いづらい。

 そう悩む万千湖に、美雪が言った。

「つまり、私もアイドルになれる素質があったってことよね」

「えっ?」

「だって、マチカさんと私、似てるんでしょう?
 だったら、私にもアイドルになれる素質があったってことじゃない」

「その結論にたどり着きたかったのか……」

 駿佑が呆れたように母に言い、駿佑の父も弟も笑っていた。


「嫁姑、まあ、似てるとは言うわよね」
 
 月曜の昼休み。
 自動販売機の前でたむろっているとき、金曜日の話をすると、瑠美がそう言った。

「息子が大好きな姑と夫が大好きな嫁。
 もともと好みの傾向が似てるわけだしね。

 なのに、なんで、何処の嫁姑も揉めるのかしらね?」

「性格が似てるからじゃないの?」
と安江が言う。

「じゃあ、夫が好みじゃない場合は、揉めないことになりますよね」
と万千湖が言うと、

「……それで、嫁姑の仲が上手くいくとしても、好みじゃない夫とは結婚したくないわ」
と瑠美がもっともなことを言う。

「でもまあ、私と課長のお母さんは別に嫁姑ではないんですけど」

「いや、あんたそれ、いつまで言ってんの?
 あんたの人生、課長と結婚する以外の道はない気がするけど?

 小鳥遊課長になにか不満でもあるの?」

 そう瑠美は言うが。

 いやいや、そんな恐れ多い。
 私ごときでは、課長とは釣り合わないと思ってるだけですよ、
と考えたあとで、ふと思った。

 そういえば、モデルハウスが当たったとき、他の人とだったら、家買っていただろうかと。

 例えば、雁夜課長だったら……。

 普通にルームシェアして規則を守って暮らしてくれそうだ。

 瑠美さんだったら。

 わあわあ、いろんなことで騒いだり、文句言ったりしそうだけど。
 それはそれで、楽しそうだな。

 安江さんだったら。

 ……楽しそうだけど。
 オタクの道に染められそうだな。

 どの人とでも悪くない気はしたが。

 そのとき何故か、スタッズチョーカーをつけた駿佑とあの山道を散歩する自分の姿が頭に浮かんだ。

 やっぱり、課長とが、一番、ほっとできて楽しそうだな、と万千湖は思う。

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