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むしろ、運命だろう
罪深きは……
しおりを挟む大西嘉子は病院のロビーを歩いているとき、子どもの泣く声を聞いた。
「やだー、病院行くー」
……行かないじゃなくて?
っていうか、ここも病院だけど?
「なに言ってるの。
何処も悪くないのにっ」
「病院行って、ゲームするー」
ゲームで子どもを釣ってる小児科とかあるのかしら。
ゲームなんて目が悪くなるのに。
まったく、どんな医者かしら、と思ったとき、その男の子が言った。
「泣かないで注射打ったら、高秀センセー、二枚くれるよ、メダルー」
……高秀さんの病院なの?
嘉子は、高秀と同期の医者だった。
砂月たちとスーパーで出会った細身の美女だ。
「はいはい。
おばあちゃんのお着替え置いたら、帰るわよっ。
そうだ。
最近、お好み焼き屋さんにもガチャガチャあるから。
あっち行って、お好み焼き食べて帰ろう」
そうママが言うと、男の子はやっと機嫌を直し、おばあちゃんのお着替えが入っているらしき紙袋を取ると、受付に向かい、急ぎはじめる。
「あっ、ちょっとっ。
待ちなさいっ」
とママが慌てて追いかけていた。
どうにも気になった嘉子は、自分の仕事が休みの日、高秀の病院に行ってみた。
ちょうど出張に行ってきたあとだったので、お土産持ってきたと言い訳するつもりだった。
……最近、会えてないしな、と思いながら、高秀の病院に行くと、
「あっ、待ってっ。
そこ、レーンが壊れたから、待ってっ。
今日はこっちにしてっ」
という若い女の声が聞こえてきた。
子どもがこの病院でゲームをすると言っていたから、ゲーセンのようになっているのかと思ったら、なんともレトロな手作りのピンボールマシンとかが並んでいた。
だが、こういうのが今の子には――
まあ、自分もだが、物珍しくていいのかもしれない、と思う。
待合室の隅の方では、小さな女の子がボウリングゲームをやっていた。
しゃがんでそれを見守っている女性には見覚えがある。
あのとき、スーパーで会った高秀と一緒にいた可愛い子だ。
こちらに気づいて、
「あっ、胃袋の人っ」
と彼女が言う。
胃袋の人……?
「はい、一等だよー」
と彼女はその子に風船をあげたあとで、こちらに来た。
「先生にご用ですか?」
あのとき、高秀と彼女はいい雰囲気で一緒に買い物をしていた。
彼女かと思ってショックを受けたが、あとで、よく思い返したら、彼女かと訊いたら、いや、と言っていたような。
病院のスタッフだったのか。
じゃあ、ただの買い出しだったのだろうか。
いや……、まだわからない。
この子、高秀さんに気があるのかもしれないし。
私、いつも高秀先生の側にいるんですよ的なマウントをとってこられるかもっ。
嘉子は身構えた。
派手な美人なので、ガンガン行くタイプに見られるが、そうでもない。
学生時代から、勉強するので、いっぱいいっぱいだったので、恋愛には疎い。
ドラマや漫画みたいに、喧嘩を売ってこられるかもっ。
売られた喧嘩なら、買うっ、と決心したとき、彼女は言った。
「もしかして、あの、スーパーでお会いしたお医者様ですか?」
「え、ええ……」
あー、よかったーと彼女は笑う。
「私、人の顔、覚えないんですけど」
いいのか、受付。
「とても綺麗な方だったので、覚えてますー」
あら、いい子じゃない、とうっかり思ってしまった。
「海崎先生に先生がいらしたってお伝えしますね」
「あっ、いいのよっ。
ちょっとお土産渡しに来ただけだからっ」
売られてもいない喧嘩を買おうとしたことが恥ずかしく。
早口にそう言って、彼女にお土産を渡して帰ろうとした。
「これ、皆さんで――」
そのとき、ガラガラと診察室の戸が開いて、高秀が顔を覗けた。
こちら見て、ああ、と言う。
「あ、ごめんなさい。
お土産持ってきたのよ。
あっちで、新山先生に会ったわ。
よろしくって」
などと軽く話して帰ろうとしたが。
愛しい高秀と話しているにも関わらず、後ろの話が気になって、高秀の返事が耳に入ってこない。
さっきの子がおばあさんと話しているようだ。
「だから、私、あの終了しましたって曲が終わるまで、蓋、開けないんですよ。
前、途中で開けたら、変なところで、ピッて曲が切れちゃって、なんか残念そうだったから。
洗濯機が」
――洗濯機が!?
