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むしろ、運命だろう
リバーサイドヒルズガーデン
しおりを挟む「私がリバーサイドヒルズガーデンの管理人ですって言いたいから、ここはリバーサイドヒルズガーデンなのよ~」
と言うおばさんの話を聞きながら、高秀はお好み焼きを食べていた。
「でも、ほんと、この辺りって、すごいセレブな街になりつつありますよね~」
周りが綺麗になりすぎて怖いんですよー、と砂月が言う。
「あんまり、カジュアルな格好してると怒られるかなあ、と思ったり」
――いや、誰に?
宮澤さんか?
景観が損ねるとか言って怒られるのか?
でも、相手がこいつだったら、
「そんなリラックスした格好は、私の前だけにしてください」
とか、しれっと言いそうだな、宮澤さん。
「それでちょっと外に出るときも、格好に気を使ってみたりもするんですけど」
いや、お前、その気を使った格好で持ってたスマホケースにチー◯ラ潜ませてたろ。
「あ、でも、服はともかく、今日の下着は安物だったなとか、ふいに思い出して、ビクついちゃったりするんですよね~」
……だから、誰が見てチェックするんだ、それは、
と砂月の話に心の中で、いちいちツッコミを入れていたとき、
「わっ」
と酒井が驚いた声を上げた。
その視線を追うと、高い小さな窓の外をにゃん太郎が、ととととっと歩いていっている。
「猫が空中を走ってるっ!?」
ははは、と砂月が笑って言った。
「あそこ、ちょうど中から見えませんけど、棚があるんですよ、外に。
私も最初、イリュージョンかと思いました」
そこから、にゃん太郎の話になる。
「あいつは、みんなに愛されてることがわかってるよな。
近くを通りかかると、脚に頭から突っ込んでくるんだ。
そのまま一回転して腹を出し、撫でられるまで待ってる」
「いいなあ、にゃん太郎。
仕事で疲れたときとか――
あ、今の仕事ではまだ疲れてないですけど。
猫のようになりたいとか思ったりしますよね。
……誰かに頭から突っ込んでいきたいなあ」
「やめろ。
お前がやると凶器だから」
高秀は頭からロケットみたいに突進してくる砂月を思い浮かべながら、そう言った。
まあ、なにかで癒されたい気持ちは、ちょっとわかるが……。
砂月はその日、
「頭突きしてくるなよ」
と高秀に繰り返されながらも、楽しく酒を呑み。
二人と別れて、二階に帰って寝た。
やっぱ、この立地サイコー!
と思いながら。
そんな歓迎会のせいだけではないが。
いい職場で雇ってもらってよかったな、と慣れないながらも、必死に働いた。
休日は、まだ知らない場所がたくさんあるアパート周辺を散策したり、にゃん太郎に頭突きされたり。
成り行きで、にゃん太郎に付属していた宮澤と一緒に、にゃん太郎と遊んだりして過ごした。
月曜日。
遅れて行ったわけでもないのに、病院の入り口には、ずらりとママさんたちが並んでいた。
具合の悪い子どもたちは車で待っているようだ。
みんな先生を頼りにして待ってるんだな、と思いながら、
「おはようございます」
と頭を下げて、通ろうとしたとき、声をかけられた。
「ちょうどよかった。
砂月ちゃん、週末は晴れる?
