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ケダモノが膝を抱えています
お前にご褒美がある
しおりを挟む「働くって大変なんですね」
昼休み社食で、明日実がそうこぼすと、
「なに?
まだ入社もしてないのに、もうそんなこと言ってんの?」
と大和に笑われた。
「あー、安田課長?」
と近くの部署の智子が苦笑いして言う。
会社に着いた安田はテキパキとなにかしていたが、すぐに奥さんから電話がかかって、連れ戻されていた。
もう知らないと言いながら、やっぱり心配してかけてくるんだな、と思って、それを眺めていたのだが。
「ああいう人たちが日本の社会を支えてるんですね」
と言うと、大和たちは笑っていた。
「ただいま、帰りましたー」
誰も居ない部屋にそう呼びかけ、明日実は明かりをつけた。
すると、カーテンを閉めたままだった部屋の暗がりのソファに貴継が座っていた。
「なっ、なんで居るんですかっ」
腰を抜かしそうになって、そう叫ぶと、貴継は立ち上がり、
「今日は直帰だったからな。
だが、いつもより早く帰れてちょうどよかった。
明日実、驚くことがあるぞ」
と言ってくるが、いや……今が一番驚いてる気がするんですが、と思っていた。
「お前にご褒美がある」
「……なんのですか?」
「いつぞや、俺のことを可愛いと言ってくれたからだ」
「えーと、すみません。
いつの話ですか?」
と言うと、
「ちょっと前だな。
今なら、可愛いと言われたくらいでは、そんなに喜ばないが」
あのときはつれないお前がそう言ってきたから、嬉しかったんだ、と言う。
……今は、ずいぶん、私のほめ言葉の価値が下がっているようだな。
もっと冷たくするべきなのだろうか、と思っていると、
「いや、可愛いと言われるのは好きじゃないんだが、お前に言われたら嬉しかった。
新発見だ」
と言った貴継が、
「明日実、来い」
と言って、明日実の両脚をつかみ、上へと持ち上げる。
「うわっ。
なんなんですかっ」
そういう不安定な抱き上げ方はやめてくださいっ、と思っていると、
「ちょっと出かける用意しろ」
と言う。
いやいやいや。
帰ってきたばかりなんで、そのまま出られますけどね、と思ったのだが、貴継が機嫌がいいので、特には逆らわないでおいた。
何処に連れていかれるのかと思ったら、地下の駐車場だった。
いつも貴継が止めているうちの駐車スペースとは違う、柱の陰の見えにくい方角に手を引いていかれる。
……幻覚が見えるんだが。
赤い車が止まっている。
いつもの貴継の車より、更に車高が低い。
「あんなところにプラモデルが」
「本物だ」
「1/1スケールのカウンタックが」
「だから本物だ」
「……ボディはレプリカで、エンジンは日産……」
「そういうのもあったが、本物だ」
近くまで行き、触ってみようとして、やめた。
カウンタック様にご無礼な感じがしたからだ。
「どっ、どうしたんですかっ、これーっ」
「買った」
「買えませんよっ。
その辺でポンポンッ」
なんせ、生産終了して随分経っている。
まあ、売っている店もあるのだが、その辺のディーラーでポンポン売っているわけではない。
「いや、実は持ってる知り合いが居たんだ」
さすがですね、と思ったが言わなかった。
「この間、海外行ったとき、カジノで派手にすって、嫁に怒られたらしくて。
金がないわけじゃないんだが、お仕置きとして、道楽で集めてるものを始末しろと言われたとか。
じゃあ、これを俺に売れと言ったら、泣いていたが、たまに貸してやるからと言って、説得した」
……可哀想じゃないですか。
「これが俺の愛情だ、明日実」
貴方を可愛いと一言褒めただけで、こんなものがやってくるのですか。
だから、そのお金でマンションでも買ったらどうですかと思ったのだが、何故だか今は言う気にならなかった。
「あの、愛情を物とお金に換算するのやめてください」
「すぐ目に見えていいだろう」
えーと……。
「さあ、乗れ、明日実」
「で、でも、壊したりしたら……」
正直言って、古い車だ。
状態がいいとは言えない。
「大丈夫だ。
直すから」
「でも、こんな高い車もらえません」
「じゃあ、俺の車ってことでいい。
俺の車なら、お前の車だ」
「なんでですか。
私と貴方は夫婦でもないし」
「じゃあ、今から夫婦になればいい」
今すぐなれ、と貴継は言ってくる。
いや……カウンタック欲しさに結婚とかどうだろう?
「ぐずぐずするな。
さあ、乗れ。
お前の貞操と引き換えだ!」
「のっ、乗れないじゃないですかっ。
そんなこと言われたらーっ」
「お前が言い出したんだぞ。
やかましい奴だな。
まさか、オートマ限定じゃないだろうな」
「免許ですか?
違いますよ。
……いつかカウンタックに乗ろうと思って、普通に取ってます」
「乗る気満々じゃないか……」
だが、慣れないと操作が難しいので、とりあえず、此処まで持ってくるのに、一度乗ったらしい貴継が運転してくれた。
斜めに跳ね上がるカウンタックのドアを見たとき、一瞬、これ目当てに結婚してもいいかと思ってしまった。
もふもふの毛皮を着た顕人の、めっ、という顔が頭に浮かんだが。
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