21 / 28
むしろ、運命だろう
親ダコ子ダコ子ダコ
しおりを挟むいざ、準備をしていると、窓って開かないもんだな、と砂月は思う。
その日、砂月は、じっと明かりのついている高秀の部屋の窓を見つめていた。
堪えきれずに電話をかける。
『もしもし』
「お酒、うちでいかがですかっ?」
あっ、結論を言ってしまった。
待ちきれない勢いのまま、うっかり本音がもれていた。
『……お、お邪魔しようか』
「いや、すみませんっ。
待ってくださいっ」
と砂月は焦る。
『待て。
お前が誘ったんだよな?』
「そうじゃないんですっ。
このままでは、私と嘉子先生の苦労が無にっ」
砂月は振り返り、業務用ビールサーバーを見る。
嘉子と二人でなにが重いか酔った頭で考え、これにしたのだ。
『なんだかわからないが、またにするか』
「いっ、いえっ。
いらしてくださいっ」
ぜひぜひっ、と慌てて砂月は言った。
「……なんだ、この業務用ビールサーバーは」
部屋に来た高秀は、キッチンにある四角い銀のビールサーバーを見て言う。
「えーっと、投げられないもの、と思って」
「何故、投げる必要がある」
はあ、まあ、それはいろいろありましてですね。
あなたにおいでいただくためだったんですけど。
こんなもの用意しなくても、来てくださいましたね。
普通に誘えばよかったです、と砂月は思っていた。
「……ガスもあるな。
どうやって投げるつもりだったんだ」
とボンベを見ながら、高秀は言う。
だから、投げられないようにこれにしたんですよ、ええ。
「で、なんで、ビールサーバーの上にタコの親子が載ってるんだ」
「ちょっと女子の部屋っぽく、愛らしさを表現してみようかと思いまして」
「愛らしい……。
ああ、まあ」
とタコの親子のぬいぐるみを見ながら、高秀は言う。
ちなみに、子ダコは二匹いて、親ダコ子ダコ子ダコと積み上がっている。
「ビールサーバー、自宅用のでよかったんじゃないか?
洒落て小さいのもあるだろう、今どき」
「それだと、投げられるじゃないですか」
「いや、投げられないだろう」
「これ、嘉子先生の親戚のお店から古いの借りてきたんで、早めに返さないといけないんで。
ともかく、呑みましょうっ」
「……なんでわざわざ、そんな苦労を」
あなたを部屋に呼ぶためですかね?
なんだかんだ言っていた高秀だが、上手くビールを注ぐことにハマったようだった。
「すごいじゃないですか、先生っ。
ビアマイスターみたいですっ」
「そんなことはないが。
せっかく習得したこの技っ、誰かに披露したいなっ」
「下のお店で配ってみますか?」
「営業妨害だろうよ……」
「じゃあ、この部屋に誰か呼びましょうか」
「駄目だ」
「私は別にいいですよ」
「俺が駄目だ」
いや、私の部屋なのに、何故なんですか、と思っていると、
「宮澤さんとか。
ときどき、お前をじっと見ている大学生らしき、飛翔の常連の男とか呼ぶ気だろうが」
たまに話してるじゃないか、と言われる。
それ、誰でしたっけね?
っていうか、そんなお店でたまに会うくらいの、何処の誰とも知れない人をどうやって呼べと言うのですか……。
連絡先知りません、と思いながら、砂月は提案してみた。
「では、先生のお部屋にこれを持っていって、みなさんをお招きすればいいのでは?」
「いや、お前が借りたものだろうが。
それにこれ、運ぶの大変だろう」
「いえいえ。
窓から、放り投げるのでなければ大丈夫ですよ」
だから、何故投げる……と呟いたあとで、高秀は言った。
「待て。
俺が自分で買えばいいんじゃないか?
