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ささやかなる結婚
沈黙する万千湖
しおりを挟むふふ、と微笑んだ万千湖をまた、なに考えてんだ、こいつは……という目で駿佑は見ていた。
トゲトゲ指輪について考察している万千湖の前で、駿佑が悩んでいたのは席順のことではなかった。
……もう式はすぐそこまで迫っているのに。
そういえば、キスもしていないっ、と気がついたからだった。
駿佑は、ぼんやり考え事をしたり、突然、青ざめたり、ホッとしたりしている不思議な万千湖を眺めながら思う。
こいつが自分からロマンティックな雰囲気を作ってくることは、まず、ないな。
俺が作らねばならないのだろうが、もちろん、そんなものは作れない。
……どうしたらいいんだろうな?
俺たちはもう、保険会社も認めた、『お互い婚姻の意思を持ち、同居している、社会的には夫婦と認識されている二人』なのにっ。
結婚前から万千湖が駿佑の車に乗るために、同居人として申請したら。
同居している内縁の妻、ということで認められたのだ。
しかし、いい雰囲気か。
昔読んだ少年漫画だと、浴衣着て二人で夏祭りに行ったり。
……今、冬だな。
着物着て、初詣に行ったり。
行ったが、みんなで行ったから、なにもいい雰囲気にはならなかったな。
花火を見たり。
今、何処で打ち上がってるんだ?
あと、お化け屋敷に行ったり。
何処にあるんだろうな、お化け屋敷……。
そもそもいい大人なのに、少年漫画を参考にしているところに問題があったのだが――。
沈黙している自分を万千湖が見ている。
「……寝る前にB級ホラーでも見るか」
「何故ですか……?」
唐突な申し出に万千湖がそう訊き返してくる。
ふたりは共有リビングで別々のソファに座り、B級ホラーを見ていた。
厳選した評判のB級ホラーだ。
……厳選してしまったので、ほんとうに物凄くB級なのだが。
っていうか、俺たちは何故、離れて座っているんだ。
それぞれが陸の孤島にいて、膝を抱えて見つめ合っている感じだ。
すでに、なにもいい雰囲気になりそうにない雰囲気が漂っている。
向こうの孤島から、万千湖が言ってきた。
「……何故突然、隣人が訪ねてきて、玄関先で不思議なダンスを踊り出すんですか?」
それがB級ホラーだ、白雪。
「あっ、せっかく怖い感じにクネクネしてるのに。
いきなり、扉閉められましたよっ」
お前、何故、いきなり、被害者じゃなくて、敵側の視点になった?
どっちに共感してるんだ、と思う。
外を誰も通らないので、いつも夜でもカーテンを開けている。
ちょうど向かいの山の上に月が見えたりして、綺麗だからだ。
ホラーを見るのにも開放的な方がいいかと思ったのだが。
田舎の夜の闇は深い。
外が真っ暗すぎて。
今にも謎の隣人が踊りながら暗闇から現れそうだ。
いや、ここの隣人、車を使わねば来られない場所にしかいないのだが……。
つい、画面じゃなく、窓の向こうの暗闇を見つめてしまった駿佑は、脳内の怖い映像を変換しようとして。
カマキリバイクでやってきた田中洋平が、ブリを手に踊りながらやってくるところを想像してみた。
……すみません、田中さん。
しかも、田中洋平はご近所さんでもない。
おじいさんがご近所さんなだけだからだ。
次に黒い窓の外からの連想か。
黒いコートのポケットに手を突っ込んだ黒岩が暗闇から現れる幻を見た。
漂う雰囲気から死神のようにも見える。
黒岩と目が合ったと思った瞬間。
黒岩はこちらを見据え、一直線にやってきた。
B級ホラーより怖いっ、と違うことで怯えているうちに、映画はよくわからないまま終わっていた。
まあ、B級ホラーだからな、と万千湖を見ると、万千湖は笑いながら、
「面白かったですね」
と言ってくる。
気持ち悪い映像などもあったが、全体的にツッコミどころが多く、面白かったらしい。
……B級ホラーを選んだのは失敗だったか。
ほんとうのホラーだとこっちも怖がってしまって、いい雰囲気にならないかもと思ったのだが。
「もう寝ましょうか」
と万千湖が立ち上がる。
「……そうだな」
と言いながら、二人で共有リビングをきっちり片付ける。
自堕落な万千湖だが、新しい家が嬉しいからか、自分がちゃんと片付けろと脅したからか。
今のところ、積極的に共有スペースは片付けてくれている。
……っていうか、今夜もこれで終わりか?
なんの進展もなかったじゃないかっ。
そう思った駿佑は、自分の住まいのドアに手をかけ、軽く咳払いしていってみた。
「この間、絶対にこっちを覗くなと言ったが。
もうけ……」
もう結婚も決まったことだし、訪ねてきてもいいんだぞ、なんて言うと、
夜這いに来いと言ってるみたいだな、と気づく。
「……け、見学に来てもいいんだぞ?」
「引越しのとき見ましたよ、課長の部屋」
「……そうか。
でも、来てもいいんだぞ」
駿佑は頑なにそう繰り返したが、万千湖は沈黙している。
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