お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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むしろ、運命だろう

聞かなかったことにして

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「私もああいう地味なゲーム、どうなのかなーって思ってたんですけど。
 意外に子どもに人気でしたね」

 夜、お好み焼き屋で砂月がそんなことを言う。

「まあ、デジタルデトックスになっていいかな」
と高秀が言うと、

「そういえば、この間、スーパーで、
『スマホなどから離れて、自然の中で遊びましょう』みたいな企画のポスター見たんですけど。

『申し込みはQRコードで』って書いてあったんです」

 なにもデトックスできてないじゃないですか、と砂月は言う。

「まあ、なんだかんだで便利だからな」

 この店には、砂月の提案でガチャガチャが置いてある。

 それ目当ての子どもも増えていて、相変わらず、混雑していた。

 そういえば、今日は、行こうかと打ち合わせて来たが。

 バラバラに来ていたら、相席になっていたのかな。

 ……待てよ。

 そういえば、こいつ、俺がいないときは、他の男と相席になっているのかっ?

 砂月はそんな自分の視線には気づかず、

「どうして、ここのお好み焼きはこんなに美味しいんでしょうね?

 キャベツ、大量に入ってるから、キャベツから出た水分で、中で蒸された感じになってるのがいいんでしょうかね?

 で、その甘くて柔らかいキャベツに、この自家製の甘辛ダレがまたなんとも言えませんよねっ」
と語っている。

 まあ、別にこいつと相席になったって、お好み焼き愛を語られるくらいのもんだから。

 別に恋に発展したりはしないか。

 俺だってしてないもんな。

 とホッとしたあとで、微妙な気持ちになる。

 なんだろう。
 なにか物足らない……と思ったとき、砂月がこちらを見て言ってきた。

「物足らないですね」

「えっ?」

「私、もう一杯呑みます。
 海崎先生は?」

「あ、そうだな。
 呑もうか」
と言いながら、そうか、俺も呑み足らなかったのかな、と思った。
 


 もう一杯呑んでも、なにかが物足らなかった高秀は、寝る前、またビールを呑みながら、砂月の部屋の窓を眺めていた。

 窓は閉まったままだ。

 真っ暗だし、もう寝ているのかもしれない。

 ……って、女性の部屋の窓眺めてるとかストーカーか。

 いや、外を眺めながら、物思いにふけろうと思ったら、そこに窓があっただけなんだが。

 砂月がご立派な庭、と呼ぶ、樹木のあるベランダの方に行く。

 広い道路に面している方のベランダだ。

 そんなに気に入ってるなら、今度くればいいのに。

 だが、男の一人暮らしだから、誘いづらいな、と思ったとき、誘ってもいないのに侵入しているものがいた。

 ベランダに置かれている白いガーデン用のソファに寝ているそれに呼びかける。

「にゃん太郎」

 にゃん太郎は、ここは我の住まいである、くらいの勢いで、でんっとソファに広がって寝ていた。

 いや、単に身体が大きいので、そう見えるだけなのだが。

「にゃん太郎」

 撫でたら、目を覚ましてしまうかな、と思い、高秀は上から、にゃん太郎を見下ろし、小声で呼びかけた。

「今度は、ご主人様も連れてこい」

 いや、にゃん太郎の主人は砂月ではないのだが……。

 ペアで見ることが多いのでなんとなく。

 そう思ったとき、どんっ、と誰かが壁を殴る音がした。

 そんなに大きな声でしゃべってないよな。

 隣人が殴ってきたのかと思ったが、そもそも、そんなに音が部屋の中に入ってくるほど、薄い壁や窓ではなかった。

 ゴツッ、とまた聞こえる。

 どうやら、お好み焼き屋の二階からのようだ。

 おそらく、真っ暗な砂月の部屋から聞こえてきている。

 ……どうやら、寝相が悪いようだ。

 あいつと結婚する男は大変だな。

 何処のどいつか知らないが、と思いながら、高秀はビール片手に部屋に戻った。

 窓から見ると、にゃん太郎は月の光を浴びながら、気持ちよさそうに寝返りを打ち、腹を出して寝ていた。



「シールと言えば、おばさんが昔は水で貼るシール? みたいなのがあって。
 今の普通のシールが雑誌の付録だったら、豪華だなって思ったって話ししてましたよ」

 お昼休み。

 砂月がそんな話をすると、
「あ、知ってる知ってる、それ」
と酒井がいつもの息子の昔の弁当箱で弁当を食べながら言う。

「あら嫌だ。
 私、砂月ちゃんのおばさんと年変わらないってバレたわね。