こんなデッカイのじゃなくて、自宅用のビールサーバーを」
「まあ、そうなんですけどね……」
「それでみんなを呼べばいい」
「あ、そうで……」
……すね、と出なかったのは、砂月の中で、妄想が駆け巡っていたからだ。
高秀先生が自宅にビールサーバーを置いたら、いつでも誰でも招けてしまう。
高秀先生の素敵なお部屋。
くつろぐのによさそうなベランダ。
真剣にビールを注ぐ高秀先生の横顔。
女性とか呼んだら、イチコロになりそうだっ。
「や、やっぱり、これを持っていってくださいっ」
行動の早い高秀は、もうスマホでビールサーバーを頼もうとしている。
砂月は、その腕をつかみ、止めようとしたのだが。
高秀は何故か赤くなり、振り解こうとする。
「いや、なんでだっ。
それは返してこいっ」
「せ、せっかく借りたのでっ。
せっかく借りたので、こっちにしてくださいっ」
と二人は揉めて騒いだ。
「騒いで喉乾いたな」
ビアマイスター高秀に酒を注いでもらい、砂月は、ぐっと一杯飲み干した。
「そういえば、お前、いっぱい資格とか持ってるのに、ビアマイスターの資格はないのか」
「あ、そういえば、持ってないです。
とりましょうっ」
とスマホで調べはじめて、
「いや、やめろ。
俺の特技がなくなる……」
と慌てて言われた。
「そんな感じに、話、盛り上がったんです」
「へえー。
思ってたのと、ちょっと違う感じだけど、いいじゃない」
次の日、夜のスーパーで出会った嘉子とそんな話をした。
嘉子のカゴの中にはレトルト食品と冷凍食品。
今日はなにもする気はないようだ。
そんな自分のカゴの中にはお惣菜。
やはり、やる気はなかった。
「で、どんな話で盛り上がったの?」
今後の参考に、と嘉子は言う。
あの嘉子先生を内科医だと思ってた先生とは、上手くいっているのだろうかな、と思いながら、砂月は語った。
「このタコは赤いから、すでに茹でられてるんだろうか、とか。
そういえば、脚は明らかにウインナーっぽいとか」
「待って、なんの話?」
「うちのタコの親子の話です」
「待って、あんた、タコ飼ってんの?」
「いえ、あれですよ。
ぬいぐるみのタコの親子」
ああ、と砂月の部屋のそれを思い出すように、嘉子は少し上を見る。
「あれか……。
あれ茹でられてるの?」
「そうですね。
ということは、あれ、タコの霊なんですかね?」
「霊のぬいぐるみってあるの?」
という話を二人でした。
55
あなたにおすすめの小説
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
悪徳公主と冷徹皇帝陛下の後宮薬膳茶
菱沼あゆ
キャラ文芸
冷徹非道と噂の皇帝陛下のもとに、これまた悪しき評判しかない異国の王女、琳玲がやってきた。
琳玲は皇后の位は与えられたが、離宮に閉じ込められる。
それぞれの思惑がある離宮の女官や侍女たちは、怪しい薬草で皇帝陛下たちを翻弄する琳玲を観察――。
悪徳公主と冷徹皇帝陛下と女官たちの日々は今日も騒がしい。
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
同窓会に行ったら、知らない人がとなりに座っていました
菱沼あゆ
キャラ文芸
「同窓会っていうか、クラス会なのに、知らない人が隣にいる……」
クラス会に参加しためぐるは、隣に座ったイケメンにまったく覚えがなく、動揺していた。
だが、みんなは彼と楽しそうに話している。
いや、この人、誰なんですか――っ!?
スランプ中の天才棋士VS元天才パティシエール。
「へえー、同窓会で再会したのがはじまりなの?」
「いや、そこで、初めて出会ったんですよ」
「同窓会なのに……?」
幸せのテーブル〜限界集落でクールな社長に溺愛されて楽しく暮しています〜
ろあ
キャラ文芸
職場に馴染めなかった二十三歳の蒔菜。
上司たちに嫌味を言われるようになり、心が疲れてしまい、退職を決意する。
退職後、心を癒やすために地図で適当に選んだところに旅行へ出掛けるが、なんとそこは限界集落だった。
そこで財布をなくしたことに気づき、帰る手段がなくなってしまう。
絶望した蒔菜の前に現れたのは、クールな社長の聖だった。
聖は蒔菜を助けて、晩御飯に手料理を振る舞う。
その料理は、何を食べても美味しくないと鬱々していた蒔菜にとって心が温まるものだった。
それがきっかけでふたりは仲良くなり、恋人へ……。
命の恩人である聖の力になるために、蒔菜は彼の会社で働き、共に暮らすことになる。
親には反対されたが、限界集落で楽しく暮らしてみせると心の中で誓った。
しかし、限界集落に住む村長の娘は、都会から引っ越してきた蒔菜を認めなかった。
引っ越せとしつこく言ってくる。
村長に嫌われてしまったら限界集落から追い出される、と聞いた蒔菜はある作戦を実行するが……――
溺愛してくる聖と居候のバンドマンに支えられて、食事を通して、変わっていく。
蒔菜は限界集落で幸せを掴むことができるのか……!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる