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むしろ、運命だろう
運命ではなく、必然
しおりを挟む一応、小児科だが、内科なども兼ねているので、年配の患者さんも多く。
「あら~、新人さん?
こんにちは」
「はいっ。
久里山と申しますっ。
よろしくお願いいたしますっ」
「飴いる?」
などと会話したりしているうちに、午前の診療は終わっていた。
近所のお弁当屋さんで買ってきたお弁当を三人で食べる。
「砂月ちゃん、呑み込み早いわあ。
お若いけど、学生さんだったの?」
と酒井に訊かれた。
「いえ、前の仕事をやめてここに」
「そうなの。
私はいない日もあるから、よろしくね。
先生はいい方だけど、ちょっとズレてるところもあるから」
そうなんですか!?
という目で高秀は酒井の話を聞いていたが、砂月は別に驚かなかった。
この人、ちょっと変わってる、とそもそも思っていたからだ。
「学会で出かけられたとき、お土産買ってきてくださったんだけど。
なにがいいですか? と訊かれて、京都だったから、
じゃあ、あぶらとりがみなんかいいですねって言ったら、クッキングペーパー買ってらしたのよ」
ありがたく使わせていただきましたけど、と酒井は微笑ましげに笑う。
「……すみません」
と高秀は謝っていた。
「いや、何故、京都で、油をとる紙を……とは思ったんですけどね。
主婦の方は実用的なものを好まれるからだろうかと思って」
京都のホームセンターでクッキングペーパーとあと評判の漬物を買って帰ったんだ、と高秀は砂月に言った。
「なんとなくセーフですね」
と唐揚げを食べながら、砂月は言う。
「なんとなくセーフってなんだ……」
と言われたが。
いや、目的のものではなかったかもしれないが。
役に立つものだったうえに、京都の漬物までついていたからだ。
そこで、酒井は笑って言った。
「こんな感じにいい先生なのよ」
確かに。
評判のあぶらとり紙は買ってこなかったかもしれないが。
京都のホームセンターで、油をとる紙を探しているところを想像すると、なんだか可愛らしいし。
女性の好むものを知らなくて、そんなものを買ってきてしまうところは、チャラついていない感じがして、ちょっと好感度が上がってしまう。
……セレブなイケメン様なのにな、と思いながら、酒井と一緒に湯呑みなどを片付けた。
いや~、久しぶりの労働、疲れた疲れた。
でも、今日は美味しい一杯が呑めそうだ、と砂月は思う。
歓迎会がお好み焼き屋で開かれることになり、砂月はご機嫌だった。
「何処か洒落た店じゃなくていいのか?」
酒井に言われたらしく、高秀はそう訊いてきたが、
「いえいえ。
歓迎会をやっていただけるだけでありがたいですし。
下のお店なら、酔っても、ふらっと二階に戻って寝られるので気楽ですし」
と砂月は笑う。
「あっ、でも、酒井さんは小洒落た店の方がよかったですかねっ?」
主婦の友人が、職場の呑み会は呑みに出られる貴重な機会と言っていたのを思い出し、そう訊いてみた。
「ううん。
砂月ちゃんがお好み焼き屋でいいのなら、私もその方がいいわ。
飛翔のお好み焼き、うちの主人や子どもも好きなのよー」
おみやげに買ってかえるから、と酒井は笑って言っていた。
ちょっと時間があるから、部屋でゴロゴロしようっと、と思ったとき、砂月は気がついた。
アパートの階段前にしゃがんでいる人がいる。
スーツを着た若い男の人のようだ。
「ほーら、ミケ」
三毛猫なんていたかな、と思いながら近づく。
そこを通らないと、帰れないからだ。
「こ、こんにちは」
と声をかけながら、通り過ぎようとしたが、思わず、足を止める。
遊ばれていたのは、にゃん太郎だったからだ。
……何故、ミケ。
白いんだが、と思いながら見ていると、
「ああ、すみません。
上にお住まいの方ですよね」
とさっぱりした顔立ちのその男は立ち上がる。
なんで知ってるんだろう、私のこと、と思ったとき、彼は言った。
「このミケの名前はなんと言うのですか?」
このミケの名前って、ちょっとおかしいですが。
彼の中で、猫はすべてミケなのかもしれないな、と思う。
家の猫がミケなのかなと思いながら、砂月は言った。
「ほんとはなんていうのか、知らないんですけど。
私は、にゃん太郎と呼んでいます」
「にゃん太郎。
いい名ですね、砂月さん」
何故、猫の名は知らないのに、私の名は知っているのですか?
