お好み焼き屋さんのおとなりさん

菱沼あゆ

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むしろ、運命だろう

最後の一口、なかなか食べられない

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「『どうせ、ロクなこと話してないんでしょう。
 あんたのことだから』
と言った母に父が、

『まあまあ。
 話せるタンスがあるだけいいじゃないか』
と言ったので。

 会社を倒産させかけ、一度は家具も全て差し押さえられた父が言うと、重みがあるな~、
とみんな思ったみたいで、それ以上怒られませんでした」

 この間、評判がよかったので、また買ってきたお土産の餅入りもなかを休憩時間に食べながら、砂月は言う。

「会社が倒産って。
 お前、意外にも苦労してたんだな」
と高秀がしみじみと言った。

「ああ、でも、昔、父が世話したという人たちが助けてくれて、今は、なんとか持ち直してるんですけど。

 本当に一時期は大変だったので。

 私も学校に、もう通えなくなるかなとか思ったときもありまして。

 それで、食いっぱぐれがないよう、取れるだけの資格を取っておこうと思うようになったんです。

 そして、困ったときにいろんな人に助けていただいたので。

 その恩返しの意味もあって。

 友人などに会社が危ないから助けてくれと言われたときには、断るまいと思って。

 それで、いろんなところの手伝いに回ったりしていたわけです」

「それで過労死しかけていたのか……」

 立派な心がけだが、まあ、倒れないように、と言われる。

「とりあえず、うちの職場なら過労死しすることはないから。
 もうずっと、ここにいろ」

 ここで過労死するのなら、まず、先生ですよね、と思いながら、砂月は言った。

「たまに子供の相手をしていて、倒れそうになるときはありますけどね。
 馬になって、待合室を二、三周したときとか」

「……それは断れ」
と高秀に言われる。

「でも、なんかすごい楽しそうだったんですよ」

「楽しそうだったんですよ。
 で、無茶なことまでうな」

 そう言った高秀が、ふと不安そうな顔をした。

 なんだろうな、と砂月は思う。

 

 こいつ、また人に頼まれたら、断り切れずに何処かに行ってしまうのでは、と高秀は不安になっていた。

 よそで過労死してないか、心配になるじゃないか。

 いや……、

 ここを出て行って欲しくないのは、それだけが理由だろうか?

 そう思ったとき、砂月が、
「わかります」
と言って深く頷いた。

 こちらを見つめ、
「私も同じです」
と言う。

 お前も俺と同じ気持ちなのか!?
と思ったが。

「最後の一口、なかなか食べられないですよね。
 食べたら終わりだと思うと」
と砂月はこちらの手元を見ながら言った。

 考え事をしながら、あと一口になったもなかを凝視してしまっていたようだ。

「大丈夫ですよ、もう一個ずつありますから」

 はい、と砂月、もなかをつかんでない方の手に、もう一個のもなかを載せてくれる。

 ……いや、そうじゃない、と思ったが、そうじゃない理由を言うのは躊躇ためらわれて。

「ありがとう」
と言って、それを受け取った。
 


「そのタンスの話ってなによ?」

 その日の夕方。
 砂月がお土産のもなかがあると言ったらしく、嘉子が病院に立ち寄った。

 ちょうど用事で出ていたところだったらしい。

 砂月が実家での話をすると、嘉子はそう訊いていた。

「ありがとうございます、大西先生」
と何故か、酒井が感謝する。

「タンスの話、気になってたんです。
 でも、忙しくて、訊くの忘れちゃってて」
と言うのだが、

 いや、忘れちゃってるくらいなら、気になっていないのでは……と高秀は思っていた。

 だが、そこで、
「砂月ちゃーん。
 さっき、訊き忘れたんだけどさー」
と常連のママさんが戻ってきた。

 砂月は、はーい、と行ってしまう。

「あっ、ちょっとっ」
と嘉子は丸椅子から立ち上がったが。

 自分でも、酒井でもなく、砂月をご指名なら。

 天気のことか、おすすめランチの店のことだろう。

 すぐには戻ってきそうにないな、と高秀は思っていた。

 二人とも、話のつづきを待っているようなので、高秀が話す。

「すべてを飲み込むタンスの裏の話だ」

 自分で言いながら、ホラーか、と思った。

 案の定、嘉子も、
「なにそれ、ホラー?」
と言う。

「タンスの裏になにかが住んでるの?」

「お札があるとか?」
と酒井も言い出す。

 いや、すべてを飲み込むお札って、どんなんだ、と思いながら、高秀は説明した。

「久里山の実家では、歯ブラシを殺菌のために洗面所兼脱衣所のタンスの上に置いてるらしい。

 そこがよく日が当たるそうなんだ。

 でも、そこに置いておくと、歯ブラシだの、歯磨き粉だのが、どんどん消えていくらしくて」

「歯磨き粉は殺菌しなくていいんじゃないの?」

 まあ、久里山の実家だからな、と思う。

「なるほど。
 全部、タンスの裏に落ちてるわけね。

 いや、でもそれ、拾えばいいだけじゃないの」

「そこで拾わないのが、久里山家だろ」

「確かに、砂月さんの実家らしい……」
と言いかけ、くっ! と嘉子は悔しそうな顔をする。

 どうした、と思っていると、

「よく考えたら、そんな実家のタンスの裏まで知ってる仲とか!
 私の割り込む隙なんてないじゃないのっ」
と嘉子が言い出した。

 いや、知ってるって言っても、聞いただけで、見てはいないから。
 っていうか、掃除しろ、久里山家。

 などと思っている間に、

「さよなら!」
と叫びながら、嘉子は出て行った。

「ああ、さよなら」

 そのさよならは、愛への決別。

 特別なさよならだったのだが、高秀は普通の挨拶だと思って、普通に返した。

 砂月が振り返りながら戻ってくる。

「嘉子先生、忙しかったんですかね?
 またねっ、て言いながら、走っていっちゃいましたけど。

 もなかごときで呼んで悪かったですかね?」

「いや、あいつのことだから、ほんとうに忙しかったら来ないさ。
 ほら、片付けて帰れ」

 はーい、と砂月はゴミ箱を抱え、回収用のゴミ袋に移しはじめた。
 


「砂月さん、砂月さん。
 ねえ、これ、なんて訳すんだっけ?」

 ある日、砂月は待合室にいた顔見知りの男子高校生に呼び止められた。

「え、なに?
 宿題?」

「そうそう」
と言うので、ちょうど手も空いていたから、長い木製のベンチの、彼の横に座り、英語の宿題を手伝っていた。

「あー、できたできた。
 ありがとう、砂月さん。

 今度、ジュースでもおごるよ。
 なにがいい?」

「いやいや、いいよ。
 たいしたことしてないしー」
と話していると、何故か診察室の扉のところから、じっと高秀がこちらを見ていた。

「よりたまさのぶくーん」

 はーい、とその高校生は立ち上がる。

 この子の順番だから、見てたのかー、と思いながら、砂月は受付に戻った。
 


「砂月さん、見て。
 シールもらったー」
とよりたまさのぶくんは、なんとかライダーのシールを見せてくれる。

 彼が帰ったあと、酒井が笑って言う。

「高校生でもまだ、シールもらって喜ぶのね。
 うちの子も喜ぶかしら」

「可愛いですよね、よりたくん」

 などと二人で話していた。

 いや、見た目は可愛いというより、身長もあるイケメンくんだったのだが。

 

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