お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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イケメンさんと相席になりました

リモートワークなんですか?

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「あの、リモートワークとかなんですか?」

 真っ昼間から、キンキンに冷えたビールを呑んでいる高秀に砂月は訊いた。

「いや、リモートワークで酒呑んじゃ駄目だろう。
 ……とは言っても、リモートワーク、どんな感じなんだか知らないんだが」

「私もよくわからないんですけど。
 うちの会社やってなかったんで」

「今日は休みなのか?」

「いや、私、ニートなんで」

 ずばっと言った砂月は、相手も、
「俺もだ」
と言ってくれないかなと思っていた。

 ニート談義に花が咲くかもしれないからだ。

 あわよくば、良さそうな次の就職先の情報とか入るかもしれないし。

「うちは木曜午後は休診なんで」

「……お医者様なんですか?」

「ああ、この近くの病院の」

 お医者様……。

 砂月はどんな感じかな、と妄想してみた。

 病院。
 回診のときに、ぞろぞろ白衣の人たちがついて歩いてるイメージだ。

 この人、まだ若手だから、ぞろぞろの方かな、と思う。

「なんか変な妄想してそうだな」

 砂月の表情に不穏なものを感じとったらしい高秀が言う。

「ああ、いや、ほんとにあんな回診風景あるのかなと思って」

「回診?
 うちは入院の設備はないから。

 一人でやってるし」

「そうなんですか。
 白い巨塔みたいな感じかと思いました」

「……一人だと言ったろう」

 ちなみに、小児科だ、と言われる。

 妄想の中で、白衣を着たイケメンの後ろを幼児たちがゾロゾロついて歩いていた。

「内科もやってるから……」
と言いかけ、高秀は砂月の手元を見て言う。

「食い過ぎで腹壊したら来い」

 砂月の小皿には、高秀が、ついでに、とひとつくれた揚げ玉のおむすびがのっていた。



「……すみません。
 ありがとうございました。

 今度、私がおごりますね。

 久里山くりやま砂月。
 二十六歳、無職です」

 ……新聞記事か、みたいな自己紹介だな。

 これから、逮捕されるのか、と思いながら、高秀は聞いていた。

海崎高秀かいざき たかひでだ。
 お前、仕事探してるのか?」

「はい」

「医療事務とか持ってるか」

 砂月はゴソゴソと鞄からメモ帳を取り出す。

「ああ、持ってますね」

 なんだそれ? と高秀はメモ帳の表紙を見ながら訊いた。

「結構いろいろ持ってますよ。
 なにがご入用ですか?」

 自分で覚えられないくらい資格をとっているらしく、砂月はずらりと一覧表にしていた。

「お前っ、気象予報士の資格も持ってるのかっ」

「小児科で役に立ちますかね?」

「……受付に『気象予報士います』と書いておけ。
 行事前の園児の母親とかに喜ばれるだろう」

 そう高秀は言った。



 あんなずらりと資格を持っているのに、ニート。

 働く気はないのだろうか……?

 いや、
「では、面接受けさせてくださいっ」
と意気込んでたから、あるんだろうな。

 面接するの俺なんだが。
 改めてやる意味あるのだろうか……と思いながら、高秀は書店に寄ったあと、自宅に帰った。

 久里山くりやま砂月と言ったか。
 美人だし、お天気お姉さんにでもなればいいのに。

 ああ、いや、あれは別に気象予報士がやってるわけじゃないか。

 などとまだ砂月のことを考えていた。

 高秀の住まいは、セキュリティのしっかりした高層マンションだ。

 だが、高秀の部屋は比較的安かった。

 別に安いところを探したわけではないのだが、このマンション、売りに出した瞬間にあっという間に買い手がついたらしく、空いていたのがその部屋だけだったのだ。

「実はこのお部屋、ひとつ問題がありまして。
 お安くなってるんです」

 隣が立ち退かないんですよ、と担当の若い男のスタッフは眉をひそめた。

「でもまあ、いずれ……」

 なにがいずれだ、怖いぞ、と高秀は思う。

 売れない理由を聞いた高秀は、

「家にそんなにいないので、別にいいです」
と答えた。

「そうですか、ありがとうございますっ。

 いや~、あそこも立ち退くと思ってたんで、こちら側に寄せすぎました~」
とその担当者は苦笑いして言っていた。

 ……いや、立ち退かなくていい、と高秀は思う。

 あれがあるから、ここにしたわけだし――。

 みんながこの部屋を避けたのは、窓が開けられないからのようだった。

 自分も違う理由により、開けられない。

 今、帰ってきたばかりなのに、また行きたくなるからだ。

 高秀は、あまり開けない方がいいと言われた窓を開けてみた。

 すごいソースの匂いがする。

 真横にお好み焼き屋があるからだ。

 うん。
 いい匂いだ。

 ずっと開けてたら、胸焼けがするかもしれないが……。

 高秀は正面にあるお好み焼き家の二階を見る。

 いつも開いてないからいいが、窓、向かい合ってるな、と思いながら。
 


 夕方、砂月はスーパーに行った。

 ケチャップの在庫がなくなりそうだったからだ。

 一番近いスーパーは、この真新しいスーパーで。

 ちょっとケチャップを買いに行くのは申し訳ないような立派なスーパーだった。

 でもまあ、普通のものも売っているので、わりと利用している。

 普段食べないような種類のチーズや野菜、香辛料などあって面白い。

「あったあった、ケチャップ。
 これないと死ぬから」

 そんな独り言を言いながら、ゴソゴソ棚からケチャップをとっているとき、砂月は、その視線に気づいた。

 振り向くと、高秀がカゴを手に立っている。

 ケチャップがないと死ぬって、どんなやまいだ……、
と医者の高秀の顔には書いてあった。

「いや……あの、物の例えです」

 はは、と笑いながら、砂月は、ごにょごにょと言い訳をする。

「この近くにお住まいなんですか?」

 お好み焼き屋を出たあと、高秀は大きな通りに向かって歩いていったので、何処かよそから来たのだろうと思っていたが。

 またも、このエリアに現れたということは、やはり、お好み焼き屋のおばちゃんたちが言っていたように、最近、この辺りに住み始めたセレブ様一派(?)の一人なのかもしれない。

「ああ、最近、越してきたんだが」

「そうなんですかー。
 私もですー」

 などと気の抜けた返事をしながら、たまたま向かう先が同じだったので、なんとなく、一緒に買い物をする。
 


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