お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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むしろ、運命だろう

重い酒を買う

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 夜。
 高秀先生んちのベランダでも拝見しながら、酒でも呑むか、と砂月がガラッと窓を開けると、高秀が窓からこちらを見ていた。

「あ、こ、こんばんは」
と言うと、

「身構えろ」
と高秀は言う。

 えっ?
 なにを?

 どのようにっ?
と思いながら、カンフーの型のようなポーズをとると、缶ビールが飛んできた。

 なんとか、キャッチする。

「ありがとうございますっ。
 すみませんっ。

 いや~、いいときに窓開けました~」
とよく冷えた缶を手に砂月は笑ったが、高秀は笑わずに、

「いや、お前が開けるの待ってたんだ」
と言う。

「えっ?
 何故ですか?

 私、なにか叱られますかっ?」
と言って、逆に、

「……いや、何故?」
と訊き返されてしまう。

「今日は高校生と楽しそうだったな」

「ああ、英語の宿題手伝ったやつですね。

 でも、私、訳って、そんなに得意じゃないですけどね」

「英検一級とか持ってそうだが」

「そうなんですけどね。
 私、いろいろと基本的知識が欠如してて。

 『赤い靴下はヤンキーの集団に勝った』とか訳しちゃうんですよ」

 高秀が一瞬、沈黙した。

「まさか、『レッドソックスがヤンキースに勝った』と言いたいのか」

 ああ、そう。
 それですっ、と砂月は缶を持ったまま、手を叩く。

「いやー、私、アメリカの球団とか、よく知らないんで」

「……そうか。
 今度からあいつが宿題をやってくれと来たら」

 まさか、追い返せと!?
と砂月は思う。

 そんな感じの口調だったからだ。

 でも、今日、そんなに待合室混んでなかったし、別にいいのではっ、と思ったとき、高秀が言った。

「その宿題、俺のところに持ってこい」

 いや、先生、お忙しいでしょうに……。

「ああいうのはどうかと思う」
と言うので、

「すみません。
 今度から、外とかでやります」
と言ったが、

「いや、そうじゃない」
と、どうじゃないのか高秀は言う。

「お前のような綺麗なおねえさんに、あんな間近で話しかけられたら、男子高校生だったら、どきどきするだろと言ってるんだ」

「しないと思いますよ」
「いや、俺ならする」

「高校生だったらですか?」
「今でもだ」

 またまた、と思いながら、砂月は、ちょっと焦りつつ言った。

「わ、私程度で、どきどきするのなら、嘉子先生だったら、もっとどきどきしますね」

「いや、お前しかどきどきしない」

「え」

「なんでだかはわからない。
 ……常に、なにかやらかしそうだからのような気もする」

 そうかもしれないですね……。

 ちょっと話して、ちょっと呑んで、
「ご馳走様でした」
と言ったあとで、砂月はすぐに窓とカーテンを閉めた。

 チラ、とカーテンの向こうの気配を窺うと、高秀も窓から離れたようだった。

 ぴっちり閉めてしまったカーテンを見ながら、砂月は思う。

 なんなんですか。
 先生のセリフに、こちらが、どきどきしてしまうでないですか、と。
 


「聞いてよ。
 この間、砂月のおかげで、素敵な出会いがあったのよ~」

 そんなことを嘉子は言い出した。

 今日は二人で大通りに新しくできた創作料理の店に来ていたのだ。

「素敵な出会い?」

「あんたがさー、前、私のことを胃袋先生って、お好み焼き屋でふざけて言ったじゃない」

「ああ」

 二人で食べに行ったときのことだろう。

「それでさ。
 あのとき食べた焼きそばの味が忘れられなくて。

 勇気を出してひとりでも行ってみたのよ、お好み焼き屋」

 いや、別に勇気を出さないと行けない場所ではないと思うんですが。

「混んでて、帰ろうかなって思ったら、おばちゃんに強引に相席にされて」

 さすがおばちゃん。
 逆らえない迫力があるからな……。

「前に座ってたの、若い男の人だったから。
 なんか照れるなと思って、あまり見ないようにして、メニューの方を見てたらさ。

 『大西先生ですよね』って、その人が。

 前、同期の結婚式で出会った別の病院の先生だったのよ。

 そのときはあんまり話すこともなかったんだけどさ。

 その先生、たまにあのお好み焼き屋に来るらしくて。

 砂月と私が呑んでたときもいたんだって」

「胃袋先生って、呼ばれてらっしゃいましたけど、内科だったんですか?
 って訊かれて。

 違います~って話が弾んで」

 胃袋から話が弾んだんだ……?

「ちょうど親知らずが気になってたらしくて。
 またそこから話が弾んでさ」

 ……医者の話の弾み方、不思議だな、と思いながら、砂月はワインを呑む。

「今まで、高秀さんしか目に入ってなかったんだけど。
 高秀さんは、もうあれだし。

 他に目を向けてみたら、意外と素敵な人って、いろいろいるのねー」

「高秀先生は、なにがあれなんですか?」
と言って、

「どつくわよ」
と言われる。

「高秀さんと砂月、いい雰囲気じゃないの」

「えっ、そんなことはないですけどっ」
と言ったが、動揺していたらしい、

「あっ、なにかあったのねっ?

 話しなさいよ。
 今なら、心が広くなってるから」

 ……広くなかったら、どうなってたんだろうな、と思いながら、この間の夜の話をした。

 

「いやーっ。
 聞いてるだけで、どきどきするーっ」

「私もなんだか、忘れられなくて……。
 何度も思い出すんです」

 うんうん、と嘉子は頷いた。

「あの日、高秀先生が、放ってくれたビール。
 冷え切ってて美味しかった」

「……なんでビールがもっとも印象的みたいになってるのよ」

「いや、すべてをひっくるめて、いい思い出なんですよ」

「思い出で終わらせないでっ。
 ほら、早く食べて酒を買いに行くわよっ」
と嘉子は今にも立ち上がらんばかりだ。

「えっ?
 買って帰って、まだ呑むんですか?」

「なんか重い酒を買うのよ。
 投げつけたら、殺人事件になるようなっ。

 それで高秀さんに窓から呼びかけるのよ。

 これ、重くて投げられないし、持っていけないんで、こっちに来て、呑みませんかって」

 いや、そんな重さの酒、どうやって、私は家まで持って帰るんですか、と思いながら、結局、嘉子に引きずられ、酒を買いに行った。



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