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ささやかなる同居
そんなこんなでなんとなく……
しおりを挟む節約すると言いながら、ランチに行ってしまうの何故なんだろうな。
引っ越してから冷凍食品弁当もまだ作ってないし、と思いながら、瑠美たちとロビーまで戻ってきた万千湖はエレベーターのところで駿佑と出くわした。
何故か、青ざめている雁夜と不安げな綿貫を連れている。
「あ、課長っ。
お疲れ様ですっ」
と万千湖は苦笑いしながら挨拶した。
また外に食べに行ってたのか、と言われそうな気がしたからだ。
「課長、さっき、中古車センターの前を通ったんですけど。
六万円の車はなくなって、八万円のが入ってましたよ。
六万円のよりは、ちょっと大丈夫な感じですかね?」
「……どの辺が大丈夫なんだ」
と呟いたあとで、駿佑が言う。
「白雪、その車は買うな。
もうすぐ保険会社の島谷さんが来る」
「え? はい」
「白雪……
ま」
ま?
「……ま、
結婚してくれ」
といきなり駿佑に手を握られた。
『ま』が気になって、結婚してくれも、手を握られたことも頭に入ってきませんっ、と思いながらも、万千湖は訊き返す。
「……何故ですか?」
結婚してくれに、何故ですか? はおかしいな、と思いながらも、言ってしまっていた。
あまりにも唐突すぎたからだ。
「もうすぐ、島谷さんが来るんだ。
結婚してくれ」
だから、島谷さん、誰なんですかっ!?
お会いしたことないんですけどっ?
何故、その人が我々の運命を握ってるんですかっ。
「……お前と見合いで出会って。
部長の顔を立てるため、三回、デートして別れようと誓って。
でも、鉄板焼きの店や、回転寿司や古書店に行きながら。
どれもデートにカウントしたくないと思うようになっていた。
たぶん、お前との関係を終わりにしたくなかったからだ。
……三回なんて、ほんとは、もうとうの昔に過ぎてるよな。
俺にはもう、お前とデートする義務も権利もない。
でも……、俺は今も、お前とデートしたいかなと思ってる」
課長……。
「家に帰れば、お前はいるし。
結婚したら、家族になるが。
一緒に家を建てても。
一緒に住んでも。
結婚しても。
年をとっても。
俺はずっと、お前とデートしたいかなと思う。
三回じゃ足りない」
……課長。
我々、なんか途中、順番逆ですよね、と思いながらも、万千湖は駿佑に手を取られたまま、涙ぐんでいた。
そして、周りもざわめいていた。
瑠美が、あの課長がこんなことを言うなんてっ、という顔をする。
安江が、あの課長がこんなとこを言うなんてっ、という顔をする。
鈴加が、あの課長が……っ。
……待て、何故、全員聞いている、と思ったが、ロビーなので仕方がなかった。
ちょうど昼休みが終わり、戻ってきた人々が、口々に呟いている。
「あの課長があんなこと言うんだ?」
「やばい。
結婚したくなってきた……」
「やばい。
仲人したくなってきた……」
「年とってもデートしたい、かあ」
わかるわあ、と瑠美がうっとりと呟く。
万千湖の手を握った駿佑が万千湖を見つめ、言ってくる。
「今の家が古くなったら、今度こそ――
寿司屋の蛇口のついた家を建てよう」
「課長……」
「……そこは、わからないわあ」
と瑠美が呟いていた。
「ま……
白雪」
だから、『ま』はなんなのですか。
「俺は……お前のファンじゃないが。
お前と幸せになってもいいか」
課長……。
「ずっとお前の日記に登場していたい。
お前と近くなりすぎて、空気のような存在になってしまっても。
お前の日記の片隅にでも。
一週間に一度でも。
俺の名前が出てくるなら、俺は幸せだ」
なんですか、その突然のマイナス思考……。
「俺はずっとあの家でお前と暮らしたい。
……激突する鳥や狸より、お前と暮らしたい」
私はいつから、激突する鳥や狸と課長と暮らす権利を争っていたのでしょう、と思いながらも、万千湖は言った。
「ありがとうございます、課長っ。
大好きです。
夢のようです。
信じられません。
宝くじ三千円当たったときよりも、家が当たったときよりも」
いやそりゃ、三千円よりは上でしょうよ、という顔を瑠美が横でしていた。
「きっと、あの七福神様が課長を連れてきてくださったんですっ」
いやそれ、買ったの課長では?
という顔を安江がしていたが、やはり、突っ込んではこなかった。
「嬉しいですっ。
ちょうど課長が好きかな、と思ったときに、プロポーズされるとか」
と万千湖は涙ぐんだが、
「……ちょうど好きかな、と思ったときに、とか軽いな」
と今プロポーズしてくれたはずの相手にディスられる。
「じゃあ、課長はいつから私と結婚しようと思ってたんですか?
やけに唐突でしたが」
と万千湖が問うと、駿佑は入り口から入ってくる保険のおばちゃんらしき人を見ながら言った。
「さっきだ」
「さっき?」
「自動車保険の契約更新の紙を見たとき」
「どっちもどっちだよね」
と綿貫が苦笑していた。
そんなこんなで、なんとなく結婚することになったのだが。
まったく恋人らしくない、緊張状態はそのままだった――。
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