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ささやかなる同居
それぞれの部屋に入ったりしないようにしよう
しおりを挟むそのあと、駿佑とリビングでシャンパンを呑んだのだが。
シャンパンを呑み終わり、日本酒に突入したところで、いきなり駿佑が立ち上がった。
「よしっ。
酔ってきたな、寝よう」
えっ?
もうですか?
酒宴ははじまったばかりですよっ、と思う万千湖を見下ろし、
「深酒はよくないからな」
と駿佑は言う。
「……健康的ですね」
そして、酔ってきたというわりには、まだあまり酔っていないように見えるのですが、何故ですか、とまだまだ呑み足らないグラスを持ったまま、万千湖は座っていた。
さっさと片付け始めた駿佑が顔を上げて言う。
「そうだ。
節約のためにも、ご飯は交代で作ろうって話になったが。
それ以外は自分の時間を大事にすることにして。
みだりにそれぞれの部屋には入らないようにしよう」
「あ、そ、そうですね」
改めて言われると、ちょっと寂しいが。
まあ、そもそも、課長の部屋のドアをいきなり開ける度胸なんてないしな、と思ったとき、駿佑が言った。
「じゃあ、俺は自分の家に戻るが。
……絶対にこっちを覗くなよ」
いやあなた、鶴かなにかですか……。
「おやすみ」
と自分の家のドアを開けた駿佑だったが、足を止め、振り返る。
「絶対にこっちを覗くなよ」
これって押すな押すなだろうかな……とちょっと思ってしまった。
いや、訪ねて行く度胸なんて、ほんとにないのだが……。
鈴加たちとお昼を食べたあと、リラクゼーションルームでみんなとダラダラしていた万千湖の許に瑠美がやってきた。
「どう? ラブラブ同居生活。
……なに読んでんの?」
瑠美は万千湖の手にある雑誌を見る。
「収納の特集です。
本棚を美しく見せるには、本をいっぱいに入れないことって、どういうことなんですかね……?」
本棚なのにっ!?
と叫ぶ万千湖の前にある赤い椅子に座り、瑠美が言う。
「なに読んでのよ。
そんなものより、結婚に関する特集とか読みなさいよ。
式とかドレスとか新婚旅行とか、どうすんの?
参考にしたいんだから、いいのにしなさいよ」
「だから、私と課長はそんなんじゃ……」
と言いかけた万千湖の左手をつかみ、サイドテーブルに叩きつけ、瑠美は言う。
「こんな立派な指輪もらって、なに言ってんのよっ。
確かにあんたに課長はもったいない感じがするけど。
なんだかんだでお似合いよっ。
ぼーっとしてる間に、誰かに持ってかれちゃったらどうすんのっ?
気がついたら、訳わかんない女が課長と一緒に、あんたの隣に住んでるかもしれないわよっ」
そういえば、夢を見たな、と万千湖は思い出す。
夢の中、駿佑の孫や子が庭のブランコや滑り台で遊んでいた。
自分はそれを自分の家のリビングから、ぼんやり眺めている。
駿佑の奥さんは出てこなかったが、今にも、あなた~とか言いながら、向こうの家から出て来そうで、うなされた。
万千湖は、その夢の話を瑠美にした。
「なんか嫌だったんですよね。
なんででしょうね?
課長の家族が庭先を占拠して、自分が隅に追いやられてるみたいに感じたからですかね?
私、実は、あの家を独占したいんでしょうか?
それか、庭の遊具を独占したいとか?」
「ブランコ独占したいとか、あんた幼児?
ってか、課長の孫や子に庭独占されても、普段のあんたなら、微笑ましく眺めてるでしょうよ」
そうじゃないでしょ、と瑠美が言う。
「あんたが独占したいのは、庭でもブランコでもなくて。
課長と、課長と一緒にいる時間でしょ」
……ちょっとなんだか目からウロコだった。
そうなのでしょうかね……?
「ちょっと頑固だったり、融通が利かなかったりすることもあるかもしれないけど。
なんだかんだで、いい旦那さんになりそうじゃない、課長」
「そういえば、今朝、課長が朝ごはん作ってくれたんですけど」
「えっ?
いいじゃん、いいじゃんっ、それっ」
瑠美の声が大きいので、リラクゼーションルームによく響く。
そのせいか、みんな二人の話をさりげなく聞いていたようだった。
こちらを振り向き、
……この子、課長に朝ごはん作らせてるのか、という顔をする。
「リビングに行ってみたら、おむすびとかウインナーとかラップに包んであったんです。
お前、どうせ遅れるだろうから、包んでおいた。
持って車に乗れって言われて」
「なんていい旦那様なのっ?」
と瑠美の声が更に高くなる。
「あんたに勧めながらも。
几帳面そうだし。
一緒に暮らしたら、ちょっとめんどくさそうな人だな、とか内心思ってたんだけど、やっぱりいいじゃん課長っ」
……そんなこと思ってたんですか? と思う万千湖の前で、瑠美は決意し、立ち上がる。
「私も顔にばっかりこだわらずに、そんな旦那様を探すわっ」
そういう言い方されると、課長がイケメンじゃないみたいではないですか。
課長、めちゃくちゃ格好いいですよ?
私的には、今まで会った人の中で、一番好みかもなんですが。
「決めたっ。
お料理作ってくれて、お洗濯もしてくれて。
朝、お洋服を選んでくれて、起こしてくれて。
ヘアメイクもしてくれて、会社まで車で乗せてきてくれる人を探すことにするわっ」
「その方は執事かなにかではないですかね……?」
と万千湖が呟き、通りかかった綿貫が、
「瑠美ちゃん、家政婦さん雇ったら?」
と言って、苦笑いしていた。
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