侯爵様と私 ~上司とあやかしとソロキャンプはじめました~

菱沼あゆ

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キャンプ場にやってきました

また道具から入ろうとしてますね

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「よし、あやかしも出そろって、落ち着いたところで、ランタンに火をつけましょうか。
 暗くなってきたことですしっ」
とウリ坊に頭によじ登られながら、萌子は言った。

「……出そろって落ち着いたか?」
と総司が言ってくる。

 いや、ある意味、落ち着かなくなりましたけどね。

 とりあえず、あやかしの正体が知れたので、すっきりしたではないですか。

 萌子たちがデコレーションライトやランタンや蝋燭の灯りをつけると、ウリ坊は喜び、ものすごい勢いで走り出したので、また見えなくなってしまった。

「次に見えるのはいつなんでしょうね」

「あんなに走ってたら、誰に憑いてるのかわからない感じだから、いまいち、お前にご利益がないのかもな」
とかなり遠くまで行ってしまったらしいウリ坊を見ながら総司が言ってくる。

 確かに、恋愛のご利益は今のところないな……、
と思いながら、萌子はこの間総司に買ってもらった、いい香りのするドライフラワーの入ったキャンドルを眺めていた。

「あー、いいですね。
 ヒュッゲですよ~」
と呟く萌子を総司は胡散臭げに見て、言ってくる。

「あんな猛烈に動くものを憑けているお前がヒュッゲを語るのには違和感があるが」

 いや、私が猛烈に動いてるわけじゃないんで……。

「それにしても、課長は動じないですね。
 あんなデッカイあやかしが憑いてても、私のすばしこいあやかしを見ても」

 すると、総司は焚き火台に薪をくべながら語ってくる。

「子どもの頃はおおごとだったことが、大人になったら、たいしたことじゃなくなるってあるよな。

 会社に就職してから、なんでも仕事優先で。
 いろんなことが、それどころじゃないなってことになって。

 あやかしが憑いてても、まあいいかってなるんだよな。
 明日の仕事に支障がないなら」

 ……この人、怨霊とか憑いて一緒に火を囲んでても、チラと見て、まあいいかって流しそうだな、と萌子は思った。

 パチパチという薪の音を聞きながら、総司は、うん、と頷く。

「やはり、焚き火はいい。
 この湧き上がる炎と焼ける木の匂いと薪の爆《は》ぜる音。

 男心をくすぐるな、花宮」

 いや、私、男じゃないんですけど……。

 萌子は同意を求めるようにこちらを見る総司の視線を受け流した。

「珈琲でも淹れようか」
「そうですね」

 総司は珈琲を飲みたいというより、珈琲を淹れるために湯を沸かしたいようだった。

「珈琲を飲みながら、火を見て、ぼんやりしてるのもいいが。
 本当はナイフでなにかを彫ったり作ったりしたいんだよな」

 また道具から入ろうとしてますね……。

「まあ、今日はなんにも持ってきてないから、ぼんやりするか」

「そうですね」
と言って、ふたりで黙って火を見つめる。

 不思議だな~、と萌子は思う。

 職場でこんな風にふたりきりで課長が黙り込んでたら、ビクビクしてしまうと思うんだが。

 こんな場所だからだろうか。

 なんか……落ち着くんだよな、と思いながら、萌子は総司の顔を見た。

 総司の、男にしては白めの肌と整った顔が焚き火に照らし出されていて、あまり見ていると、ちょっと落ち着かない気持ちにはなってしまうのだが。

 しばらく沈黙していた総司がこちらを見て、ああ、という顔をした。

 あ、ようやく私が此処に存在してること、思い出してくださいました?
と思ったとき、

「あんまり火に近づくなよ。
 火の粉が飛んで服が焼けるぞ」
と総司が言った。

「えっ? そうですかっ?」
と慌てて身を引くと、

「焚き火用のベストとかあるぞ。
 服を焦がさないための……」
と言いかけ、

「いや、お前がつづけてキャンプをやるかはわからないが」
と総司は言ってくる。

「え、いや。
 や、やりますっ」
と萌子はつい言っていた。

「いろいろご指導くださいっ、師匠っ」
と言うと、総司はちょっと嬉しそうな顔をしたあとで、

「……まあ、ご指導するといっても、俺もキャンプ場に来たのは初めてなんだが」
と言ってくる。

 そうでしたね……。

「だが、心配するな。
 下調べは完璧にしてくるから」

 完璧そうですね……。

「じゃあ、明日は朝早いから、もう寝るか」
と総司が言った。

「あ、そ、そうですね」
と言いながら、萌子は空を見上げる。

「……ダイダラボッチさんは寝ないんでしょうか」

 どーんと大の字に寝られても大変なことになりそうな感じがするが、と思いながら言ったが、

「寝ないんじゃないか?
 あるいは、馬みたいに立って寝るとか」
と総司は言う。

 馬……。

「お前のアレも寝そうにないな」
と総司は、どどどどっと正面からやってきて、そのまま自分たちを通り過ぎて何処かに行ってしまうウリ坊を眺めていた。



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