お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

文字の大きさ
22 / 28
おとなりさんでなくなる日

はじまりは、どうでもいい話

しおりを挟む
 

 恋に恋する大学生、谷田たにたは、その日も友だちとお気に入りのお好み焼き屋に来ていた。

 ひっそり見守っている、例の相席カップルは今日も相席していた。

 いや、最近は、ちゃんと約束して、二人で来ているようなのだが――。

 この二人、もうカップルになっているのかな。

 俺の見たところ、そんな感じなんだが、
と友人曰く、テストのヤマもまったく当たらない男、谷田は思う。

 だが、二人はそのうち、なにかを言い争いはじめた。

 男の方――

 実はこの間、お腹壊したとき、診てもらったのだが、小児科の先生だった――

 が、愛らしい受付嬢、砂月の手を握る。

 だが、砂月はそれを拒絶した。

 このほのぼのカップルに一体、なにが!

 他人事ひとごとながら、谷田はビクビクしていた。

 少し大きくなった砂月の声が聞こえてくる。

「イカの霊もいますよっ」

 ……どうでもいい話のようだな。

 だが、二人の表情が真剣なので、心配になり、もうちょっと近くで聞こうと、セルフの水を汲みに行くフリをして立ち上がる。

「おお、ありがと」

 友人のも汲んでやろうとコップをつかんだので、顔を上げたようだったが。

 だが、こちらの表情を見て、
「どうしたの?」
と訊いてくる。

 つられて、自分も切迫した顔をしていたようだ。

「霊なのか?」
「だって……白いから」

 いまいち、話の流れがわからない。

 よく冷えた水をグラスに汲みながら、谷田はチラチラとそちらを窺う。

「だから、でられると思って」

 イカが?
 やっぱり、なんてことない話かあ、と思ったとき、砂月が言った。

「そういえば、白くないイカのぬいぐるみってあんまり見かけませんよね」

「そもそも、イカのぬいぐるみをあまり見ないが」

「うちの実家にはいっぱいありますよ。

 あ、そうだ。
 今度、見に来られますか? 実家まで」

「……お前の実家に?」
と高秀が赤くなる。

 突然、どうでもいい話ではなくなったようだ。

 コップ二つを手に戻ろうとしたとき、二人がこちらに気づいた。

 ぺこり、と頭を下げてくる。

「あ、どうも」
と谷田もぺこりと返し、席に戻った。

 二人の方を見ると、楽しげに話す砂月を高秀が微笑ましげに眺めている。

 診察のときの、ほんとうに小児科医なんですかと問いたくなるような無の表情からは遠い。

 なんか……

 中学校のとき、初めて好きな子と出かけたときのこと思い出すなあ。

 いや、砂月さんたちは、いい大人なんだけど。

 なんか初々しいな、とまるで、恋愛ドラマでも見るように、二人を眺めていると、食べ終わった友人が、

「おい、帰るぞ」
と立ち上がってしまった。

 思わず、
「チャンネルを変えるなー!」
と叫んでしまい、

「は?」
と言われる。
 


 店の外に出た谷田はガラス扉の向こうを振り返りながら思う。

 いいなあ、砂月さんと先生。

 出会いは相席だったけど、今は職場も同じようだし。

 砂月さん、ちょっと好みだったけど。

 相手があのイケメンだけど、チャラついたところのない、信頼できそうな先生なら、と谷田は涙を飲んで、二人を見守る決意をする。

 でも、うらやましいな。
 可愛い受付嬢と先生か。

隅田すみだ
 俺、医者になるよっ」

「……お前、法学部だぞ」
 


 本日のおやつは、常連さん差し入れの焼き立てパイだった。

 さつまいもとりんごのパイだ。

 勤め先で買ってきてくれたらしい。

 ほこほこしたそれを食べながら、高秀が言う。

「ほんとうにお邪魔して大丈夫だろうか」
「え?」

 パイに全集中していた砂月は顔を上げて訊き返す。

「俺がお前の実家に行こうとするのをこころよく思わないやつとかいるんじゃないのか」

 いや、何故……。

「他にも行きたいやつとか、いるだろう?」

 うちの実家にイカを見に……?
と思ったとき、ふふふ、と酒井が笑って言った。

「ねえ、砂月ちゃんちってどんな感じ?」

「どんなって――
 え~と、普通の家ですねえ。

 その辺の住宅街によくある感じの家ですよ。

 あっ、お好み焼き屋周辺みたいなのじゃないですよっ。

 あの辺、今、高級住宅街になりつつありますからね」
と砂月は言った。
 



「ほう。
 大きな家じゃないか。

 そういや、お父さん、会社を経営されてるんだったか」

 はは、と砂月は笑い、
「これが例の危うく、差し押さえられるところだった家です」
と三階建ての白い家を手で示した。

 日曜日。
 砂月たちは、二人で砂月の実家に来ていた。

 昼にバーベキューをやって呑もうという話になったので、タクシーでやってきていた。

 きちんと手入れされた芝生の庭を通り抜け、玄関のチャイムを鳴らそうとしたとき、扉が開いて、弟の聖司せいじが出てきた。

「いらっしゃいませ、高秀先生。
 砂月の弟の聖司です。

 タンスの裏を見に来られたんですよね?」
と言って笑う。

 高秀は、何故か、彼よりはるかに年下の聖司に対し、緊張した面持ちで口を開いた。

「い、いや、タンスじゃなくて、イカの霊を……」

「イカの霊!?」
と訊き返す聖司の背を押し、

「ほら、いいから、中ご案内して」
と砂月は言った。
 


 燦々と日の降りそそぐリビングルームで高秀が、
「明るいな」
と上を見上げる。

 三階までの吹き抜けになっているのだが。

 上の方まで大きな窓がある。

「台風のとき、ちょっと大変なんですけどね」
と砂月は笑って言ったが、高秀の視線はリビングの端にある滑り台に釘付けのようだった。

 三階から回りながら、滑って下りてこられる。

「……アスレチックのようだな」

「いや~、アスレチックってほどでもないですよ~」

 ちなみに、滑り台の横の高い壁にはボルダリング用のカラフルなホールドがはめこまれている。

 ちゃんと下にはマットも設置していた。

「ハンモックもあるじゃないかっ」

 三階の窓際には、人が歩けるキャットウォークがあるのだが。