地区の行事があるんだけど」
私も待たれていたようだ……。
ちょっと嬉しい。
本来の業務ではないんだが。
月曜日の朝は病院が開くのを待っていた患者たちでごった返している。
昼になったから、ちょっと余裕があるが、と思いながら、高秀はカルテを手に待合室を横切ろうとした。
今日は酒井もいて、今、時間があるせいか。
砂月は子どもたちに呼び止められて話していた。
「ねーねー、なんかお話しして、おねーちゃん」
「えー、お話?」
「お天気のお話でもいいよ。
おねーちゃん、この病院のお天気おねえさんなんだよね?」
高秀の頭の中で、砂月が病院の前で、傘を差し、台風のリポートしていた。
まあ、見た目はお天気おねえさんっぽいな、と思いながら、なんとなく聞いていると、
「そうだねー。
なにがいいかなあ」
と砂月は語り出す。
「太陽とか、月の周りに光の虹がかかるときあるじゃない。
あれが見えると、雨の降る確率が高くなるんだよ」
へー、と子どもたちは感心したように聞いている。
なんだ、まともなことも言うじゃないか、と思いながら、高秀も聞いていた。
「あ、でも、太陽を直接見ちゃ駄目だよ。
あと、猫が顔を洗うと雨っていうのもあるよね。
あれは根拠がないって言われたりもするらしいけど。
でも、猫のヒゲって、すごいセンサーらしいから、どうかなあ」
「ほんとなんだったら、おねえちゃんより、にゃん太郎の方がお天気わかるのかなっ」
女の子は、お好み焼き屋の近くの子だったらしい。
キラキラした目で言われ、
「そ、そうだね」
と砂月は答えていた。
気象予報士より優秀なにゃん太郎か。
「えーと。
お天気のことで訊きたいこととかあったら、また訊いてねー。
……そんなに答えられないかもなんだけど」
砂月は、ぼそりとそう付け足していた。
「ありがとう。
今はないよー」
と女の子は言い、男の子が、
「おねーちゃんもなにか訊きたいこととかないー?」
と言う。
自分たちにも訊いてーという感じで、きゃっきゃっと子どもたちは、はしゃいでいた。
「そうだねー」
砂月は微笑んで、絵本の並ぶ棚やおもちゃの入ったカゴの方を見ていたが、ふと真顔になって言う。
「なんで昔話の切り株って抜かないんだろうね。
そこここにあるの、危ないよね。
そりゃ、うさぎも転ぶよね」
そんなこと子どもに訊いてもな……。
砂月の視線の先には、切り株型のクッションがあった。
「いやいやいや。
今は木を切ったら、切り株抜くじゃないですか。
シロアリがついたりするとかで。
なんで抜かなかったのかな、邪魔なのにな、と、ずっと思ってたんですよね~」
一緒にスーパーで買い物しながら、砂月は言った。
「抜くの大変だからだろ」
と言いながら、高秀がピーマンをカゴに入れたとき、よくマンションのエレベーターで見かける、いかにもな感じのマダムが微笑み、頭を下げてきた。
頭を下げ返すと、砂月もちょっと下げていた。
颯爽と去っていくマダムを見送りながら、砂月が言う。
「ああいう方、多くなりましたよね」
「うちのマンションの人だな」
「海崎先生のマンション、すごいですよね~。
あのライトアップされたベランダ見るたび、ここに住んでる人は、私とは全然違う生活送ってそうだなって思うんですよー」
「……今、一緒に同じスーパーで買い物してるだろ」
ああ、疲れた……。
水曜日。
まだ仕事をはじめたばかりなので、常に全力投球。
力を抜くところがわからないまま突っ走っている砂月は、週半ばにして、すでに疲れ果てていた。
近くのお弁当屋さんで買ってきた、ふかふかご飯のつまったお弁当を食べながら、居眠りしかけていると、
「明日は昼からお休みよ、頑張って」
と酒井が笑って言ってくる。
「あ、そういえば、木曜の午後はお休みなんでしたね。
病院、木曜お休みなところ多いですけど、なんでなんですか?」
「医師会の会合が木曜午後にあるからだ。
医師会入ってなくても、周りが休んでるときに、休まないといろいろ言われるし」
最近は、休みの日、病院によってバラついてるけどな、高秀が答えてくれる。
「そういえば、美容院は月曜と火曜の休みが多いですよね」
なんでなんですか?
とつい訊いて、
「……何故、俺に訊く」
と言われてしまった。
いや――
なんでも知ってそうだからと。
病院と美容院、似ているからだろうか……と砂月が思ったとき、高秀が溜息をついて言った。
「昔は電力不足だったんで、休電日っていうのがあったそうだ。
昔のパーマは大量の電気を使ってたんで、その休電日である月曜日や火曜日が休みになっていたらしい。
ちなみに、火曜日が休電日だったのは関東だ」
宮殿日……。
ゴージャスそうだ、と砂月が思ったとき、高秀がこちらを見て言った。
「たぶん、今、お前のが頭の中で思い浮かべた字、違うぞ」
と。
酒井が子どものお古だという金魚の絵の弁当箱を片付けながら笑っていた。
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