「あなたに私の正体は明かすわけにはいきませんが――」
怪しい人だ。
一体、何者……
何者なんだろう? と思う前に、頭の上から声がした。
「ここのマンションの担当スタッフさんだ。
お好み焼き屋を立ち退かせようとしている」
背後に高秀が立っていた。
「バレてしまっては仕方がないですね。
私、宮澤と申します」
と名刺を渡された。
「はあ……」
「砂月さんのことは、お好み焼き屋でたまに見かけてました。
うちのマンションに引っ越されませんか?」
いや、何故っ?
と砂月は名刺を持ったまま固まる。
「あなたと今、ここでこうしてお話できるのも、なにかの運命でしょう」
ここでも運命っ。
「このお好み焼き屋はいずれなくなります。
その前に、うちのマンションに引っ越されませんか?」
いや、あなたがなくさなければ、なくならないと思うんですけど……。
「あなたは、このようなソース臭いところに住むような方ではない」
「……窓を開けたら、うちもソース臭いが」
と高秀が言う。
「砂月さん、あなたは掃き溜めの中の鶴だ」
「待ってください
このお好み焼き屋は掃き溜めですか?」
「失礼。
あなたの美しさに惑わされてしまいました。
そうですね。
この辺りは、にゃん太郎の住まいなので、掃き溜めではありませんね。
そう。
にゃん太郎がこの階段下を気に入っているようなので、強引に立ち退きを迫っていないのですが」
すべてがにゃん太郎基準っ。
ということは、にゃん太郎がよそに縄張りを移したら、ここは風前の灯火!
「……餌付けしなければ」
と砂月は呟く。
うーん、と宮澤は困った顔で、マンションを見上げて言う。
「これが愛するあなたでなければ、海崎さんと結婚されて、一緒に住まれてはいかかですか?
と恋のキューピット的なことでも言って、恨まれずに、お引越しいただくことも可能なのですが」
知らぬ間に愛されている!
と衝撃を受ける砂月の後ろでは、高秀が、
何故、突然、俺がこいつと結婚しなければならないんだっ。
それも、不動産屋の都合でっ、という顔をしていた。
「どうしたんですか? お二人とも。
呑む前から疲れた顔して」
ジュウジュウ焼かれているお好み焼きの向こうから、酒井がそんなことを言ってくる。
さっき別れたばかりなのに、あの短時間でなにが、と言われた。
宮澤との出会いについて砂月たちが語ると、
「へー、その方、面白いですね」
と酒井は笑った。
「変わったやつでしょう?」
と高秀は言ったが、酒井は、
「いえ、だったら、ご自分が砂月ちゃんと結婚して、ここから連れ出せばいいのにと思って」
と言い出す。
「砂月ちゃんのことを気に入ってるんでしょう? その宮澤さんて方。
じゃあ、高秀先生じゃなくて、ご自分が砂月ちゃんと結婚されればいいのに」
近くを歩いていたお好み焼き屋のおばさんが足を止め、全員沈黙し、ジュウ、という音だけが響いた。
口を開いたのは、高秀だった。
「いやいやいや。
宮澤さんは、久里山をお好み焼き屋でたまに見かけてただけなんですよ?
そんなので結婚とか」
「あら、先生だって、お好み焼き屋で会っただけで、砂月ちゃんを連れてらしたじゃないですか」
こくこくとおばさんは頷き、そのまま注文をとりに行ってしまった。
「お、俺は見ただけじゃなくて、相席したりしてたんですよ」
大差ない、という顔を周囲の常連さんたちはしていた。
「だから運命かなと。
いや……
雇う運命なのかなという気がしたんですよ」
どんな運命だ、という顔をしながら、おじさんはお好み焼きを近くのテーブルに運んでいく。
――運命。
運命かな。
確かに何度も相席にはなったが。
よく考えたら、この店の客はグループ客が多く。
単独で来るのは男の人が多いので。
海崎先生が相席する女性というと、私くらいしかいない気もする。
運命というより、必然なのでは……?
「何度も見かけただけで、運命だと思うとか。
そもそも、久里山は見た目が良くて、面白いじゃないですか。
話しててテンポがいいので、俺も珍しく、若い女性相手に話が弾んだりして。
宮澤さんも、久里山のそんなところを見て、いいと思っただけなんじゃないですかね?」
なに言ってんだ、この人……。
誉め殺しか。
いや、以前、可愛いと言ってくれたときみたいに、
「はい、とっても綺麗な肝臓ですよ~」
と大差ない感じで言ってるだけなのか?
惑わされないようにしよう、と思いながら、砂月は、ぐびりと生ビールを呑んだ。
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