OL 万千湖さんのささやかなる日常

菱沼あゆ

文字の大きさ
6 / 8
万千湖と駿佑の日常

禁断の恋らしい

しおりを挟む
 
「まあ、丑の刻参りの頭つけてんのもある意味、ヘッドライトだよね」

 昼休み、瑠美が行きたいと言ったので、みんなで行ったランチの店。

 キャンドルの灯りで、そっと万千湖の寝顔を照らそうとした丑の刻参りな駿佑の話が出たとき、綿貫がそう言った。

「ムーディな光が出るヘッドライトならいいかもね」

 ……嫌です。

 そして、何処に売ってるんですか、そんなもの、と思う万千湖は、安江が妙にキョロキョロしているのに気がついた。

「どうしたんですか?」
と訊くと、

「いないじゃないの、イケメン」
と安江は言う。

「瑠美が行きたいって言った店だから、絶対、客か店員にイケメンがいると思ったのに」

「今度は第二月曜にしかいないとかじゃない?」
と綿貫が言って、みんなで、どっと笑ったのだが、瑠美はひとり深刻な顔をしていた。

「どうしたんですか?」
と今度は瑠美に訊くと、瑠美は、

「……実は今、好きになってはいけない人を好きになってしまいそうなの」
と言う。

 禁断の恋っ!?

 好きになってはいけない人って誰っ!?

 既婚者とかっ?
とみんな、ざわめく。

 まさか、課長とかっ? と万千湖は思わず、駿佑を振り向いたが、雁夜が、
「いや~、本人目の前にいるのに、言わないよね~」
と言い、安江が、

「みんなが自分の彼氏を狙ってる気がするって、ある意味幸せよね~」
と呟いていた。

 だって、課長はものすごく格好いいですよっ。

 几帳面で、こうるさくて、ものすごく面倒臭いところもありますが。

 そんなの課長が時折見せてくれるやさしさの前では、なんにもマイナスではないですよっ。

 課長を一目見たら、誰でも課長を好きになるに違いないですっ、
と万千湖は曇り切った目で駿佑を見ながら思っていた。

 そして、幸せなことに、万千湖の目はきっと一生曇っている。

 そんな万千湖の前で、こちらは、ほんとうに表情が曇っている瑠美が、俯きがちに言ってきた。

「以前、この店で相席になった人なんだけど」

 チラと瑠美はカラフルな熱帯魚の水槽を囲んで、ぐるっと円形のカウンターのようになっている場所を見る。

「私がナイフを落としたら、さっと拾ってくれて。
 店員さんを呼んで、代わりのナイフをもらってくれて。

 すみませんって言ったら、いえいえって微笑んで、そのまま食事して出て行ったの。

 で、昨日、この近くのバス停でまたバッタリ会ったんだけど。

 私が、あっ、て顔したら、向こうも覚えててくれたみたいで。

『あのときの……』
 って言って、微笑んでくれて。

 ……出会ったの、それだけなんだけど。
 何度もその人の笑顔を思い出しちゃって」

「恋のはじまりっぽいですね」
と万千湖が言うと、

「そうね。
 万千湖にすら、わかるほどの恋のはじまりっぽい感じね」
と安江が言う。

「その人、既婚者なの?」
と雁夜が訊いた。

 禁断の恋だと言ったからだろう。

「いえ、知らないんですけど。
 指輪はやってなかったですね」

「なにが禁断の恋なの?」
と安江が訊く。

「だって、その人、イケメンじゃなかったのよっ。

 イケメンな人と結婚したら、少々喧嘩しても許せる気がするから、絶対、イケメンと結婚するって思ってたのにっ」

 いや、幾らイケメンでも、腹立つときは腹立ちますよ……と思いながら、万千湖は聞いていた。

「早く、好きにならないようにしなければ……」
と呟く瑠美を見ながら万千湖が言った。

「それはすでに恋なのでは……」

 すると、こくりと頷き、安江が言う。

「そうね。
 万千湖に見抜かれるくらい、完全に恋ね」

 あの、何故、いちいち、私をディスりながらアドバイスするのですか……と思いながら、万千湖は安江を見る。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

おじさんは予防線にはなりません

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」 それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。 4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。 女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。 「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」 そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。 でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。 さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。 だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。 ……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。 羽坂詩乃 24歳、派遣社員 地味で堅実 真面目 一生懸命で応援してあげたくなる感じ × 池松和佳 38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長 気配り上手でLF部の良心 怒ると怖い 黒ラブ系眼鏡男子 ただし、既婚 × 宗正大河 28歳、アパレル総合商社LF部主任 可愛いのは実は計算? でももしかして根は真面目? ミニチュアダックス系男子 選ぶのはもちろん大河? それとも禁断の恋に手を出すの……? ****** 表紙 巴世里様 Twitter@parsley0129 ****** 毎日20:10更新

甘い失恋

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
私は今日、2年間務めた派遣先の会社の契約を終えた。 重い荷物を抱えエレベーターを待っていたら、上司の梅原課長が持ってくれた。 ふたりっきりのエレベター、彼の後ろ姿を見ながらふと思う。 ああ、私は――。

処理中です...