「じゃあ。
ありがとう」
と高秀は手を挙げ、
「ごとうだまさおみくん」
と患者を呼んで中に入っていった。
……なんという恐ろしい女だ。
高秀さんの言葉が耳に入らないようにするとはっ、と嘉子は振り返る。
「砂月ちゃーん。
さっきのお話のつづきは~?」
「あ、ごめん。
途中だったねー」
「あっ、いいんですよっ、砂月さんっ。
すみません。
お仕事戻ってください」
と彼女は女の子とママと話している。
砂月という名だったのか。
彼女は受付に戻る前に、本棚に本を戻しながら、子どもに要求された話のつづきを適当にしていた。
「そのとき、大きな切り株がどんぶらこー どんぶらこーと流れてきました」
切り株が!?
と出ていきかけたのに、また振り返ってしまう。
「うさぎはその切り株を拾い上げ」
うさぎ、なんで拾い上げるのっ。
うさぎなんだから、その切り株にぶつかって死ぬわよっ。
戻るわけにもいかないので、仕方なく、自動ドアから出ながらも、話のつづきが気になっていた。
いつもなら、別れ際の高秀さんの顔を反芻するところなのにっ――。
砂月。
恐ろしい女っ、と思いながら、嘉子は銀色のスポーツカーに乗り込んだ。
「あっ、宮澤さん、こんにちはー」
夕方、アパートに帰ると、スーツ姿の宮澤が幼稚園くらいの男の子をにゃん太郎と遊ばせていた。
「章太郎と言います。
姉の子なんです」
と宮澤が紹介した途端、宮澤にちょっと似ている、くるんとした可愛らしい目のその男の子は、宮澤を見上げて言った。
「お父さん」
「人の恋路を邪魔するのはやめなさい」
「お母さんが、おにーちゃんが、可愛いおねーさんにデレデレしてるようならそう言ってみろって」
私の目にはデレデレしているように見えないのですが、身内には、そう見えるのでしょうか……?
「それでも全くひるまなかったら、それはシンジツの愛だって」
いや、真実もなにも最初から愛はありませんが、と思いながら、砂月は章太郎に言った。
「しょうちゃん、なんか食べるー?」
「アイスー」
「おのれ、僕より先に、砂月さんに懐かれてっ!」
逆では……?
「もう、置いて帰るよっ!」
と行こうとした宮澤に、
「宮澤さんも行きましょう?」
と砂月が声をかけると、すぐに、はーい、とやってくる。
砂月と宮澤で章太郎と手をつないで歩いた。
「パパママに見えますかね~?」
と機嫌よく宮澤が訊いてくる。
さあ~? と答えながら、近くの商店街のアイスを売っている店まで、三人で歩いていった。
「昨日、砂月さんとパパママしました。
恨まないでください」
次の日の昼間、診察に来た宮澤に高秀はそう言われた。
「なんですか、それは。
ちょっとお腹が動いてない感じですね」
「ストレスですかね?」
さあ、と言うと、
「立ち退かない店があって、困ってるんですよね」
と宮澤は言う。
「でも、その店がなくなると、僕も寂しくなる気がして、それでまた、困ってるんです」
「……シールいりますか?」
と高秀が箱に入った男の子用のシールを見せると、
「ありがとうございます」
と宮澤は結構迷ったあとで、一枚決めていた。
宮澤が帰ったあと、高秀は宮澤の話を思い出していた。
意外にあいつ、ちゃんと久里山との未来を思い描いて好きなんだな、と感心する。
にゃん太郎のおまけ、くらいに思ってるのかと思っていたんだが。
……俺はどうなんだろうな?
いや、俺は別に関係ないんだが、と思いながら、次の子どもを呼びに行くと、その男の子は、ダーッと走ってきて、
「せんせー、今日はお注射ないのーっ?」
と訊いてくる。
「ないよ」
と言うと、今までなら、喜んでいたその子は、
「おんふるえんざはっ?
おんふるえんざはっ?」
と訊いてきた。
「冬にもう打ってるし。
今、流行ってないよ」
そう言うと、彼は何故か嘆き悲しみはじめる。
「罪深いな、メダルゲーム……」
と呟くと、他の子を別室に案内していた砂月が、え? と振り向いた。
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