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ささやかなる同居
六万円の車
しおりを挟む夜、駿佑と家に帰った万千湖は一緒に万千湖の家のキッチンに立っていた。
交代で夕食を作ろうという話になっていたが。
帰りは駿佑の車なので。
どちらかが先に帰って食事の支度、という感じには、今のところ、なりそうになかった。
ただ、交代でそれぞれの家のキッチンを使うだけ、という感じだ。
でも、結局、ほとんど課長が作ってるよね~。
手際良く料理する駿佑の側で、万千湖は言われた通り、レンコンを切りながら思う。
いよいよ、私も車を買うときが来ただろうか。
ぎこちない手つきで包丁を使いながら、万千湖は宣言してみた。
「私、車買おうかと思います」
「車? なにするんだ?」
今度はニンジンを渡しながら駿佑が訊いてくる。
「会社の行き帰りに使おうかと思って」
「……別々の車で行きたいのか」
「いえ、たまには私が課長を乗せていって差し上げたいので」
と万千湖が笑ったが、駿佑は素っ気なく言ってくる。
「余計なお世話だ。
お前、別に運転得意じゃないんだろう」
が、さっきより、雰囲気が柔らかくなった気がした。
「俺は別に運転は苦ではない。
遠慮するな。
それにお前、金ないだろう、今」
「大丈夫ですっ。
六万くらいならなんとかなりますっ。
まだ売ってますかね? あの六万円の車っ」
と笑顔で言って。
「……いや、ほんとうに遠慮するな。
何日くらい走れるんだ? その車」
と言われてしまった。
万千湖の家のリビングで万千湖たちは食事をした。
「それで瑠美さんがお料理作ってくれて、お洗濯もしてくれて。
朝、お洋服を選んでくれて、起こしてくれて。
ヘアメイクもしてくれて、会社まで車で乗せてきてくれる人と結婚したいって言うんです」
美味しいレンコンのきんぴらを食べながら、万千湖は、綿貫が、家政婦さん雇ったらと言ったという話をする。
すると、駿佑は、
「それは家政婦だけじゃ駄目だろ」
と言う。
「ヘアメイクアップアーティストとスタイリストとドライバーも必要だろ?」
そうですよね、はははは、と万千湖は笑い、食べていたが。
駿佑の口数は少なかった。
課長、楽しくないのかな?
お疲れかな?
と万千湖が思ったとき、特に人も通らないので、カーテン開けっ放しの暗い窓の外を見ながら駿佑が言った。
「ジョウビタキ」
「は?」
「あの、やたら激突してきたり、お辞儀してくる鳥、ジョウビタキって言うんだそうだ」
「そうなんですか」
駿佑は窓の外を見て、
「……ジョウビタキ」
と呟く。
いや、今、いませんけどね、と思ったとき、駿佑がこちらを見た。
黙っている。
今度は、万千湖の後ろを見て言った。
「カチョウ」
万千湖は振り返る。
小さな暖炉の上にペンギンのカチョウがのっていた。
……火がついたら、焼き鳥になりそうだ、と思う万千湖を駿佑がまた見た。
駿佑は沈黙している。
目が合うと、駿佑は言った。
「……美味いか?」
「は、はい……」
なんでしょう、この緊迫感。
美味いか?
だが、少しは自分で作れよ? とか?
怒ってますか?
もしかして。
私があまりにもなにもできないので……。
「あ、明日は私、お料理頑張りますねっ」
そう前のめりに言ってみたが、
「……頑張らなくていい……」
と駿佑は前後に妙な間を持たせて言う。
また沈黙した。
なんなんだろうな? と思う万千湖は、駿佑が雁夜に、
「とりあえずさ。
マチカとの距離を縮めるために、名前で呼んでみたらどうかな?」
と言われていたのを知らなかった。
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