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ささやかなる同居

拉致監禁?

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 その頃、駿佑たちはロビーの自動販売機前にいた。

 珈琲が出来上がるまでの間、スマホをいじっている雁夜に、
「なにしてんだ?」
と駿佑は訊く。

 雁夜は笑顔で言ってきた。

「マチカのオフィシャルグッズを競り落としてるんだよ」

 今か……と思いながら、駿佑は飲みかけの珈琲を口にする。

「あーあ、引退前にもっと応援しておけばよかったな~。
 引退してから、こじらせちゃってるよ」

 そうぼやきながら雁夜は出来上がった珈琲を取ったあとで、

「駿佑と別れて再デビューしてくれないかな」
とぼそりと呟く。

 ……別れてって。
 そもそも付き合ってもないんだが、と思いながらも黙っていると、

「でも、変な感じじゃない?」
と雁夜が言ってくる。

「自分の彼女のオフィシャルグッズがあるとか」

 彼女ではないし、付き合ってもない。

 だが、今、あいつがフラッと向こうからやってきて、俺より雁夜の方に先に微笑みかけたり。

 薬指に俺のやった指輪をはめてなかったりしたら。

 ……ちょっと腹立てて、拉致監禁とかしたくなるな。

 拉致監禁……。

 こういう場合、何処に?

 自分の家か。

 白雪の家と隣じゃないか。

 じゃ、白雪の家に鍵かけたんでいいじゃないか。

 万千湖を万千湖の住居スペースに監禁してみた。

 リビングには万千湖とまつぼっくり。

 ……と笑いながら、窓に激突してくる鳥。

 万千湖がヒマを持て余して、しゅんとしている。

 そんな万千湖に向かい、窓際にいる鳥が、何度もお辞儀をしている。

 あの鳥は激突してくるだけでなく。

 あちこちでお辞儀をしていることに、今朝、気がついたのだ。

 することがなく、鳥と目が合うたび、ただ頭を下げ返している万千湖が哀れになり。

 そっと、タブレットを差し入れようとした。

 ……いや、タブレットだと外部と連絡とりそうだな。

 最近のテレビも駄目だ。

 ネットにつながるから。

 お正月にみんなで遊んだ百人一首を差し入れてみる。

 ……ひとりでどうすんだ。

 お正月にみんなで遊んだ花札を差し入れてみる。

 ……だから、ひとりでどうすんだ。

 万千湖がお腹を空かせた。

 ご飯を差し入れてみる。

 美味しそうに食べている。

 満腹になったのか、ソファで寝ている。

 監禁というか……。

 ……ただダラダラさせて、くつろがせているような。

 欠伸をしながら起きてきた万千湖がまた暇そうにする。

 窓にはまだ、笑いながら、激突してきたり、お辞儀をしている鳥――。

「なに考えてんの? 駿佑」

「いや、ふいに白雪に腹が立って。
 頭の中で拉致監禁してみたんだが。

 白雪がずっと暇そうにしているから、なにを差し入れたらいいのかなと思って」

「なんで暇そうなの?
 なんで監禁されて余裕な感じなの?

 っていうか、好きな子監禁してるのに、そこに駿佑はいないの?」

 ほんとうだ……。

 なんで俺はドアの向こうから白雪を窺ってるんだ。

 白雪を好きかもしれないと思いはじめてはいるが。

 こんな積極的でないうえに、要領が悪くては、なにも進展しないのでは……?
と不安になる。

 駿佑の頭の中で、なにも進展しないまま歳をとり、ぽかぽかとした縁側にふたり並んで、なにもない庭を眺めていた。

 ただ、万千湖の指にあの指輪が光っているのが唯一の救いか。

 どうして、俺は私生活では不器用なんだ、と思う駿佑に、雁夜が、

「ほんとはアドバイスするのもちょっと癪なんだけど。
 どうせ、マチカは僕なんかの手には負えない気がするからさ。

 ねえ、駿佑。
 恋愛も仕事のように考えてやってみたら?

 ほら、マチカとの結婚をゴールに据えて、いつもみたいに計画的に」
と言ってくれる。

「……ありがとう、雁夜」

 そう感謝しながらも、駿佑はひとつ訂正する。

「だが、ゴールは結婚じゃない方がいいな。
 俺はあいつとずっと一緒にあそこで暮らしたい。

 ブランコに白雪が後頭部を小突かれても」

 何故?
 っていうか、ブランコあったっけ? という顔を雁夜がする。

「滑り台に白雪が宙吊りになっても」

 何故?
 っていうか、滑り台あったっけ? という顔を雁夜がする。

「白雪と俺と……ずっとあそこで暮らしたい」

「駿佑……。
 ちょっと話がわからないところもあるけど。

 やっぱりマチカはお前に任せたのでよかった」

 そう雁夜は言ってくれたが。

 白雪と俺と……の間に、ちょっと間があったのは、駿佑の頭にいろいろと浮かんでいたからだ。

 白雪と俺とまつぼっくりと、ずっとあそこで……

 待て。
 なんで、まつぼっくりが浮かぶ。

 刷り込みだ、恐ろしい、と駿佑は思った。

 白雪と俺と近所の人たちと、狸とずっと……

 待て。
 近所の人たちはともかく、狸はあいつの妄想だろう。

 駿佑はふたたび、未来の設定をし直す。

 近所の人たちと狸と激突する鳥とあそこで……

 待て。
 白雪何処行ったっ!?

 あの場所、インパクトのある物が多すぎるっ、と駿佑は苦悩していた。


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