 ……聞かなかったことにして」

 いや……わかってます。

 この間、二番目の息子が高校生だって言ってたじゃないですか。

 今はこの弁当箱じゃ足らないから、どデカい弁当箱を持ってってるんだと。

 そんなことを考えながら、唐揚げ弁当を食べていると、高秀が、じっとこちらを見ている。

「先生、どうかしましたか?」
「いや」
と言って、もう平らげたらしい釜揚げしらす弁当を片付けていた。
 


 よく考えたら、高秀さんに、あんな可愛い子と付き合うなんて、そんな甲斐性あるわけないわ。

 嘉子はそんなことを思いながら、スーパーで買い物をしていた。

 最近の冷凍食品やレトルトはほんとうに美味しい。

 いい時代になった、と思う嘉子は家庭科の授業とキャンプ研修くらいでしか料理をしたことがなかった。

 男性の胃袋をつかもうと思ったら、砂月が言う通り、直接、つかむしかない感じだ。

 そのとき、棚の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 高秀さんとあの子のような気がする、と聞き耳を立てながら、そっと回り込んで、そちらの通路を窺った。

 やはり、砂月と高秀だった。

 砂月が言う。

「先生、あのとき買ってもらったのなんですけど」

 なにっ?
 なにを高秀さんに買ってもらったのっ?

 指輪とかっ!?

「まだ、冷蔵庫で冷やしてるんです」

 ……指輪を?

「お前、日本酒はひやがいいのか」

 乾き物の棚を見ながら、高秀がそう訊いている。

 なんだ、日本酒の話か、と嘉子はホッとしたが、実はホッとしてはいけないところだった。

 二人きりで部屋で日本酒を呑み、いい雰囲気になるかもしれないからだ。

 だが、あまり恋愛経験がないので、嘉子はとりあえず、ホッとしていた。

 そして、どのみち、砂月もそういう方面には、とんとうとかった。

「今度、酒井さんと三人で呑みませんか?」
と笑顔で高秀に言う。

 いい雰囲気に持っていく気など、さらさらなかった。

 ナッツの缶を眺めながら、高秀が言う。

「いや、あの瓶、量も少ないし、お前一人で呑め」

 もちろん、高秀も、立派な朴念仁ぼくねんじんだった。

 ただ、そのうち宮澤さんも一緒に呑みましょうよ、とか言い出すのではないかと思い、ちょっとハラハラはしていた。



 高秀は砂月とスーパーの中を歩きながら、まだ話していた。

 ワインのボトルについていたお食事券プレゼントの広告を見ながら砂月が言う。

「歯医者付きのレストランとか、グランピング施設とか、バーベキューとかあるといいですよねー」

「何故……」

「なにが起こってもいいようにですよ」

 それらの施設で、なにが起こるんだ……。

 っていうか、お前、もしや、小児科医より、歯医者が好きか。

 そんなことを考えていたとき、離れた場所からこちらを見ている嘉子に気がついた。

「そういえば、この胃袋をつかむ医者は、歯科医だぞ」

 ビクリと逃げかけた嘉子だったが、髪をかき上げながら、近づいてきた。

「あら、こんばん……」

 は、と言い終わる前に、砂月が嘉子に歩み寄り、グッとその手を握る。

「歯医者さんなんですかっ?」

「だったら、なにっ?」
と嘉子の方は逃げ腰だった。

「いや、私、歯が弱くて。
 いつもビクビクしながら食べてるんで、歯医者さんの知り合い、いたらいいなあと思ってて……」

「そいつは総合病院の歯科医なんで、普通の虫歯の治療はしないぞ。
 親知らずを抜くのが上手いんだ」

 砂月は手を離して逃げた。

「いきなり、その辺の人の親知らず、抜かないわよっ!」
と嘉子が叫ぶ。



「胃袋をつかむってなによ」
と嘉子に問われ、砂月は説明していた。

 そして、
「じゃあ、あなたは料理できるの?」
と言われている。

「できるはずないじゃないですか」

 なんだ、その開き直りは……。

「あ、いや、普通にはできますよ。

 でも、例えば……
 海崎先生とかの胃袋はつかめそうにないです」

 例えばなのか。

「嘉子先生の方がまだつかめそうです」

「どうやって」
と嘉子と二人、ほんとうに疑問に思い、訊いていた。

「私、美味しいお店、たくさん知ってるんですっ」

 他力本願っ!

「でも、今の時代、必要な能力かもよね」
と真顔で嘉子が言い出す。

「というか、すでに私の胃袋はつかまれているわ。
 付き合わなくても教えてもらえるのかしら、美味しいお店」

 構えばかり立派な店はもう飽きたのよ、と嘉子は言う。

 なんだろう。
 俺、この空間に邪魔かな、と高秀は思いはじめていた。
 



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