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むしろ、運命だろう
みんなで一杯
しおりを挟む「訴訟を起こす?
手伝うよ」
よっぽど痛かったのか、女の子はまだ泣いていた。
その子の前にしゃがんだ砂月は、目線を合わせ、そう訊いた。
きょとんとした隙に、そのちっちゃな手にメダルを握らせる。
「お疲れ様。
がんばったね」
「ほら、『ありがとうございます』は?」
とママが言い、
「あっ、ありがとうゴザイマスッ」
と頭を下げるや否や、その子はボウリングゲームに向かって猛ダッシュした。
「はいはい。
一回、メダル一枚ね~」
と砂月はそちらに向かい、歩いていく。
夕方、しみじみと高秀が言ってきた。
「久里山、お前はここに必要な人間だ」
子どもにメダル一枚渡して、泣き止ませただけで、めっちゃ褒められているようだ――。
「先生、そこは、『お前は俺にとって、必要な人間だ』とかの方が心に沁みますよ」
と酒井に言われ、高秀はなにも考えずに、
「久里山、お前は俺にとって、必要な人間だ」
と言ってきた。
不覚にもどきりとしてしまう。
「先生、そこは、『砂月、お前は俺にとって、必要な人間だ』で」
と笑いながら、酒井が言いかえる。
「砂月、お前は俺にとって、必要な人間だ」
あなた、操り人形ですか。
溜息をついて、高秀は、しみじみと言う。
「いまだに子どもに泣かれるの、慣れないんだ」
「そうなんですね~。
うちは弟が泣き虫だったんで」
「ああ、おまけの弟か」
「そうです、おまけの弟です」
弟のおまけ好きを知らない酒井が、
おまけの弟って、なにっ?
と青ざめていた。
「そうだ、今日、うちに来るか?」
帰り支度をしていると、高秀が砂月にそう言ってきた。
酒井は今日は息子さんを駅まで迎えに行くとかで、もう帰ってしまっている。
「いや、お前のうちだけ見せてもらったのでは悪いと思ってな」
「いえいえ。
お気になさらず~。
あ、でも、先生のうちの食洗機とかトイレ、凄そうですねー」
「なんで、食洗機とトイレだけ見る気なんだ……。
うちのベランダが好きなんじゃないのか」
と言われたが、
いやいや、うちが見せたの、食洗機とトイレだけなんで、と砂月は苦笑いする。
ベランダないしな。
外にあるのは屋根に設置してあるエアコンの室外機だけだ。
室外機の上に乗るわけにもいかないし。
「どうする?
何処かで食べてから、うち来るか?
それか、飛翔で食べてから、うちに上がるか?
お好み焼きテイクアウトしてきてもいいが」
うーん、と考えたあとで、
「あ、そうだ。
私が手土産に晩ご飯買っていきますよ」
と砂月は言った。
「すごい匂いのするもの持ってってもいいですか?」
「……なんなんだ、すごい匂いのするものって」
と高秀は警戒したように言う。
「あー、いえいえ。
怪しいものじゃなくて。
ここ来る道の途中にカレー屋さんできたじゃないですか。
テイクアウトもあったんで、確か」
「そうか。
じゃあ、一緒に買いに行こう」
「お金は私が払いますからね」
「莫迦を言うな」
「いやいやっ。
この間の二万円で買いますよっ」
「あれはお前にやったんだ」
「いやいや」
「いやいやっ」
と言い合いながら、結局、高秀がカレーを買い、高秀の家のベランダで食べた。
「高秀先生のうちの素敵なベランダで晩ご飯食べたら、世界を征服した気分になれましたよ~」
週末、たまたま全員がお好み焼きを食べに来ていて、宮澤と嘉子と砂月たちでテーブルを囲んだ。
「高秀先生のうちのベランダ、二階じゃないですか」
街は見下ろせないですよ、と宮澤がケチをつけ、
「私だけ、高秀さんの家のベランダ知らないわっ」
と嘉子が悔しがる。
「あそこで晩ご飯食べて、世界を征服って……。
食べたの、テイクアウトのカレーと珈琲だからな」
「私、普段は紅茶派なんですけど。
カレーと珈琲の組み合わせっていいですよね。
ビールとお好み焼きもいいですけど」
「そこはビールが前なんだな……」
と高秀が苦笑いする。
香りの組み合わせがいいのだろうかな、
カレーと珈琲。
ビールとお好み焼きに関しては、高揚感が似ているから、いい組み合わせなのかもしれない。
あと、ソースで喉が渇いたところにビール、がいいのかも。
最高だよな。
そういえば、ビールと焼きそばも相性がいい。
いやでも、焼けるのを待ちながら、最初にビールを一口、が大抵のパターンだから、そのときには、ソースで喉が渇いていないわけで――
とかしょうもないことを考えていると、高秀の話を聞いていた宮澤が嫌そうに言ってきた。
「二人で食洗機とトイレを見せ合うなんて。
同棲前のカップルですか?」
いやいや、たまたまそういうことになっただけじゃないですか、
と砂月が思っていると、宮澤はこちらを見て言う。
「砂月さん、うちの食洗機も見てくださいっ」
いや、何故……。
そこで、嘉子が美しい眉をひそめて言う。
「……うちは無理だわ。
まず、業者を入れて掃除しないと」
「引っ越したばかりじゃなかったのか?
病院の近くに」
と高秀が言ったが、嘉子はまだ、
「業者を入れないと……」
と呟いている。
もう触れないでおこう、と誰もが思った。
「うちには視力を試される箸があるんだ」
お好み焼きをを丁寧に切って食べながら、高秀が言う。
「うちのキッチン、暖色系の灯りなんで、あの辺、視界がオレンジ色じゃないか」
「そういえば、そうですね」
そう砂月が頷くと、嘉子が何故か、
「悔しい。
妬ましい~っ」
とジョッキ片手に叫んでいる。
……嘉子先生、やっぱり、海崎先生がお好きなんだな。
いや、私はカレー食べて帰っただけで、なにも妬ましがられることはしてないんだが……。
「五膳セットの箸の色が微妙にしか違わなくて。
毎度間違えるんだ。
それで、さっき、微妙に赤と微妙にオレンジの箸をつかんでしまったから。
今度も、同じ組み合わせの箸を選んで、辻褄を合わせようと思うんだが。
微妙に赤と微妙に黄色の箸をつかんでしまっていたりして、辻褄が合わなくなるんだ」
と高秀は渋い顔で言う。
いや、別に辻褄を合わせなくてもいいのでは……?
とみんな思っていたが。
一人暮らしだから、毎度食洗機を回したりはしないのだろうし。
どんどん間違った箸の組み合わせが続いていって、バラバラの色が残ってしまうのが嫌なのだろう。
そのあと、砂月が、ニセ餃子は結構いけるという話をはじめたところで、店が混んできた。
「あ、もう出た方がいいですかね?
それじゃあ、またいつか、みんなで呑みましょうっ」
と立ち上がる砂月に、
「待てっ。
ニセ餃子ってなんだっ」
と全員が言い、砂月の腕をつかんで座らせた。
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