ケダモノ、148円ナリ

菱沼あゆ

文字の大きさ
56 / 73
ケダモノが膝を抱えています

往生際悪いわね

しおりを挟む
 
「本当に朝ご飯、食べていかなくていいの?」

 鏡花が欠伸をしながらお見送りをしてくれた。

「いや、間に合わなくなるから。
 明日実、お前はまだ、ゆっくりしてってもいいんだぞ」

 外はまだ暗い。
 貴継は明日実を見下ろし、そう言ってくる。

「いえ。
 お見送りしたいので」
と言うと、そうか、と言う貴継はちょっと嬉しそうだった。

 では、お邪魔しました、と明日実が頭を下げ、玄関を出ようとすると、
「ちょっと」
と鏡花に腕をつかまれ、引き寄せられた。

「夕べ、どうなったの?」
と小声で訊いてくる。

「え。
 どうって……」

「えーっ。
 まさか、なんにもなしっ?

 わざわざ離れた部屋にしてあげたのにっ」
と文句を言ってくる。

「全然、ケダモノじゃないじゃない、この人っ」
と指差し言う鏡花を、なんの文句を言ってるんだ、という顔をして、もう外に出ている貴継が振り返っていた。

「大事にしないさいよ、明日実。
 こんな男、滅多に居ないわよ」

「はい。

 ……って、違いますよっ。
 ほんとに~っ」

 あんたも往生際悪いわねえ、と夕べの貴継と同じことを言い、鏡花は眉をひそめていた。

 ……やっぱり似てるかもしれない、この二人。

 両方から押してこられたら、もう無理かもな、とちょっと思ってしまった。



 鏡花の家の最寄りの駅は新幹線が止まる。

 ちょうどよかったな、と思いながら、貴継は、
「じゃあな、明日実」
と在来線に乗る明日実と別れ、新幹線乗り場に行こうとした。

 だが、明日実は、とことこと後ろをついてくる。

 足を止めて振り向き、
「どうした?」
と問うと、明日実は俯きがちに、

「……いえ、ただのお見送りです」
と言う。

 少し考え、
「時間があまってるからです」
と付け足してきたが、貴継は、ふふふ、懐いて来たな、と思っていた。

 新幹線の改札近くにある、ちょっと小洒落た店で二人分のサンドイッチと飲み物を買った。

「いいです。
 自分で出します」
と明日実は言うが、

「いや、此処まで見送ってくれた礼だ」
と言うと、明日実は渡されたビニール袋をつかんだまま黙っていた。

「じゃあ、行ってくる」

 券売機で買った切符を手にそう言うと、明日実は、しばらくじっとしていたが、やがて、顔を上げ、
「あのー……。
 いってらっしゃい」
と言ってきた。

 いってらっしゃいって言うまで、どんだけかかってんだ、と苦笑しながら、
「いってきます」
と笑って、改札を抜ける。

 振り返ると、明日実はまだ立っていた。

 もう一度手を振り、エスカレーターに乗った。

 あそこで、いってらっしゃい、と言って、軽くキスでもしてきたら合格なんだがな、と思いながら。

 明日実に言ったら、
『合格ってなんですかーっ』
とキレるところだろうが。

 いや――

 キレないかな。

 もしかしたら……、今なら。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

雨の日にやさぐれお姉さんを拾ったと思ったら胃袋も心も掴んでくるスーパーお姉さんだった

九戸政景
恋愛
新人小説家の由利美音は、ある日の夜に一人の女性を拾う。太刀川凛莉と名乗る女性との共同生活が始まる中、様々な出会いを果たしながら美音は自身の過去とも向き合っていく。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

ひとつの秩序

水瀬 葵
恋愛
ずっと好きだった職場の先輩が、恋人と同棲を始めた。 その日から、南莉子の日常は少しずつ噛み合わなくなっていく。 昔からの男友達・加瀬透真は、気づけばやたら距離が近くて、優しいのか、図々しいのか、よく分からない。 好きな人が二人いるわけじゃない。 ただ、先輩には彼女がいて、友達は友達の顔をしなくなっていく。 戻れると思っていた関係が、いつの間にか戻れなくなっている。 これは、仕事も恋もちゃんとやりたいのに、だいたい空回りしている大人たちの、少し不器用なラブコメディ。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

処理中です...