 一部、ハンモックのようになっている。

「どれも家を建てるとき、聖司と私で希望してつけてもらったんですよ。
 引っ越したとき、すごく嬉しかったんですけどね。

 大きくなったときのことは考えてなかったですね」
と砂月は苦笑いする。

「あら、あんたたちの孫とか滑るじゃないの。
 ねえ」
と現れた母は何故か、高秀に同意を求める。

「砂月の母です。
 いつも娘がお世話になっております」

 いえいえ、こちらこそ、と二人でペコペコしていたが、砂月には気になることがあった。

 母と一緒に大量の近所のおばちゃんたちが現れ、少し離れた場所から、ニコニコこちらを見ているのだ。

「あのー、何故、みなさん、大集合?」

「高秀先生を見に来られたのに決まってるじゃないの」
「いや、何故っ」

「そこの冷蔵庫にシールが貼ってあるから」
と母は続きになっているダイニングキッチンの方を指差す。

 冷蔵庫では、高秀が聴診器を手に『頑張れよ』と言っていた。

 それで、シールをあげたおばちゃん以外のおばちゃんたちも来てるのか……。

「……海崎高秀です」
と高秀がいつも通りのいい声で挨拶し、頭を下げる。

「まあ、本物も素敵」
「加工じゃなかったのねっ」

 いや、プリクラじゃないんで、
と思いながら、砂月は高秀とおばちゃんたちが歓談しているのを眺めていた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

OL 万千湖さんのささやかなる野望

菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。 ところが、見合い当日。 息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。 「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」 万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。 部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶

菱沼あゆ
キャラ文芸
 冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。  琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。  それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。  悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。

耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー

汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。 そこに迷い猫のように住み着いた女の子。 名前はミネ。 どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい ゆるりと始まった二人暮らし。 クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。 そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。 ***** ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイト掲載

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

あまりさんののっぴきならない事情 おまけ ~海里のろくでもない日常~

菱沼あゆ
キャラ文芸
あまりさんののっぴきならない事情 おまけのお話です。 「ずっとプロポーズしてる気がするんだが……」

幸せのテーブル〜限界集落でクールな社長に溺愛されて楽しく暮しています〜

ろあ
キャラ文芸
職場に馴染めなかった二十三歳の蒔菜。 上司たちに嫌味を言われるようになり、心が疲れてしまい、退職を決意する。 退職後、心を癒やすために地図で適当に選んだところに旅行へ出掛けるが、なんとそこは限界集落だった。 そこで財布をなくしたことに気づき、帰る手段がなくなってしまう。 絶望した蒔菜の前に現れたのは、クールな社長の聖だった。 聖は蒔菜を助けて、晩御飯に手料理を振る舞う。 その料理は、何を食べても美味しくないと鬱々していた蒔菜にとって心が温まるものだった。 それがきっかけでふたりは仲良くなり、恋人へ……。 命の恩人である聖の力になるために、蒔菜は彼の会社で働き、共に暮らすことになる。 親には反対されたが、限界集落で楽しく暮らしてみせると心の中で誓った。 しかし、限界集落に住む村長の娘は、都会から引っ越してきた蒔菜を認めなかった。 引っ越せとしつこく言ってくる。 村長に嫌われてしまったら限界集落から追い出される、と聞いた蒔菜はある作戦を実行するが……―― 溺愛してくる聖と居候のバンドマンに支えられて、食事を通して、変わっていく。 蒔菜は限界集落で幸せを掴むことができるのか……!?

同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました

菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」  クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。  だが、みんなは彼と楽しそうに話している。  いや、この人、誰なんですか――っ!?  スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。 「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」 「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」 「同窓会なのに……?」

処理中です...